第92話 11階層3
『サクラダの星』が10階層の大ガエルをたおしたことがギルドの壁に貼りだされたのだが、俺たちがその『サクラダの星』であることを知っているダンジョンワーカーはごくわずかのようだし、ベテラン勢では誰も俺たちのこと知らないというのが実情らしい。
新人狩をたおした時、雄鶏亭で俺たちを見る目が少し変わったのではないかと思っていたのだが、アレはどうやら思い過ごし、自意識のなせる業だったようだ。
それに、そもそも俺たちだって、ダンジョンギルドの有力チームの名まえも知らなければメンバーの顔も知らないわけだからそんなものと言えばそんなもの。
深く考える必要などないのだ。でも、せっかくトップチームになったんだけどなー。
半分傷心の俺はエリカとケイちゃんと3階に上がり、6時の鐘が鳴ったら一緒に一階に下りて行こうと約束して二人と部屋の前で別れた。
部屋に戻ったものの何もすることがなかったので、桶に汚れ物を入れて1階に下りていきギルドの玄関を出て裏に回って水場で洗濯を始めた。
水場には珍しく人がいなかったので、タオルを先に洗った後、真っ裸になって体をタオルで拭いてやった。そして最後に桶に貯めた水を頭から被った。実に気持ちがいい。
タオルを絞って体を拭いていたら、洗濯物を持った女子がやってきた。
半分体が濡れていたが下着を素早く身に着けて服をその上から着ておいた。
洗濯女子は俺の方を見ていたのかどうかわからないが下を向いて洗濯を始めたので俺も黙って洗濯を始めた。
玄人相手の場合、いくら裸を見せようが全く気にならなかったのだが、相手が素人だと気になってしまう。不思議だ。
服を着てから15分ほどで洗濯を終えた俺は、下を向いて黙々と洗濯している洗濯女子に心の中で別れを告げてギルドの建物に戻っていった。
部屋に戻った俺は物干しロープから干したままになっていた洗濯物を外して適当にたたんでタンスにしまい、その後で洗濯物を干していった。
そういえばあの家に家具は一応揃っていたけれど、ベッドは枠組みだけで寝具類はなにもなかった。他にも足りないものがあれば引っ越す前に用意しないといけない。
意外と大変だ。普通なら受け渡し後そういったものを揃える必要があるけれど、収納キューブに入れておけるので、いつ買ってきても大丈夫。
もし家具を新規で買うなら、前回テーブルを買った時、家具は受注生産だとか言っていたから明日にでも注文しないと。
夕食時に忘れずエリカたちと相談しよう。
そしてその夕食時。
特に誰からも注目されることもなく、俺たちのことを『サクラダの星』と知っているはずの新人たちからは心持ち距離をとられているような感じをなんとなく受けながら、雄鶏亭でいつもの定位置で食事を始めた。
そう言った事柄は置いて、俺は二人に家の中のものを揃えていく話を始めた。
「少なくとも、寝具は必要だから」
「受け渡しは朝なんだから、受け渡しのあと買いに行けばいいんじゃないかな」
「そうだな。寝具類はそれでいいと思うけど、家具なんかで他にそろえる物ってなかったかな? アレって注文生産だって言ってたろ。出来れば早めに注文していた方がいいんじゃないか?」
「そうねー。何が足りない物ってあったかなー?」
「たいていそろっていましたから、特に必要な物はないかもしれません」
俺は生前、国内で引っ越しをしていた関係で家具類などは全部自分で用意するものだと思っていたが、海外などの賃貸では家具付きが普通だとか聞いたことがある。ここもそうだったわけで、何もそろえる必要などないのかもしれない。
「じゃあ、当日でいいか」
「うん」「はい」
「それで、明日の午前中はゴルトマンさんのところに行って今収納しているモンスターを卸すんだけど、その後は何しようか?」
「そのあと、11階層に行ってもいいんじゃない。11階層に到着したらすぐに夕食でしょうけど翌日の朝から回れるわけだし」
「じゃあ、そうするか。そうなると、えーと2泊3日で潜るってことでいいな。こっちに戻ってきて翌日が受け渡しだ」
「ちょうどいいじゃないですか」
反省会ではなかったのであっさり食事を終えた俺たちは3階の各自の部屋に戻っていった。
そして翌日。
朝食を食べて少し休憩してから、俺たちはそろって買い取りカウンターのゴルトマンさんのところに行った。
「おはようございます」
「倉庫の準備はできてる。そこの脇から中に入って俺についてきてくれ」
カウンターの脇から内側に入ってゴルトマンさんの後について行き、奥の方の扉を抜けたらギルドの裏側だった。
そこに並んだ倉庫のような建物の一つに案内された。
「ここに出してくれればいい」
「了解です。それじゃあ全部出します」
慣れたもので、あっという間に収納キューブに入れていたモンスターを全部倉庫の床の上に取り出した。
「ギルド長から聞いてはいたが、この目で見ても信じられんよ。しかし、このカエルを3人で仕留めたとは驚きだな。あとは任せておいてくれ。
代金は明日以降になる」
「はい。俺たちはこれから潜りますから、3日後の夕方あたりにうかがいます」
「分かった。しかし、おまえたちが2日連続でやって来るから不思議に思っていたんだがこういうことだったんだな」
「はい」
「とにかく秘密は守るから安心してくれ」
「よろしくお願いします」
俺たちは倉庫を出て外回りでギルドに戻り、ホールを横切って階段を上って3階に。ダンジョンに入る準備ができたら俺の部屋に集合ということで部屋の前でいったん解散した。
通常各自リュックなどの準備は終わっているので防具を身に着けて武器を用意するだけなので準備の時間は5分くらいで終わる。
俺は準備ができ次第廊下に出て二人が部屋を出てくるのを待った。
1分もしないうちに二人が部屋から出てきたので、3人そろって1階に下りていき、順に渦をくぐった。
途中昼休憩し簡単な食事をして11階層に午後3時前に到着した。もちろんこの時間は俺の体内時計によるものなので正確ではないが、当たらずと言えども遠からずだと思っている。
「今3時ごろだと思うけど、結構早く着いた」
「そうね」「あと2、3時間頑張りましょう」
階段下の空洞の脇あたりで一休みしてから、まだ自動地図に載っていない坑道を俺たちは進んでいった。
既にほかのダンジョンワーカーも11階層に進出していると思うが、まだ荒らされてはいないハズなので期待は大きい。
そう思って自動地図上に歩いた坑道が描き込まれて行くところを眺めつつも、周囲を警戒しながら進んでいったらすぐにジェムが見つかった。
「今日潜って正解だったわよね」
「そうですね」
「まだほかのダンジョンワーカーの数が限られているだろうから、ジェムやキノコは荒らされていないんだろう」
「ここも人が多くなってくるとこういったものを見つけにくくなるんでしょうから、12階層への階段前のモンスターをたおしてしまって12階層に行ってもいいわよね」
「そうかもしれないけれど、それなりに強いんじゃないか?」
「強ければ強いほど高く売れるんじゃない? カエルをいくらで買い取ってくれるのか楽しみだわ」
「前足1本であの値段だったから、結構高く売れそうだよな」
「そうよね」
などとエリカと話していたら、ケイちゃんの「います!」の声と同時に俺とエリカの間を矢が通過していった。おっと、話に夢中でモンスターのことを失念していた。
自動地図を収納し、レメンゲンを抜き放って気配の方向にエリカともども駆けだしたら、ケイちゃんの第2射が俺たちの間を抜けていき、モンスターの気配はなくなっていた。
モンスターが2匹以下なら、いつものことではある。それはそれとして、ケイちゃんの索敵範囲が少し広がったような気もしないではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます