第51話 フランツ・ケストナー2、生麦事件
エリカとケイちゃんにも大ウサギを運んでもらうとして一人1匹が限度だろうからあと2匹まで。
昼までにはまだ2時間はある。
昼休憩に1時間。それから4時間ダンジョンにいるとして、実働時間はあと6時間。5階層の階段から渦まで撤収するには2時間かかるのであと4時間使える。
この場所は階段から1時間ほど離れているので、奥に向かって進むのは後1時間。そこがいわば限界点。そこから引き返さないとならない。
あと1時間で大ウサギ2匹分の獲物を得られたら復路は往路と同じでいいが、空振りだったら戦果拡大のため復路は往路と違う坑道を選んでみるか。
俺は歩きながら頭の中でざっとまとめた。
結局1時間ほど地図を見ながら奥の方に向かって進んでいったが何の成果もなかった。
「そろそろ引き返そうと思うけれど、帰りはそのまま引き返すんじゃなくて、側道を通って階段まで目指そうと思う」
「分かった」「はい」
側道の入り口前で10分ほど小休止して、その側道に入っていき階段方向に歩いていった。
側道に入ってから昼休憩までの1時間ほど歩く間に青鬼ダケを1本見つけている。
「そろそろ昼休憩にしよう」
「うん」「はい」
荷物を下ろして剣帯も外し、坑道の壁に沿って3人並んで腰を下ろした。
各自で水袋から水を飲み、適当に干し肉などの携帯食を食べた。エリカはしきりに煎り大豆をケイちゃんに勧めていたがケイちゃんは大豆が好きではないらしく断っていた。
「順調だね」
「そうね」
「はい」
「ケイちゃん、足は大丈夫?」
「不思議なくらい平気です」
歩き慣れていないと長時間の歩行は辛いけれど、レメンゲンの効果もあるとは思うがケイちゃんもダンジョンワーカーに成ることを簡単に了承しただけのことはある。
食事ともいえない食事を終えたら各自目を閉じて休憩モードに入る。疲れはほとんど感じていなくても体を休めることは大事とエリカもケイちゃんも分かっているようだ。
と、思っていたらいきなりエリカが話し始めた。
「ねえ、そういえばあの貴族どうなったかな?」
無視はできないのでちゃんと答えておいた。
「あんな条件じゃ、誰も相手にしないだろうな」
「だよね。ケイちゃんはどう思う?」
「わたしは条件以前にあの顔がダメです」
「アハハハ。それ言えてるよ」
俺もケイちゃんのその意見というか感想には100パーセント同意する。
「貴族の道楽なんだろうな」
「でしょ」
「とことで、ケストナー伯爵って知ってる?」
「知らない。聞いたこともないと思う。少なくともヨルマン辺境伯の
「わたしも知りません」
「じゃあ、本物の貴族かどうかも分からないんだ」
「貴族の詐称は重罪だったと思うし、あの態度から言ってまさか偽物ってことはないと思うけど」
「たしかにアレは演技じゃできないものな」
「できない、できない。絶対にできない。内面から湧き上がるような傲慢さはそう簡単には演技できないもの」
内面から湧き上がる傲慢さとは言いえて妙だな。エリカには物書きの才能があるのかもしれない。
それくらいで会話が途切れ、それからしばらく目をつむって体を休めた。
昼休憩に入って1時間くらい経ったろうというところで、二人に休憩終了を告げた。
準備が整ったところで、いつも通り俺が先頭、エリカ、ケイちゃんの順で坑道を階段に向かって歩いて行った。
1時間ほど地図を見ながら側道を進んでいき、途中下り階段へ続く坑道とは違う本坑道に出てさらに1時間ほど進んで4階層への上り階段のある空洞にたどり着いた。今の時刻は午後2時くらいと思う。
「ここで小休止しよう」
「うん」「はい」
ここからの帰り道はもう地図は不要なのでエリカに返しておいた。
太陽のないダンジョン内に長時間いたにもかかわらず、渦から出た時の時刻はたいてい思っていた時刻と狂いがないので、俺の時間感覚はかなり正確なようだ。これもレメンゲンの力なのかもしれない。
階段脇で10分ほど休憩してから、俺たちは階段を上り始めた。
階段を上り切って4階層。
そこから黙々と歩いて行く。移動中の会話はほとんどしない。これはモンスターの気配をいち早く察知するためなので俺たちに限らず他のチームでも同じはずだ。
ただし、今俺たちが歩いているような階段と階段を結ぶ本坑道ではそれほどモンスターを気にかけることもないので会話してもそれほど問題はない。
階段と階段を結ぶ本坑道を移動中にモンスターに出会ったことは今まで一度もないが、他のワンジョンワーカーとすれ違うことは多い。すれ違ったところで、知り合いでもない以上あいさつすることもない。従って、俺たちの知り合いと言えば、俺とエリカをバカにした新人チームくらいしかいないのであいさつしないわけだ。
それでいいのかと言えば、あまりいいことではないかもしれないが、俺達がブイブイ言わすようになれば自ずと知り合いも増えてくるだろう。多分だけど。
4階層を通り抜けて3階層に到達し、何組かのチームとすれ違いながら坑道を黙々と歩いていたら前方を進むチームに追いついてしまった。今まで前を行くチームに追いついたことなど一度もないのだが、さてどうしたものか?
前のチームを追い越すのも気が引けるが、追い越さないのも面倒だ。
前のチームと10メートルほど間を空けて歩きながら俺がどうしようかと迷っていたら後ろのエリカから声がかかった。
「エド、前に合わせる必要なんかないんだから抜いちゃいましょうよ」
まっ、エリカらしいし俺もその意見に反対はない。
「抜いてしまおう」
エリカの言葉通り、俺はスピードを上げて前のチームに追いついたところ、そのチームは男3人のチームだった。
彼らの横を通って追い抜きにかかった俺は横目で彼らをチラ見したところ、なんとあのお貴族さまたちだった。
3人しかいないところを見ると予想通り誰も雇えなかったようだ。
しかし、これはマズくないか? 何がマズいのかは分からないが、状況的にマズそうな気がする。やったことないけど大名行列を邪魔したような? いわば生麦事件的な。
「おまえたち。ちょっと待て!」
案の定、連中の注意を引いてしまった。
領民の俺たちが辺境伯と関係ない貴族を待たなきゃいけない理由はないのだが、それでも相手は貴族の子弟。もめごとは避けた方がいい。
俺は立ち止まって俺に声をかけた男に向き直った。エリカとケイちゃんは俺の左右に立ったので坑道は完全にふさがれた形になっている。
「こちらはケストナー伯爵家のフランツさまだ。その列を追い抜くとは何事だ!」
「貴族さまとはつゆしらず、それは申し訳ありませんでした」
「ならば、われらを抜かすでない。分かったか」
「はい。分かりました」
そう言って軽く一礼して二人を引き連れて彼らの後ろに移動しようとしていたらフランツさまから直々に声がかかった。
ギルドホールでフランツさまの顔を見たときは遠目だった関係で尊大だなーと感じただけだったが、近くで見ると細目で眉間にかなり大きく盛り上がった
「黒い鞘に、黒い柄の剣か。めずらしいな。
おいおまえ、おまえの持っている剣を見せて見ろ!」
「これですか?」
「それだ」
「なぜあなたに見せなければいけないんですか?」
「おい貴様。その言いぐさは何だ! フランツさまに対して無礼だぞ!」先ほどの男が俺に向かって怒鳴りつけてきた。
「下賤の者のことばだ。許してやれ。
それならその剣を金貨5枚で買ってやろう。それなら文句あるまい?」
金貨5枚となるとそれなりの剣が買える値段ではある。鞘と柄を見ただけで、剣身まで見ていないのに俺のレメンゲンが欲しくなったのか? この貴族は何か特別な嗅覚を持っているのか?
相手が誰であろうとレメンゲンを売る気はない。そもそも契約的に手放せないような気もしないではない。もし売れるなら、
「売る気はありませんよ」
「なんだと! 貴様、わたしを誰だと思ってる? わたしはケストナー伯爵家のフランツだぞ!」
「わたしはヨルマン辺境伯領の領民なのですが、ケストナー伯爵さまはヨルマン辺境伯さまの寄子なのでしょうか?」
「ええい、痛い目に遭いたくなければつべこべ言わずにその剣をわたしに寄こすのだ!」
それじゃあまるで強盗じゃないか? こいつは今までも何度かこういった強盗まがいのことをやってるぞ。
「力ずくで奪うというんですか? もしあなたがわれわれに負け、われわれがしかるべきところに訴え出たらどうなると思います?」
「おまえたちごときにわたしの部下が負けるわけないだろう。しかもここはダンジョンの中。切り刻んで捨ててしまっても誰も文句は言うまい」
「つまり、貴族が強盗を働くということだな!?
分かった。俺がお前の子分ごと返り討ちにしても同じことが言えるんだがそれでいいんだよな?」
フランツの家来二人が剣の柄に手をかけ一歩前に出て、同時にフランツは一歩下がった。時代劇の悪役そのものだな。いや、これは悪役というより越後のちりめん問屋さまの立ち位置か? ということは俺達が悪役なのか? そんなバナナシェーク。
十数年ぶりの親父ギャグに鳥肌が立ってしまった。
「エド、やっちゃうの?」
「こうなってしまえば、仕方ないだろう」
「わかった」
「ケイちゃんは離れて、もしものことがあったら逃げてくれ。もし道に迷っても他のダンジョンワーカーを見つけて事情を話せばギルドに帰れるはずだから」
「はい」
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