第96話 新居


 物干しのことは後回しにして、お茶っ葉もお茶用の食器も買ってないことを思い出した。

 せっかく家があるのにもったいない。

 俺はちょっと買い物に出かけてくると二人に声をかけたところ、エリカが部屋から出てきた。


「何買いに行くの?」

「お茶用の食器とお茶っ葉を買おうと思ったんだ」

「それなら、わたしも付いて行く。

 ケイちゃんにも聞いてみるからちょっと待って。

 ケイちゃん、これからお茶とか買いに行くんだけど、ケイちゃんも一緒に行って選ばない?」

『わたしは留守番しておきますから、適当なのを選んでください』

「分かったー」




 買い物用のリュックを手に持った俺は手ぶらのエリカを連れて家を出て、まずは雑貨屋に向かった。


 雑貨屋で。

「どれがいいかな?」

「やっぱし、陶器製のカップが欲しいわよね」

 俺も同意見だ。

「いろいろ柄があるようだけど、どれにする?」

「ポットも含めて無地でいいんじゃない。柄でお茶がおいしくなるわけじゃないんだから」

 ごもっともな発言だが、けっこうエリカはそう言うところはドライなんだ。

「無地なら好き嫌いもないから、そうしようか」


 お茶用のポット1つと皿付きのカップを予備も含めて4脚とヤカンを1つ、それに茶こしを買った。ポットとカップはどれも陶器製なのでちょっと値が張ったがどちらも無地なのでそこまで高いものではなかった。

「後は洗濯用の灰を買わない? ストーブがあるから家でも灰は手に入るけれど、売ってる灰は専用の灰だから灰汁もきれいなのよ」

 俺はその辺はよく分からないのでエリカに任せた。

 それでエリカは灰汁用の桶を2つ手にして計り売りで灰を片側の桶に3分の2くらい入れてもらった。

「これだけあればかなりもつはずよ」

 エリカが言うならそうなんだろう。


 精算を終えた品物はリュックに入れるふりをしてキューブに収納しておいた。

「お茶っ葉は食料品雑貨店に売ってたよな?」

「覚えてないけど、売ってたと思うよ。なければ何か適当なものを買って、精算する時店の人にどこでお茶を売っているか聞けばいいだけだし」


 精算時お茶っ葉はどこで手に入るか聞いたらやはり食料品雑貨店で売っているとのことだった。

 そういうことで俺たちは雑貨屋を出て食料品雑貨店に向かった。



 食料品雑貨店には何種類もお茶っ葉が置いてあった。俺では何が何だか分からないので、これもエリカに任せた。

「ちょっとお高いけれど瓶売りのものを最初に2瓶買って、片方が無くなったらその瓶を持って計り売りのお茶を買うの。スライム用の瓶でもいいけどあれだと小さいものね」

 そう言うことで瓶売りのお茶を2瓶買って店を出た。銘柄は分からないが、好き嫌いの起きようがない普通のお茶だと思う。たぶんだけど。


「あとは、お茶菓子が欲しいわね」

「ああいったものが家で作れればいいよな」

「もちろんそうなんだけど、お菓子って料理以上に難しいらしいわよ」

 俺もそれは聞いたことがあるようなないような。

「俺も作れる気はしないから。

 お菓子ならパン屋で売ってたよな?」

「そうね。お茶があるからクッキーもおいしく食べられるわ。パン屋に行きましょ。クッキーのほかに何かあるかもしれないし」


 今度はパン屋に向かって歩いて行った。


 エリカと二人商店街を歩いているいま、美少女に振り返る男女はいるが、どうも彼らは俺のことが目に入らないようで、完全に目線は俺を外してエリカに向いている。透明人間とでも言うのだろうか。赤の他人にどう思われようが俺は美少女二人と一つ屋根の下で暮らしているんだぞ!

 と、精神的勝利を胸に口元にニヒルな笑いを浮かべてそれほど歩くことなくパン屋に到着した。


「エド?」


 エリカのそのひとことで正気に戻った俺は緩んでいた表情筋を引き締めた。


 パン屋に入って、お菓子関係を見れば、数種類のクッキーのほかに果物を乗っけたパイのようなものもやバウムクーヘンのようなものを売っていた。どれもおいしそうだ。生前のお菓子に比べればこちらのお菓子は甘くはないだろうし、味も今一だろうと思うが、それでもお菓子などこっちでほとんど食べたことのない俺だ。十分おいしいと思う。


「焼きリンゴを乗っけたパイがおいしそうだ」

「そうね。それも買っておきましょう。エドに預かってもらえばいくらでも長持ちするわけだから店にあるお菓子全部買ってもいいかも?」

「いくら何でもそれはマズくないか?」

「冗談だから」

 ですよねー。こういったものはあればあるだけ食べちゃうものだし。他のお客さんの迷惑だし。


 結局エリカにお菓子を選んでもらい、いつもの丸い塊パンを補充してパン屋を出た。パンはもちろん直だがお菓子類は種類ごとにダンジョン用の木製深皿に入れてもらった。


「ケイちゃんが待っているから急いで帰ろ」


 俺とエリカはダンジョンで鍛えた足を生かしてほぼ小走りで家に戻った。


 玄関の扉を開けて2階にいるはずのケイちゃんに向かって。

「「ただいまー」」

『お帰りなさい』

 2階からケイちゃんの声がしてすぐにケイちゃんが下りてきた。


「おいしそうなお菓子もあったからお茶にしましょ」

「買ってきた食器は洗わなくて大丈夫かな?」

 ダンジョンでは気にせずそもまま使っていたのだが、地上では何となく気になる。それに陶器の食器なのでホコリなんかがあると嫌だ。

「水洗いしましょうか」


 3人で台所に行って手分けしてポットとカップなどを水洗いした。

 布巾もトレイもなかった!


 実際一から生活するとなるといろんなものが必要なわけだ。こういった経験も将来役に立つだろう。恐らくきっと。


 食器は流しの上で良く振って、水気を飛ばしてやった。どうもお茶の優雅さがないところが俺たちらしい。

「トレイもないから、居間のテーブルの上でお茶お煎れよう」

 トレイも必要だけど、ワゴンもあった方がいいかもしれない。

「そういえばふたりが留守にしている間に薪と木炭が届いたので台所の前の壁に沿って置いてもらいました」

「ありがとう」「ありがと」

「お茶入れるだけだからヤカンに水を入れて加熱板で沸かせば十分だろう」


 いったんお茶の道具をキューブにしまって、俺たちは居間に移動した。


 食堂兼居間のテーブルは6人掛けなのでかなり大きい。

 俺はそのテーブル上に先ほど収納したお茶の道具、水筒、ヤカン、そして加熱板を並べていった。

「お茶菓子は何にする」

「クッキーでいいんじゃない」

 俺はクッキーの入った木の皿を取り出しておいた。


 水筒からヤカンに水を入れて加熱板に載せて『強』で加熱。その間にエリカが茶瓶からお茶をポットに入れてくれていた。


「お湯は熱湯でいいの?」

「熱湯でいいハズよ」

「了解」


 ヤカンはそれほど待たずに沸騰し始めたので、エリカがヤカンからポットにお湯を注いだ。

 どの程度置くのか分からなかったけど、30秒も経たないうちにエリカは並べられた皿の上のカップに茶こしを使って順にお茶を注いでいった。お茶の香りが漂い始め、60年の合算人生で一度も経験したことはないが、お茶会らしくなってきた。

 ポットの中身は3杯でお茶っぱだけになったようで、注ぎ終わったところでエリカはまたお湯をポットに入れた。

 何番茶まで淹れることができるのか分からないが、2倍茶は大丈夫なのだろう。


「それじゃあ、いただきましょ」


 テーブルの席順はエリカとケイちゃんが並んで座ってその向かいが俺だ。

 クッキーはテーブルの真ん中に置いてあるので各自で手を出して摘まむことになる。


 まずはお茶を一口。熱いのでわずかに口に含んだだけだがちゃんとお茶の味がする。

 そして、クッキーを摘まんで一かじり。

 予想通り甘くないし、バターを使っていないのかなんだか味気ない。それでも十分おいしい。

 そこでふと妹のドーラのことを思い出した。

 ドーラにも食べさせてやりたいなー。喜ぶだろうなー。ロジナ村にはこんなものなかったものなー。


 1年はこのサクラダにいてそれからうちに帰って父さんに借金を返し、ドーラを連れてこようと思っていたが、早いうちに迎えに帰ろう。


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