第21話 買い物


 大ムカデの頭と大グモの頭を買い取ってもらった俺たちは、夕食までにだいぶ時間があったので一度部屋に戻って荷物を置き、一緒に買い出しに行こうということになった。


 俺が買いたいものは、まずは雑貨屋で買い物用の小型のリュックとボロ布とランタンの油。それに布袋だ。それから乾物屋に回って干し肉と干しブドウ。エリカに聞いたところエリカの知っている乾物屋には干しブドウ以外にも干した果物や木の実もあるそうなので、良さそうなものがあれば干しブドウだけでなく大目に買おうと思う。


「エリカ、汚れたリュックを洗っておきたいから30分ほど後にしてくれ」

「分かったわ」


 部屋に戻った俺はリュックの中に汚れたボロ布と一緒に桶を入れて井戸に急いで洗濯をした。何気に忙しい。


 リュックの水気を適当に振り払って部屋に戻って物干しロープに掛けておいたところ、しずくがぽたぽた落ちてきたので床の上に先ほど洗ったボロ布を敷いておいた。


 そのあと剣帯にレメンゲンを吊り下げて部屋を出て、エリカが部屋から出てくるのを待った。

 それほど待つことなく小さめのリュックを背負い短剣だけを腰から下げたエリカが現れたので揃って階段を下りていき、ギルドを後にした。


 先に俺たちは大通りに面した雑貨屋に寄って目当てのものを買い、それから乾物屋に向かった。


 乾物屋は大通りから一本奥に入った商店街の中にあった。父親の商会の支店があるくらいだから、この街が初めてではないのだろうがよく知ってたものだ。

 


 商店街は午後の買い物客で人が多く、乾物屋にも客が沢山いた。


 店先には、いろいろな乾物が並べられていた。店の中には干し肉も売っていたしカチカチに乾燥させた干し魚もあったが干し魚はだしを取るには良いが、骨があるのでダンジョンでかじるのには適さないと俺は思う。イリコがあれば買ってもよかったが、俺もこの世界で一度も見たことがなかっただけあり残念ながらイリコは売ってなかったし、他の小魚を干したようなものも売っていなかった。


 俺は比較的安いブタの干し肉と、緑色の干しブドウ、それに種を抜いたプラムを買った。どれも量り売りで干し肉は先ほど買った布袋に入れ、干しブドウと種を抜いたプラムは別の布袋に一緒くたに入れた。

 エリカは干し肉と、黒っぽい干しブドウ、それに煎った大豆を買った。煎った大豆は日本の節分の豆まき用の豆と見た目も全く同じだった。大豆だからいろんな栄養が入っているのだろう。


 ちなみに肉などの生ものは、ほうの木の葉っぱなどにくるんでくれる。もちろんそういったものも雑貨屋で売っている。ロジナ村の雑貨屋にはそういったものだけは沢山置いたあった。

 田舎の雑貨屋アルアルなんだろう。俺が知識チートでビニール袋を作れれば良かったが他のアイテム同様俺にはそんな知識も何もないので、そのうち知識チートの転生者なりが現れてくれるのを待つだけだ。


 目的の買い物は終わったのだが、せっかくここまできたのだからということで二人して商店街を見て回ることにした。

 日本的感覚で言えば超レトロな風景なのだが、ロジナ村民の感覚からすれば超モダンな商店街を人通りを縫うようにしてエリカと並んで歩いて行く。


 買い物も終わっていたし、欲しいものがあるわけでもないので、散歩のようなものだ。

 二人して歩いていたら、ちょうど軽食屋があったのでそこでご休憩ではなく休憩しようということになった。『ご』があるのとないのとでは天と地との差があるのだとこの時俺は痛感した。だからどうってことは全くない。


 残念ながらご休憩ではなかったが、この状況は俺的には完全にデートだ。エリカの横顔を見る分にはそんな感じは微塵もない。勘違いしてはならないのだ。


 店の中に入って二人席に向かい合って座った。お互い剣は剣帯から外して股の間に挟んでいる。

 ギルドに帰ればすぐに夕食なので、お茶だけ頼んだ。

 俺とエリカから合わせて代金小銅貨6枚を受け取った店の給仕の女性が奥に引っ込んだと思ったらすぐに大き目のカップに入ったお茶を持ってテーブルの上に置いてくれた。


 お茶を飲みながら。

「エド、明日からもダンジョンが楽しみだね」

「うん。俺たちすごく強くなったよな」

「それもこれも、エドのその黒い剣のおかげだね」

「全く。レメンゲンさまさまだ」


 俺たちの席の近くに座っていた連中の話も聞こえてくる。

 ヨルマン辺境伯領で新しく金山が見つかった話。

 北西部の森林地帯の開墾の人手不足。

 エリカの実家のあるオストリンデンの港が整備され、領軍の海軍も基地を作る。

 などなど。

 当たり前かもしれないが、ロンド村の中とも、ダンジョンギルドの中とも世間話の内容が違う。


 話の内容からいって、俺たちのヨルマン辺境伯領の景気はなかなか良いようだ。となると、エリカの実家も潤うんじゃないか? 支店まで持っているんだから大店おおだななんだろうし。


 お茶を飲み終えた俺たちは店を出て、大通りから1本ズレた道をそのまま通ってダンジョンギルドに帰っていった。


 商店街も途切れ、人通りもだいぶ少なくなり、通りに面して宿屋や飲食店、酒場などが並び始めた。

 そういった道を歩いていたところ、どうも二人組の男が俺たちのあとをついてきているような気がするが、さすがに思い過ごしだろう。


 いざとなれば俺にはレメンゲンもある。人に向かって本当の意味で剣を振るったことはないが、威嚇くらいの役には立つはずだ。エリカの剣も期待できる。


 しばらく歩いたところでエリカが俺に向かって小声で言った。

「エド、わたしたちつけられてるみたい」

 エリカも気になったようだ。エリカまで気付いたとなると、本当に俺たちのことをつけている可能性が高い。

 俺は後ろのふたりを見ないようにエリカに確かめた。

「後ろのふたり組のこと?」

「うん。走ってそこの角を曲がって大通りに出ようよ」

 そんな話をして歩いていたら「おいそこの二人、ちょっと待て!」と、後ろの二人から声を掛けられた。


「ギルドまで走ろう。いち、にの、さん」


 いきなり駆けだした俺たちを後ろの方から「こら、待ちやがれ!」という声と追ってくる足音が聞こえた。


 俺たちはすぐに角を曲がり、そのまま大通りに出た。

 大通りを歩く人は多く、その中を縫うように俺たちは走り抜けていきダンジョンギルドにたどり着いた。


 ギルドの出入り口でいったん立ち止まり俺たちが走ってきた通りを見たがあの二人は見当たらなかった。

「ついて来てはいないようだ。この街って物騒なのかな?」

「うーん。他の街と比べて特別物騒ってことはないと思うけど」

「だよな。俺が思うに、俺たちみたいな若造が立派な剣を下げていたから目を付けたんじゃないかな」

「そうかもね。わたしたちのこと脅せば何とでもなるヒヨッコだと思ったんでしょ。

 確かに見た目はヒヨッコかもしれないけど、もう一カ月もしたらわたしたちの名まえはこの街に轟いてるはずだから」

「その意気だ」


 それなりの距離を駆け通したのだが、二人とも息は切れていなかった。今さらだが、これもレメンゲン効果なのだろうと思うと、『大往生寸前の魂が対価』であるという話がちょっと怖いような気もしてきた。


 ホールを抜けて階段を3階まで上り、6時の鐘が鳴ったらエリカが夕食に俺を迎えに来るということで、部屋の前で別れた。


 買ってきた物の片づけをして、しばらくベッドに横になって時間を潰した。

 こういう時、テレビがあればいいんだが。などとぼーっとして日本のことを思い出していたら、図書室のことを思い出した。

 図書室にはなにかためになる本があるかもしれない。


 夕食の時間までにはまだ1時間はあるはずなので、俺はベッドから起き上がって部屋を出て2階の図書室に向かった。


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