第26話 ケイ・ウィステリア


 暗くもなっていないのに夜の街に繰り出した俺は勘と嗅覚だけを頼りにそんな店を探していたら、通りの少し先に立つ黒服が目に入った。

 この世界にも呼び込みのおじさんがいたのだ!

 その黒服おじさんが俺を手招きしているではないか。まずは彼から情報を引き出そう。


「お兄さん、いい女の子がいるけど、ちょっとのぞいてみませんか?」

「料金はどうなってる?」

「銀貨1枚で女の子が1時間。飲食代は別料金だけど、良心的な値段だよ」

「女の子の年齢は?」

「15歳から35歳。ピチピチから、しっとりねっとりまで選り取り見取りつかみ取りです」

 生前の日本では15、16、17なら人生は暗くないかもしれないが完全な未成年。この世界では成年とか未成年とか明確な区分区別はないから自由なのか。とは言え俺の好みはもう少し上だな。何であれ俺の夢は今夜ひらくかもしれない。


 俺が興味を示した顔をしたところでおじさんが済まなそうな顔をして俺に告げた。

「まだ時間が早いので女の子はひとりしかいないんですけど、その分サービスが濃厚かもしれませんよ」

 正直なおじさんだな。

 入ってみるか。


 黒服に案内された店の入り口には看板はかかっていなかった。


 俺は黒服のおじさんの後についてフラフラとの店の中に入っていった。

 外はまだ明るいのに店の中は結構暗くかつ狭かった。店の広さ通り、席の数はそれほど多くはないが衝立で仕切られてボックス風になっていて俺の位置からでは中がどうなっているのかは分からなかった。

 それっぽい雰囲気に俺は生前の一時期通ったキャバクラのことを思い出してしまった。あの子の名まえは何だっけなー?

 えーと、しのぶだったか、なぎさだったか? 昔の名前だから思い出せない。いや思い出した! ひろみだ、ひろみ。思い出したことで胸のつかえがとれたような。精神年齢還暦の俺の脳スペックはちゃんと15歳に若返っているみたいなので一安心だが、今はそんなことどうでもよかった。


「お客さん、こちらにどうぞ」


 案内されたボックス席には小さなテーブルを囲うようにコの字型にソファーが置かれていた。

 コの字の各辺に人一人座るだけのソファーだ。当然俺が真ん中の辺に座った。

 椅子に座ったが料金を請求されていない。飲食店は先払いが基本なのだが、ここは後払いのようだ。そういった意味では値段が気になるが、女の子1名、1時間で銀貨1枚にウソ偽りはないだろう。

 レメンゲンは剣帯ごと外して、俺のソファーの後ろに置いた。その気になればいつでも抜ける。ボッタクリだった場合俺のレメンゲンが火は噴かないが風を切ることになるかもしれない。しかし、俺の勘はそうはならないと告げている。


 俺が椅子に座って待っていたら、長めのおかっぱ頭の女の子が現れた。女の子は珍しく俺と同じ黒髪だった。

 彼女は薄手のワンピースを着ていた。部屋の中が暗いことと生地の関係か透けているわけではないが、何となくシルエットがわかるような分からないような。これはこれで雰囲気がある。こういったマニア向けの衣装がこの世界にあったとはうれしい驚きだ。きっと俺以前にこの世界に日本からこっち系統のマニアが転生だか転移して伝統文化を伝えたのだろう。


 女の子は俺の右前に座って小さく「ケイ。ケイ・ウィステリアです」と名乗った。

 近くで顔を見ると日本人的な顔立ち。しかも名まえがケイ。

 なにか運命的なものを感じないではない。

「歳はいくつ?」

「17です」


 俺は肉体年齢15歳だが精神年齢はアラカンではなくまぎれもない還暦60歳。

 守備範囲的には、下限を下回っているがこの世界では総じて日本より発育がいいので急遽俺は守備範囲の下限を17歳にまで下げてやった。これで後逸エラーの心配はなく捕球キャッチできる。


「お客さま、飲み物は何にします?」

「じゃあ、ワインで」

「ワインは1杯、小銀貨1枚になります。よろしいですか?」

 わざわざ教えてくれるとは良心的じゃないか。

「いいよ」

「わたしもいただいていいですか?」

「もちろん」


「すみませーん、ワイン2つお願いします」


 ケイちゃんが一度立ち上がって奥の方にお酒を注文した。奥の方からは返事はなかったがきっとオーダーは通ったのだろう。


 飲み物がやって来る間ケイちゃんの顔を眺めていたのだが、何か違和感がある。

 日本人的な黒髪と顔立ちに親近感を覚えたのだが、黒髪から左右に耳が横に突き出ている!

 この子の耳、縦じゃなくって横に長い。これってエルフじゃん。そんな種族がいるとは俺はいままで一度も聞いたことないんだが。

「きみの耳は横長だけど、そういった種族なの? 答えたくなければいいんだけど」

「別に構いません。母親がそうだったものでわたしも耳がこうなりました」

「そうなんだ」

 ということはエルフと人間の混血? つまり、ケイちゃんはハーフエルフってことか。

 とはいえ、そもそもケイちゃんの母親が人間ではなく、さらにエルフと呼ばれているかどうかは分からないので、暫定ハーフエルフだけど。

 こういった人種?というか種族問題は前世ではかなりセンシティブな話題だったので、この世界の実情が分からない今掘り下げるのは止した方がいいな。


 そんなことを考えていたら、陶器のジョッキに入ってお酒が運ばれてきた。

 頼んでいないのに枝豆までついてきた。

「枝豆はお店のサービスです」

 おお、良心的な店じゃないか。これからも利用させてもらう可能性が高まった。

「それじゃあ、二人の出会いに乾杯!」

「かんぱい」

 玄人弁慶とでも言うのか、こういった臭いセリフは素人相手ではとても出てこないのだが、不思議なことに玄人相手だと簡単に出てくるんだよな。


 それからしばらくワインを飲みながら、ダンジョンワーカーの話なんかをした。

 ケイちゃん自身弓が得意で短剣も使えるという。暫定でもさすがはハーフエルフ。俺の脳内設定どおりだ。それくらいならダンジョンワーカーになればよかったのに。と、思ったが人には人の事情があるわけだから踏み込まないでおいた。


 ケイちゃんはプロらしく、いちいち俺の話にうなずいたり驚いてくれるし、合間に自分のことも語ってくれるのだが、話を聞くとこの店に勤めてまだ数日だという。

 生まれながらにして聞き上手ということか。末恐ろしい。口先だけでマダムから高級車からヨットまで買ってもらう新宿歌舞伎町のホストを越えるかもしれない。

 ただ、この店は今のところ良心的に見えるし、ケイちゃんも俺におねだりするようなそぶりはないので、悪い意味でレベルアップすることはないと信じたい。




 そうこうしているうちに1時間経ってしまった。

「お客さん、お時間です。延長されますか?」

 店のボーイがやってきてそう告げた。

 俺は肉体年齢15歳で青臭いリピドー満載のハズなのだが、還暦という精神実年齢に引きずられてか、それらしい女の子との1時間の会話で満足してしまった。

「いや。これで帰る」

 ケイちゃんは名残惜しいが、俺は席を立つことにした。


 請求された代金は事前に告げられた値段通りで銀貨2枚だった。決して安いものではなかったが、こういった店では普通なのだろう。会話以外何もなかったが無理に酒を勧めたり食べ物を勧めるわけでもなかった。キャバクラと考えればこの店は優良店だ!


「またいらしてくださいね」


 忘れずレメンゲンを付けた剣帯を腰に締めた俺はケイちゃんに見送られて店を出た。

 日は落ちているが時刻的には7時半にもなっていないので空はまだ暗くなってはない。

 そろそろ通りに人が増える時間のハズだが、不思議と人通りは少ないままだった。


 どうでもいいことだけど、ちょっとだけ気になった。


 まだ、早いけどこれ以上どうこうする気がなくなった俺は、お店ではワインと枝豆だけ口に入れただけだったので、おとなしくギルドに帰って夕食を摂ることにした。



 ディープなお楽しみは将来にとっておくことにして、ギルドに戻った俺は食堂兼酒場に入っていった。ベテランダンジョンワーカーの多い時間帯だったが、2度目の人生で大人への階段を半歩だけ踏み出して気が大きくなっていたおかげか構わず6人掛けのテーブルに相席に座って定食を食べた。


 誰にもちょっかいを掛けられることもなく食事を終えた俺は3階の部屋に戻り、下着になってベッドにもぐりこんだ。



[あとがき]

今回は2曲。

1曲目:15、16、17 人生 暗い 夢は 夜開く。さらに、ケイ・ウィステリア

2曲目:しのぶ、なぎさ、昔の名前、ひろみ

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