第30話 3階層2、スライムと指輪


 翌日。


 いつも通りエリカと二人で朝食を摂りに1階に下りていき、雄鶏亭おんどりていで4人席に座って定食を食べていたら、俺たちの前を昨日の失礼な3人組が通りかかった。


 俺は知らない顔をしていたのだが、エリカが目ざとく見つけてしまった。

「昨日のあんたたちじゃないの。エルマンさんにわたしたちのこと聞いてくれたかな?」

 エリカのあおり言葉は聞こえていたはずだが、3人は何も言わないばかりか俺たちの顔を見ることもなくに奥のほうに歩いて行った。

 連中がエルマンさんに俺たちのことを聞いたのは確実だ。


「エド、あの連中の顔見た?」

 見たことは見たけど。

「アレって、何なんだろ。エラそうなこと言ってごめんなさいって言えばいいものを」

「エリカ、許してやれよ。普通俺たちを見た目だけでスゴ腕って判断できないんだし」

「そうかもしれないけどね」

「あの連中も他人ひとに向かって失礼なことを言うと自分が恥をかくってことが分かったんじゃないか」

「頭悪そうだから分かんないんじゃない」

 エリカも大概だな。

 俺たちはこれ見よがしに大きな声で話しているので通り過ぎていったさっきの3人には聞こえているはずだ。


 溜飲は下がったことだしこれくらいにしておくか。メシもうまい!

 Zama is the best sauce.(ザマーイズザベストソース)

 昔の人はよくいったものだ。って、言ってないか?


 いつもに増しておいしい朝食を食べ終えた俺たちは、一度部屋に戻って出撃準備し、一緒に1階に下りて渦をくぐった。

 目指すは3階層。



 体感1時間ほどで2階層から階段を下りていき3階層の空洞に到着した。

「エド、今日はいいことが起こりそうよね!」

 エリカのその予想だか予感はどこから来るのか分からないけれど、いいことが起こればいいなー。とは思うよ。

「だってあの連中の運が下がった分わたしたちの運が上がったはずだもの」

 あー、そういう考え方だったのか。ちょっとだけ納得。

 人間万事塞翁が馬。これを演繹すれば世の中の幸運の総量は不変であると考えることもできるかもしれない。誰かが不幸になれば誰かが幸せになる。逆もまた真。


「確かに。あの連中の今日の運は下がるだろなー」

「だよね」


「それはそうと、今日は初めての3階層だから気を引き締めて行こう」

「了解」


 この階層も薄暗いながらもある程度の光があるので、俺たちは夜目を生かしてランタンを点けずにエリカの地図と俺の描き写した地図を照らし合わせなが坑道を進んでいった。


 3階層ということは新人から中堅のダンジョンワーカーのテリトリーと思うが、他のダンジョンワーカーにあうこともなく1時間ほど進んでいたら前方の路面にぬめっとしたふくらみが見えた。スライムだ。

「エリカ、スライムがいる。青みがかっているから青スライムだ」

「ホントだ」


 青スライムは肉を溶かす粘液を吐き出してくる。体にかかると水ですぐ洗わないとヤバいのだが、液が飛んでくる速度はそれほどでもないので本当の至近で粘液をもらわない限り今の俺ならかわせる気がした。


「エリカ、スライムに対して逃げてばかりじゃつまらないから、戦ってみる」

「気を付けてよ」

「うん」

 俺はレメンゲンを引き抜いてスライムに向かって近づいていった。

 スライムの吐き出す液の射程は体の10倍。目の前のスライムの大きさは40センチから50センチ。


 作戦としては、4メートルまでスライムに近づいて一度粘液を吐き出させたものをかわしたうえで突っ込んでいき、レメンゲンで外皮を突いて破ってしまえばそれだけだ。


 俺は作戦通りスライムに近づいていった。

 スライムはうねるような動作と一緒に白い塊を俺に向かって吐き出した。

 スライムの粘液を初めて見た。青スライムだから青いのかと思っていたのに白かった。


 小学生のソフトボールくらいのスピードで粘液が飛んでくるのだが、間違っても俺に命中することはない。俺は安心してスライムに突っ込んでいって飛行中の粘液途中でかわしてレメンゲンの切っ先をスライムに突き入れた。

 それだけでスライムはコンドーム爆弾のように潰れてしまった。ここで閃いたのだがスライムの表皮を何とかすれば上質のコンドームができるのではないか?

 そこでふと考えたのだが、この世界の性病対策ってどうなっているんだろう? 将来的に夜の街に飛び出していって不治の病に冒されてしまっては目も当てられない。

 などと考えていたら、後ろからエリカの声がした。


「エド。スゴイじゃない」

「思った以上に簡単だった」

「レメンゲンの刃先はどう? 傷んでない?」

 レメンゲンだからアルカリでやられるとは全く思っていなかったので失念していた。

 スライムに突き入れた刃先は濡れてはいたが異常はないようだ。よかった。

 おそらくだが、契約が果たされる=俺が死んで俺の魂をレメンゲンが食べてしまうまでレメンゲンを壊すことはできないんじゃないだろうか? もしそれができるなら、死ぬ間際に契約破棄できるってことだものな。

「何ともないようだ」

 俺はエリカからエリカのリュックに入れてもらっている俺のボロ布を渡してもらってレメンゲンの切っ先を拭いて鞘に納めた。ボロ布は濡れた面が外側に向くようにして剣帯に引っ掛けておいた。


「こんど雑貨屋に行ってスライムの液を入れる瓶とひしゃくを用意してもいいな。意外と路面のくぼみにスライムの液が溜まっているから、これなら簡単にすくえそうだ」

「こんど忘れずに仕入れておきましょう。

 それはそうと、そこに何か光るものが落っこちてるけど何かな?」


 エリカが指さした先を見たら銀色に光る小さなものがあった。指輪のようだ。落ちている位置から言って先ほどのスライムの体内にあったに違いない。

 俺は剣帯に引っ掛けておいたボロ布でその指輪を拾い、ボロ布でよく拭いた上で指でつまんで顔に近づけてよく見たら、模様があるわけでもないタダの甲丸の指輪だった。

 俺とすれば内側にカッコいいルーン文字が刻まれていればうれしかったのだが、残念ではある。


 それはそれとして、その指輪を相棒のエリカに渡した。


「銀の指輪だね」

「5階層からスライムをたおすとたまにアイテムが出てくるって聞いてたんだけど、3階層のスライムでもそんなことがあるんだなー」

「銀の指輪といってもダンジョン、しかもスライムの中から見つかった指輪だから何か特別な力があるかもしれないわよ?」

 何かすごい指輪だったらどうしよう? 逆に呪いの指輪だったら?

「指輪の効能を知る方法ってあるのかな?」

「ないんじゃないかなー」

「そういえば、ダンジョンで見つかるアイテムっていろいろあるんだろうけど、それって使い方とか特別な力が分かるものなのかな?」

「レメンゲンのような剣なら剣と思って使っていれば何となくその力がわかって来るんじゃない?」

「ほかのアイテムだと? たとえば見たこともない形のものだったりしたら?」

「その時はお手上げじゃないかな? それでもどこかの物好きが買ってくれるそうよ。

 でもこの指輪だと、それっぽいところが何もないからダンジョンで見つかったって証明できないじゃない。だから、タダの指輪としてしか売れないと思う。それくらいなら自分で使った方がいいんじゃない。はい」

『はい』と言って指輪を返されてしまった。これって俺に指輪をはめろと言っているんだよな。


 レメンゲンの時のように指輪が話しかけてくれればいいんだが、まさかそんなことはないだろうし。

「エリカ、呪いのアイテムって聞いたことないか?」

「何それ?」

「いや、アイテムが呪われていて、それを見に着けると身に着けた本人が呪われてしまうとか。指輪だったら指にはめたら抜けなくなるとか」

「指輪を無理にはめると抜けなくなることはあると思うけど呪いとは違うんじゃない。何にせよ呪い云々って迷信。そんなのないから安心していいと思うよ」

 なーんだ。この世界には呪いのアイテムってないのか。それなら気にする必要はない。どんな効能がある指輪か分からないが、効能があるならプラスということだ。


 少し不安があったが俺は左手の手袋を外し、その銀の指輪を中指にはめようと指先から押し込んだのだが、俺の中指では太すぎたようで第1関節と第2関節の間で止まってしまった。

 ちょっとおかしいが薬指にはめ直そうと抜こうとしたら抜けない。俺は右手の手袋も外し、外した手袋を脇に挟んで指輪を抜こうとしたけどどうやっても指輪は抜けなかった。


 呪いでないかもしれないが呪いかもしれない。ギルドに帰ったら石鹸代わりに何かぬるぬるするものを塗って抜けないか試すしかなさそうだ。

「抜けなくなってしまった」

「あらあら。それはそうと、指輪をはめて何か変わったことはない?」

 すっかりそのことを忘れていた。

 今のところ頭の中に声は響かないし、体調に変化はない。

「何も変わったところはない」

「ふーん。すぐ分からなくてもそのうち分かるわよ」

 今のエリカの声はことのほか明るかった。



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