第23話 2階層。新人狩
今日は2階層へ進出だ。
朝食を食べ終え準備を整えた俺たちは、渦を越えて2階層に続く階段に向かって坑道を歩いて行った。
地図を見なくても、他のダンジョンワーカーたちのあとをついていくだけだった。
渦から階段までの距離は地図から判断すると2キロちょっと。30分も歩けば到着する。
前を歩くダンジョンワーカーの後について黙々と坑道を歩いていたら、予想通り30分ほどで坑道が広がっていきその先に下り階段が見えてきた。
そのまま俺とエリカは先を行くダンジョンワーカーたちに続いて階段を下りていった。
正確ではないが60段ほど階段を下ったら2階層の空洞に出た。そこからも1階層の出入り口の空洞同様多方向に坑道が伸びていた。
今日はその中の1本を地図を見ながら進んでいく予定だ。
俺もエリカもレメンゲン効果で夜目が利くようになったようで、このところランタンは使っていない。
夜目に加えて、聴力、嗅覚なども強化されたようでかなり早い段階でモンスターの気配を察知できるようになっている。はっきり言って、剣の腕前が少々上昇するよりこういった能力の上昇の方が有難い。
もちろん俺の武器はレメンゲンだ。不思議なことだが、今まで何を切ってもレメンゲンは刃こぼれ一つしていない。ボロ布で軽く拭ってやるだけで手入れは終わってしまう。
今のエリカは剣筋がしっかりしているので、剣を傷めるようなことはないのだが、俺が工房で買った長剣はエリカの予備ということで俺の右腰に下がっている。
2階層に下り、3階層に続くわけではない坑道に入って30分ほど進んだところで前方にモンスターの気配を感じた。
今の俺は気配だけで相手が何かわかるようになってきている。今回は大ネズミだ。しかも2匹。
「エリカ、大ネズミが2匹だ」
「了解」
俺がレメンゲンを引き抜き、エリカは剣と短剣を引き抜いて構えた。
「2匹いるから、エリカは向かって右をたおしてくれ。俺は左の大ネズミたおす」
「了解」
近づいてくる2匹の大ネズミに向かって俺たちは駆け出し、すれ違いざま俺は左から近づいてきた大ネズミの首元にレメンゲンを一閃し、エリカは右側から近づいてきた大ネズミの首を右手の剣で刈った。
頭を斬り飛ばされた大ネズミのしっぽを各々持ち上げて血抜きをし、血が納まったところで俺のリュックに大ネズミの死骸を2匹とも入れた。
このところ、俺がリュックに入れていた雑貨類は最初からエリカのリュックに入れているので、そういったものを移し替える必要はない。
「まだ大ネズミを見ただけだけど、2階層も問題なさそうだな」
「そうね。歯ごたえはなかったけれど、楽にたおせるに越したことはないものね」
「そういえば、以前新人の未帰還が多いって話。まだ続いてるのかな?」
「わたしはたいていエドと一緒だからエド以上のことは知らないと思うけど、続いているんじゃないかな」
「何なんだろうなー?」
「やっぱり特別なモンスターなんかじゃなくて人間が犯人なんじゃない?」
「ということは新人狩?」
「どういう理由かは分からないけれど、2、3人の新人相手なら、ベテランダンジョンワーカーなら簡単にたおせるし」
「確かにそうだけど、新人を狩って何がしたいんだろう? 新人を減らしたいって事?」
「新人がいなくなって困るのは、結局ダンジョンギルドじゃない?」
「そうだろうな」
「ダンジョンギルドに恨みを持つダンジョンワーカーが犯人かもね」
「ダンジョンギルドに恨みって、恨まれるようなこと何もなくないか?」
「確かに思いつかないけれど、世の中には逆恨みってあるし」
「逆恨みまで考えると、異常者って線もあるな」
「まあね。実際ダンジョンの中で殺せば、誰も見ていないでしょうし、死体はそのうちダンジョンに飲み込まれるかモンスターに荒らされてしまうわけだし」
「そうだよなー」
「でも、エドとわたしなら十分撃退できるんじゃない?」
「そうならいいけどな」
「いやに弱気ね」
「そういうわけじゃないけどな」
エリカと雑談しながら歩いていたら前方にランタンの明かりが見えてきた。
さすがは2階層。早くもダンジョンワーカーに出会った。
俺たちはそのまま進んでいったのだが、どうも様子がおかしい。複数のダンジョンワーカーが戦っているように見えるのだが、ダンジョンワーカー同士で剣を向けているように見える。
これって新人狩の現場じゃないか? 2階層の初日からこれかよ。
「エリカ、助けに行こう」
俺たちは剣を抜いて駆けだした。前方では3人に対し一人が戦っている。
その一人が新人狩の犯人のようだ。犯人はその構えといい、動きといい明らかに高い技量を持っている。
俺たちが近づいている間に3人のうちの一人が切り伏せられた。
これはマズい。
現場に着く前に俺たちが近づいていることを知らせて威嚇した方が良さそうだ。
「おい! 止せ! 止すんだ!」
俺が叫んだら、残った二人がこっちを向いた。
犯人はそれをスキとみて、片側のダンジョンワーカーに切りかかり、そのまま切り伏せてしまった。
しまった。
犯人は戦い慣れている。
最後の一人も二人目に続いて切り伏せられてしまった。これで助ける対象がなくなってしまった。
3人を切り伏せた犯人はようやく俺たちの方を向いた。
表情がはっきり見えているわけではないが、その顔は笑っているように見える。
「エリカ。こいつは俺が相手するから少し下がっていてくれ」
「分かった。気を付けて」
「うん」
犯人は俺にとってありがたいことに男だった。女は斬りたくないからな。
その犯人が俺の5歩ほど先で立ち止まり、手にした剣を剣道のように両手で中段に構えた。
ここは真剣勝負だ。どんな手を使っても勝てばいいのだが、レメンゲンの力を得ている今の俺は正々堂々戦っても目の前の新人狩に負ける気はしない。
俺はレメンゲンを上段に構え、すり足で新人狩に近寄っていき、お互いの間合いに入ったと思った瞬間レメンゲンを振り下ろした。
一拍遅れた新人狩の剣がまっすぐ俺の胸目がけて伸ばされてくる。
男の剣の切っ先が俺の胸元に届く前に俺のレメンゲンが男のヘルメットごと頭蓋を断ち割った。
男の中段からの突きは俺の胸当てに傷を残して右に流れていき、男の頭部から脳漿が飛び散った。
今の戦いを傍から見れば間一髪、ぎりぎりの勝負に見えたかもしれないが、俺からすれば負ける気のしない戦いだった。
自分では意識していなかったがレメンゲン効果で俺の能力はかなり上がっていたようだ。そして自信もついてきている。今の戦いで俺の全ての能力が上がっていたことが実感できた。
今回初めて俺は人間を斬った。それも頭蓋を叩き割っての人斬りだ。それにもかかわらず不思議なくらい何ともない。
俺は悪魔に魂を売る予約しているわけだから、俺自身人外に近づいていってるのかもしれない。と、何となく思ったのだが、その時の俺はそれすらも気にならなかった。
俺のこともそうだが、エリカも全く動じた感じはしない。動じるよりよほどいいのだが、エリカもこういったことへの耐性が強まっているのかもしれない。
坑道に切り捨てられていたのは男二人、女一人。一人は首を斬り落とされ、一人は袈裟懸け、最後の一人は胸を一突きだった。もちろん3人ともすでにこと切れている。
3人が負った外傷はそれだけだったので、さっきの男はよほど手練れだったことがうかがえる。うぬぼれるわけではないが、そんな相手を一太刀で切り伏せた俺はそれをはるかに上回るということになる。
「この人たちって、この前ギルドの食堂で新人が帰ってこない話をしていた3人じゃない?」
「そうみたいだな。かわいそうに。それはそうと死体をここに放っておいていいものかな?」
「ギルドの
「そうだな。犯人についても一緒でいいよな」
「うん」
俺とエリカは3人の死体からギルドの会員証を兼ねるタグを回収し死体は坑道の脇に並べておいた。俺が切り捨てた男はタグを持っていなかった。ダンジョンに入ること自体はギルドの会員である必要はないので、この男はダンジョンワーカーではなかった可能性もある。その男の死体も坑道の脇によけておいた。
「武器とか回収しなくていいかな?」
「売れることは売れるでしょうけど、大した値段で売れそうもないんじゃない。それよりそんなことしたら面倒なことにならないかな?」
「俺たちが新人狩の犯人に間違われる可能性は低そうだけど、そういった危険がないわけじゃないし身の潔白を晴らすすべはないから面倒なことはしないでおくか」
「うん。それがいいと思うわ」
「武器の回収は止しておくとして犯人の頭をギルドに持っていかなくていいかな?」
「なんでそんなもの持っていくの?」
「いや、新人狩の犯人はこんな男だったって知らせた方がよくないか?」
「知らせた方がいいかもしれないけれど、半分に割れた頭を持っていく?」
「リュックも汚れるし持っていきたくはないな」
「じゃあいいんじゃない。犯人を仕留めたって報告だけしておけば」
「それもそうだな。
死人が出ている以上早めに報告したほうがいいだろ? 一度ギルドに戻らないか?」
「それもそうね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます