第52話 フランツ・ケストナー3


 ケストナー伯爵という貴族家の3男フランツに2階層への階段へ続く本坑道で絡まれ、戦う羽目になった。

 レメンゲンを持つ俺と白銀の双剣を持つエリカが負けるとは思えないが、逆に貴族の係累を斬り殺していいものか悩むところだ。

 俺のレメンゲンも、エリカの双剣もどちらも両刃なので、峰打ちなどといった非殺の技は使えない以上、抜いてしまえばそれまでだ。


 抜きたくはないが、相手が剣の柄に手をかけている以上、こちらも抜かなければ俺たちが殺される。

 俺とエリカは以心伝心で、相手の間合いに入らぬよう少し下がって位置取りをした。


 俺たちの動きに対してフランツの家来も詰め寄るようなことはせず、俺たちをじっと見つめている。最初は貴族の子弟とは言えどうせ3男の家来だと高をくくっていたのだが、思った以上にフランツの家来はできるかもしれない。



 しばらくにらみ合いが続く中、なんとか視線を後ろに向けるとケイちゃんは俺たちから15メートルほど下がって左手に持っていたウサツに矢をつがえていた。

 ケイちゃんの腕前と、ウサツの威力から考えて俺たちは圧倒的に有利なんだが?


 俺たちがそうやって対峙していたら、前方、彼らにすれば後方からランタンの明かりが見えてきた。ダンジョンワーカーだ。さらに俺の後方からもダンジョンワーカーらしき気配が近づいてきている。

 後方から近づいて来るダンジョンワーカーは新人かもしれないが、前方から近づいて来るダンジョンワーカーは、この時間、奥の方に進んでいるわけだから、おそらくかなりのベテランと考えてもいいだろう。


『エリカ、前後からダンジョンワーカーが近づいてきている。間合いを外しながら時間を稼ごう』

『分かった』


 フランツの家来たちも当然ダンジョンワーカーたちが近づいてきていることは気付いているはずだ。

 ここで剣を抜くわけにはいかないくらい理解しているだろう。

 フランツがそこを理解しているかどうかが問題だが、フランツがせかしても、目の前の二人なら剣を抜かないような気がする。


 この戦いは俺たちの戦略的勝利で終わりそうだ。


「分かってると思うが、前後からダンジョンワーカーが近づいてきてるぞ。それじゃあそういうことで俺たちは先に行くから。

 ケイちゃん、戻ってきていいぞ」

「はい」


 ケイちゃんが戻ってきたところで、俺たちは速足でその場から去っていき、前からやってきたダンジョンワーカーたちとすれ違った。

 思った通り彼らは明らかにベテランダンジョンワーカーだった。

 俺は一度振り返り彼らにありがとうと言ったあと、フランツに向かって日本語で『BA-KA!』と言ってやった。

 われながら大人げないのだが、俺ってまだ15歳なので大人げなくて当然なのだ。

 なぜかケイちゃんが俺の顔をじっと見つめていた。何やねん?


「エド、今なんて言ったの?」

 ケイちゃんは元の顔に戻ったけれど、何でも知りたいお嬢さまが俺に聞いてきた。

「おまじないのようなもので意味はない言葉だよ」

「おまじない?」

「正確には呪いかも?」

「それはいいわね。わたしにも教えてよ」


「『BA-KAばーか』。これで相手が不幸になるんだ」

「『BA-KA』。今ので良かった?」

「うん。うまいもんだ」

「エドは変なこと知ってるのね。

 そういえばケイちゃんはエルフの変わった言葉って何か知らない?」

「そうですねー。母さんもそういった言葉は教えてくれなかったのであまり知らないです」

「周りにエルフの悪ガキがいれば、変な言葉を覚えるんでしょうけど、そうじゃなければだれもそんな言葉は使わないから覚えるはずないものね」


「まあ、何でもいいけど刃傷沙汰おおごとにならずに済んでよかったな。まかり間違っていれば俺たちであの3人を斬り殺してしまうところだったものな」

「そうしたら、わたしたち国外に逃げなくちゃいけなかったわね」

「まったくだ」

「それで、ギルドに戻ったらさっきのことは報告した方がいいわよね?」

「あの調子だと、他のダンジョンワーカーにも被害が出そうだしな」

「それに、あの連中、わたしたちを逆恨みしそうじゃない? とっととサクラダの街から出て行ってもらいたいものね」

「その通りだ」



 そこから1時間ちょっとで渦を通り抜けてギルドに戻ってきた俺たちは、今日の収穫を買い取りカウンターで買い取ってもらい、銀貨1枚をチームのお金として貯金した上で3等分した。


「今日は嫌なヤツがいたけどそこそこ稼げたわね」

「この調子でいこう。

 それじゃあ、報告は受付でいいんだよな?」

「それでいいんじゃない。受付だし」


 俺たちは買い取りカウンターから受付カウンターに回り、そこでエルマンさんに先ほどの件を報告した。


「了解しました。ギルド長にも報告をしておきます。その3人の顔は職員も覚えていますので、おそらくその3名はダンジョンへの入場禁止になると思います」

「よろしくお願いします」


 街中まちなかで連中と出会うことはまずないだろうからこれで一安心。

「ところで、ケストナー伯爵とか言うのはどこの人なんですか?」

「王宮での具体的な役職は分かりませんが廷臣貴族のようです」

「ありがとうございます」


 なるほど。俺は廷臣貴族という言葉を初めて聞いたのだが、恐らく領地を持たず王宮勤めちゅうおうで国から金銭で俸給を得ている貴族のことなのだろう。子弟の教育もできないような人物が王宮で権勢を振るうようでは、国家としてあまりほめられたことではないと思うが、実際のところヨーネフリッツ王国は安泰なんだろうか?

 まあ、俺たちがいるこのヨルマン辺境伯領はいたって平和だし、景気もいい。街道は整備され街は清潔だ。かなり良く治められていると評価できる。領主である辺境伯が有能なのはもちろんのことその周囲も有能なのだろう。


 楽観的な見方かもしれないが、ヨーネフリッツ王国自体が少々傾いたところで、ダンジョンもあれば鉱山も多く存在するヨルマン辺境伯領の景気まで悪くなることはないんじゃないか?


「それじゃあ、一応これで解散。

 夕食は6時に雄鶏亭おんどりていの前に集合。で、いいかい?」

「了解」「はい」


 解散と言っても部屋は同じ場所なので3人そろって階段を上って行き、部屋の前で別れた。

 夕食までの2時間、俺は体を拭いたり、汚れ物の洗濯をした。


 あと、2、3回5階層に潜ったら1日休みをとって必要な物資を調達し、それから泊りがけでのダンジョンアタックだ。


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