第50話 フランツ・ケストナー


 ケイちゃんが仲間になって、2日目。

 ケイちゃんが思った以上の戦力になったため、今日は直接5階層に下りていくことにしている。

 朝食を摂って部屋に戻り装備を整えた俺たちは部屋を出た廊下で一緒になりそのまま1階へ下りて行った。


 階段を下りていたら1階のホールが何やら騒がしい。

「何だか騒がしいな」

「珍しいわね」

「何かあったんでしょうか?」


 ホールに下りると、ホールの真ん中に派手な革鎧を着た若い男と、その仲間らしき二人の3名が20人ほどのダンジョンワーカーたちに囲まれていた。



 男の仲間の一人が大声で、人を募っていた。

「……。だれかいないか? ダンジョンの道案内ができる者、荷物運びをする者はいないか?。日当は破格の銀貨2枚だ。誰かいないか? 働きが良ければケストナー伯爵家3男のフランツさまの家来として召し抱えられるかもしれぬぞ!」

 日当が銀貨2枚では破格とまでは言わないだろう。それにいくら伯爵家と言っても3男じゃあまりいい働き口ではないような。


 それと人を雇いたいなら窓口に相談した方がいいんじゃないか? 窓口に頼めばすぐに人が見つかるわけじゃないだろうが、堅実だろうし、日当の適正な金額も教えてくれるだろうし。


 今現在ホールで大声を上げているところを見ると、急いでるのだろうが俺たちには何の関係もない。


 今まで俺は本物の貴族など見たことはなかったのだが、確かにケストナー伯爵家3男のフランツさまの尊大そうな顔を見たら、関わってはいけない人物だと俺の頭の中で警鐘が鳴った。

 フランツさまと目を合わさないようにまっすぐ前を向いて壁際に立つ像の前を通り俺たちは渦に向かった。何も俺は口にしなかったがエリカもケイちゃんも俺と同意見だったようで二人とも何も言わず俺のあとに付いてきた。



「すっごく嫌な感じの男だったわね」

 渦を抜けたところで、いきなりエリカが俺とケイちゃんに同意を求めるように言った。渦を抜けてしまえば声は向こうに届かないので渦を抜けるまで我慢していた感じだ。


 もちろん俺はエリカと同意見だ。

「かかわりあいたくない手合いだったな」

 ケイちゃんも大きくうなずいた。

「あの男たち、ダンジョンに入ってくるつもりみたいだけど、中で出会いたくないわよね」

「あの感じだとダンジョンは初めてなんだろうから、俺たちの行く5階層には来ないだろう」

「それもそうね。安心したわ。

 それじゃあ、忘れてさっさと5階層に行きましょう」

「そうだな」「はい」


 俺たちは俺を先頭にして、エリカ、ケイちゃんの順に縦一列になり、少し速足で本坑道を歩いて行った。



 2時間後。


 俺たちは道中モンスターに出会うことなく4階層からの下り階段を下りて5階層の空洞に到着していた。


「ケイちゃん、ここが5階層だ。見た感じはこれまでと同じだろ?」

「そうですね」

「階段下だと邪魔になるから脇に避けて少し休憩しよう」


 階段下から少し移動して俺たちはリュックを下ろして水袋から水を飲んで小休止した。

 水袋の中の生ぬるい水にも慣れてきたのだが、冷たい水が飲みたいものだ。中の水を冷やしてくれる魔法の水袋がどこかに落ちていないだろうか? レメンゲンは別としてもエリカの白銀の双剣ヘルテとエルバーメン、ケイちゃんの短弓ウサツ。ピンポイントで欲しい物が手に入っている。

 ならば、魔法の水袋が手に入ってもええじゃないか?

 

 ええじゃないか、ええじゃないか。よいよいよいよい! 妙な言葉を思い出してしまった。


 ここまでは一度来たことがある道だったし一本道のようなものだった関係で地図を見ずにやってきたが、ここからはエリカの地図を見ながら進むことになる。

 また地図と実際の坑道が違っていれば儲けものだが、はたして柳の下に4匹目のドジョウがいるか?


 10分ほど休んだことですっかりリフレッシュできた。


「そろそろ進もうか。

 モンスターの接近は気配でだいたい分かるけど、坑道の壁際のキノコを見落とさないように」

「了解」「はい」


 全員の準備が整ったところで俺はエリカに貸してもらった5階層の地図を見ながら前回通った坑道とは別の坑道に向かった。


 30分ほど歩いていたら坑道の壁際に生えているキノコを見つけた。青鬼ダケだ。幸先がいい。俺が青鬼ダケを石づきごと取ってエリカに渡した。

「最初から青鬼ダケって幸先がいいわね」

「そうですね」

 ケイちゃんに青鬼ダケ、赤鬼ダケのことは話しているのでエリカの言葉の意味が伝わったようだ。


「次行こうか」


 そこから数分歩いただけで前方にモンスターの気配を感じた。と、思ったら、後ろからケイちゃんの「大グモ1匹。いきます!」と、声がして、弓の弦が鋭くはじける音と同時に俺の脇を矢が通過していった。

 そのあとすぐにモンスターの気配はなくなった。

 ケイちゃんは俺より早くモンスターを見つけて、一撃でたおしてしまったようだ。


 3人揃って現場まで駆けていったところ、そこには眉間に矢を生やした大グモが1匹動かなくなっていた。

「わたしたち活躍できないね」と、エリカ。

 エリカの顔を見れば笑っている。

「それはそれで、いいんじゃないか」

「まあね」


 大グモの額から矢を引っこ抜いてケイちゃんに渡してからナイフでクモの8本の脚を切り払って頭部を胴体というか腹部から切り取ってエリカに手渡した。


 いままで気にしなかったが、あらためて見ると、坑道の路面に散らばったクモの脚と胴体が実にシュールだ。



 俺は地図を見ながら、後ろを歩くエリカとケイちゃんは坑道の壁際に注意を払ってさらに30分ほど進んだところ、またモンスターの気配が近づいてきた。今度の気配は大きい。複数の大ウサギだろう。

 後ろから「大ウサギ3匹、いきます!」の声がして、俺の脇を矢が通過していった。

 これで1匹たおしたんだなーと俺はレメンゲンを引き抜きながら矢の飛んで行った先を眺めていたら、2匹の大ウサギがこちらに向かってくるのが見えた。


 エリカにも見えたようで背後から双剣を引き抜く音がした。

「ケイちゃん、後の2匹は俺とエリカで片付けるから見ててくれ」

「はい」

 俺はそう言って大ウサギに向かって駆け出し、エリカも俺のあとに続いて駆けだした。


「俺が向かって右、エリカは左を頼む」

「分かった」



 俺は飛びかかってきた大ウサギをかわしざまにレメンゲンを振り下ろして、大ウサギの頭を切り飛ばし、エリカはエリカで大ウサギの頭を切り飛ばしていた。


 すぐに2匹の大ウサギの死骸は切り口が下になるように壁に沿わせて置き、血抜きした。

 そのあと、ケイちゃんがたおした大ウサギのところまで行き、眉間に突き刺さった矢をケイちゃんに渡してからナイフで首を切り落とし同じように血抜きした。


「血が抜けるまで休憩しよう」

 俺はエリカから渡してもらった水袋から水を飲み、預けていた袋から少しだけ干しブドウを食べた。

 そうだ、今度の休みでクルミを見つけたら大目に買っておこう。


 それはそうと、大ウサギ3匹。俺のリュックはこれでパンパンになる。エリカとケイちゃんに1匹ずつ持ってもらえば、大ウサギ換算で後2匹は行けるか。まだ早いからもう少し進んでから引き返してもいいか。


 俺は休憩中の二人にそのことを話して了承してもらった。

「エドが、大ウサギ3匹も背負うんですか? わたしが1匹持ちます」

「いや。リュックが満杯になってしまっただけで重さは大丈夫だから。ケイちゃんは気にしなくていいよ」

「済みません」

「だから、気にしなくていいから」

「はい」


 確かに大ウサギ3匹となると百数十キロ。普通なら見た目通りに重いのだろうが、今の俺なら平気なんだよなー。レメンゲンさまさま。



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