第22話 ヨーネフリッツ王国。順調
夕食まで時間があったので2階の図書室に行き、2階層に現れるモンスターについて調べておいた。基本的には1階層と同じでスライム、大グモ、大ムカデ、大ネズミ、大ウサギの5種類。それに新たに大トカゲが加わるらしい。
大トカゲの肉はもちろん食べられるし、皮は防具用として加工されるそうだ。
ついでに3階層についても調べたところ、2階層と同じだった。深くなればなるほどモンスターは同一種でも強力になるそうなので、3階層になると同じモンスターでも2階層のものと比べ素早さや力が増してしぶとくなっているのだろう。
モンスターの確認はすぐに終わったので適当にテーブルの上に置かれた本を見ていたらヨーネフリッツ王国の地図が描かれた本があった。ヨーネフリッツ王国の概略を書いた本らしい。
地図と言っても正確なものではなく、絵本に載っているような地図なのだが、それでも全体像の把握は十分できる。
俺たちのヨルマン辺境伯領は王国の北東に突き出た部分ということは知っていたが、辺境伯領という割にそれほど広くはなかった。後背に未知の土地が広がっているわけだからこれからどんどん大きくなっていくのだろう。
それはそれとして、地図は国王直轄地、公爵領、何それ侯爵領といった具合に地方ごとに色分けされていた。父さんから聞いた話だが、ヨルマン辺境伯は侯爵待遇だそうでかなり偉い人だ。
国王直轄地のほか、地図上には公爵領が3つ侯爵領が8つ、1辺境伯領だった。国王の力が絶対なのかどうかは判断できないが、国王直轄地が面積的に最も広いわけではなかった。それでも都周辺も国王直轄地だし、税収という意味では安定しているのだろう。
ヨーネフリッツ王国の都の名まえはハルネシア。人口は70万と書いてあったがこの本自体それほど新しく見えないので、今の人口はもっと多いかもしれない。
王都ハルネシアからは主要都市に向かって街道が伸びており、海に面した都市には港が整備されている。
ヨルマン辺境伯領の広さがそれほどではなかったということはヨーネフリッツ王国そのものがかなり広大な国だということなのだろう。
こういった文明水準の世界では小国より大国の方が安定しているに決まっている。小国に生まれていたらそれこそ国が滅ぼされて強制労働=奴隷労働者になって身をやつす可能性大だ。
魔法がない世界だったことは残念だったが、ちゃんとした両親の下、安定した国に生まれることができてラッキーだった。
自分の幸運をかみしめていたらそろそろいい時間になったような気がしたので、図書室を出て3階に戻った。
部屋の前まで戻ったところで鐘が3度鳴りエリカの部屋の扉がちょうど開いてエリカが出てきた。
「図書室に行ってたんだ」
「そうなんだ」
俺はそのままエリカと夕食を食べるため1階に下りて行った。
今日の夕食は一番乗りだった。4人席に二人して着いたところですぐに定食が運ばれてきた。
飲み物は俺は薄めたブドウ酒、エリカはそのままのブドウ酒を頼んだ。
「はいよ。お待ち!」
給仕のおじさんが飲み物を持ってきてくれたところでお互い食べ始めた。
定食を3分の1くらい食べたころには俺たちのような新人が席に着いていき、食堂兼酒場の席が2、3割がた埋まった。
そのうちベテランらしきダンジョンワーカーたちも少しずつ増えてきた。
「そういえば、ダンジョンワーカーって何人くらいいるんだろう?」
「分かんないけど、1000人以上はいるんじゃない。そうでないとこんな立派な建物維持できないもの。1000人じゃ少なすぎか。3000人くらいはいるんじゃない?」
確かに。俺は会社勤めしていた関係でそういった思考をしがちだが、この世界のたかだか15歳の娘がこういった思考ができることは驚きだ。さすがは商会の経営者の娘だけはある。エリカはダンジョンワーカーとしての資質もある上に経営者としても資質も持っていそうだ。
俺とエリカが話しながら飲み食いしていたら、俺たちのテーブルの隣りの4人掛けのテーブルに若いダンジョンワーカーが3人座った。男2人に女1のチームのようだ。
彼らが何も言わないうちから定食が運ばれてきたところを見ると、見た目通りの新人だったようだ。その彼らが銘々飲み物を頼んだ。
飲み物が運ばれたところで3人が乾杯して食事を始め、彼らの話し声が聞くとはなしに聞こえてきた。
『新人がこのところ何人も帰ってきていないっていう話知ってるだろ?』
『うん。知ってる』
『わたしの知ってる子でしばらく見ていない子もいるんだよねー』
『モンスターにやられたとしても、ソロじゃなければ誰かは帰ってこれそうだものな』
『深層部ならまだしも、新人が行くような5階層まででモンスター相手にチームの全滅はあり得ないだろう』
『つまり、浅層に深層のモンスターが現れたって事?』
『いや、その可能性もあるが、誰かが新人を襲った可能性もある』
『新人狩? だとして新人を襲って何になる?
新人を襲ったところで金にはならんだろ?』
『あまり金にはならないだろうな。襲った相手の装備を売れば足が着くだろうし、そもそもそんな高級な装備を新人が持っているわけないし』
『じゃあ、やっぱりモンスター?』
『分からない。どっちだろうと俺たちは気を引き締めていかないとな』
『そうだな』『そうだね』
物騒な話を聞いてしまった。エリカも黙っていたから今の話を聞いていたはずだ。
犯人は特殊なモンスターか、新人を狙った強盗か、はたまた異常者か?
俺たちも十分気を引き締めて行かなくってはならないが、もし相手が人間だったらちょっと嫌ではある。それでも襲ってくるなら躊躇なく返り討ちにしてやる。
おっと、今までの俺だったら、ある程度悩むような話だったが、人を相手にして返り討ち。などという物騒な発想が簡単に出てきてしまった。
もしかして? もしかするのだろうか?
あらかた食べ終わり、飲み終わった頃には、食堂兼酒場の席は6割がた埋まっていた。
まだ食堂兼酒場内には十分空席があるので急いで席を立つ必要はなさそうだったが、長居をしても仕方ないので俺たちは早々に席を立った。
翌日。
二人して1階の食堂兼酒場で朝食を摂り、一度部屋に戻ってから準備を整えて渦をくぐった。
もちろん今日も1階層で地図を見ながら坑道を確かめて歩くつもりだ。昨日、新たな坑道を見つけてその先でレメンゲンを見つけた以上、2匹目のどじょうを探さない手はないしな。
昨日の夕食時の噂話は気にかかるが、1階層で強力なモンスターが出て来そうにはないし、1階層は極端に人口密度が低いので、モンスターであれ何であれ、新人を狙うならほとんど誰もいない1階層より人口密度の高かそうな別の階層で狙うのではないか? と、思っている。
この日は、残念ながら新たな坑道を見つけることはできなかったが、モンスターとの遭遇頻度が高かった。もちろん新人を襲うという強力なモンスターだか強盗にも遭遇していない。
レメンゲンの効果でエリカも重たいリュックを背負るようになったので、かなりの量の収穫を持ち帰ることができた。
夕方4時前にギルドに戻って買い取ってもらった結果、収入は銀貨7枚と大銅貨数枚。新人の働きじゃないと買い取りのおじさんに言われてしまった。
俺の、いや、俺たちの時代がやってきたー! この調子なら父さんに借金を返すのはかなり早まりそうだ。
翌日も新たな坑道は見つからなかったが昨日と同じくらい稼げてしまった。
俺自身ほとんど疲れていなかったのだが、就業形態として5日に1日は休みを入れた方がいいと思い、そのことを夕食時にエリカに相談したところ、エリカも翌日になれば疲れは残っていないので休まなくてもいいという。
疲れが蓄積されないのもおそらくレメンゲン効果なのだと思う。
なので、無理をするわけではないが、今は稼げるだけ稼いでいこうということになった。
それから5日ほど、強盗に出会うことも強力モンスターに出会うこともなく同じように稼ぐことができた。この間でスライムに2度ほど遭遇したが、スライムの粘液を採集する用意も何もしていない関係で無理してたおすようなことはせず、すぐに撤退している。
俺が思うに、1階層でのモンスターとの遭遇率が上がったのもレメンゲンのおかげのような気がする。
ただ、レメンゲンを手に入れてからかなりの数のモンスターをたおしているのだが、最初の時と比べて目立って俺の能力が上がった感じはしない。
今の俺たちにとって1階層に現れるモンスターはスライムをのぞいて簡単にたおすことができるいいお客さんだ。従って、そんなものではこれ以上能力が上がる必要もないわけだから変化がないのかもしれない。
そういった疑問があるのだが、最初の時以降レメンゲンは何も話しかけてこないし俺が話しかけても答えない。アフターケアがないのか! 責任者出てこい!
何をどうしようとレメンゲンから返事がないのだが、今度レメンゲンが俺に話しかけてくるのは俺の
それはそうと、そろそろ2階層に進出してもいいかもしれない。エリカと相談してみよう。
2階層に進出する前に、2階層のだいたいの地理を把握するため2階層の地図も紙に書き写しておきたい。エリカが地図を持っているそうだから必須ではないが、気持ちの問題だ。
翌日も快調にモンスターを狩ることができた。少し早めに上がったので夕食まで2階層の地図を図書室で紙に描き写した。1日では完成しなかったが、明日には完成しそうだ。
夕食時、そろそろ2階層に下りてみないかとエリカに聞いたところ、遅いくらいだと言われてしまった。
それで明日は2階層へ進出しようということになった。特別に用意するものはエリカの持つ2階層の地図と俺の描きかけの地図くらいだ。
2階層に現れるモンスターは、1階層とほぼ同じで、出現数がたまに2匹になるそうだ。
今の俺たちにとってはちょうどいい。
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