第19話 黒剣レメンゲン
孔の手前にリュックを置いて、巨大ウサギが壁に突っ込んで壁を崩したことで現れた穴を拡幅し、人がくぐれる程度の孔を空けた。
ここはダンジョンの中なので酸欠はないと思うけれど、俺は念のためランタンを使って酸欠かどうか確かめることにした。俺のランタンはリュックに括り付けているのでエリカにランタンを貸してもらってそのランタンを右手に持って前の方に伸ばし、剣が邪魔にならないよう左手で剣帯に下げた剣を押さえて、ほふくして孔を抜けた。
孔の向こうに出たがランタンの火はちゃんと点いたままなので酸欠の心配はなさそうだ。現に俺もこの通りピンピンしていることだし。逆にピンピンしてなかったらそれはそれ。
孔の向こうは今までと変わらない坑道だったが、すぐ先に石組の壁で行き止まりになっていた。その壁の真ん中が通路のように空いたので壁の向こうには人工の通路か部屋があるようだ。
「エリカ、人が作ったような石壁があった。石壁には入り口みたいなのが真ん中に開いている」
『すごいじゃない。わたしもそっちに行くね』
そう言ってエリカはすぐに孔から這い出てきた。
「ホントだ。中に入ってみようよ」
「ダンジョンの中って罠とかあるって聞いたことがあるけど大丈夫かな?」
「罠の話は聞いたことあるけれど、1階層とか2階層のような浅い所じゃ罠はないんじゃないかな」
「ここだって1階層とはいえ普通じゃないことは確かだから、罠があっても不思議じゃないと言うか」
「それを言い出したら切りがないわよ。とにかく中に入ってみましょうよ」
「うん」
俺はランタンを掲げてエリカの前に立ってその壁に開いた入り口に向かった。入り口の外から中をのぞいた感じでは、その先は通路ではなくそれほど広くはないが石室だった。
その石室は奥行きが5メートルほどで、壁も天井も床も黒っぽい石でできていた。
そして正面の壁の手前には白い台が置かれその上に真っ黒い剣身の剣が抜き身のまま置かれていた。
「剣だ」
「すごい。真っ黒な剣って初めて見た。これってダンジョン産の剣だから不思議な力があるかもしれないわよ」
奥に進んで台に近寄ってみると、台の上に金色で文字のようなものが書かれていたが全く読めなかった。その文字はカクカクしていて、どこかで見たことがあるようなないような。
「これ、文字のようだけどエリカは読める?」
「全然読めない」
「剣を持ってみようか?」
「色の関係かすごく重そうに見えるけど、大丈夫?」
「ここに置いておくわけにもいかないし。
それじゃあ、持ってみる」
剣の柄を両手で持って持ち上げてみた。
見た目以上に重い。俺の長剣とさほど長さは変わらないのだが、大型剣並みの重さがある。俺の力ではまともに扱えそうもないのだが、それでも何とか構えをとってみた。
「どんな感じ?」
「普通の剣の大きさだけど、すごく重たい。俺じゃあ振り回せない。
エリカも持ってみるかい?」
「エドが両手で振り回せないようなもの、わたしじゃ無理だからいい」
一度台の上に戻しておこうとしたら、頭の中に知らない男の低い声が響いた。
『なんじ、われと契約せんか?』
なんだ?
『われの名は黒剣レメンゲン。われと契約すればわれの力をお前は得ることができる』
おい、おい、おい、おい。こいつはしゃべるじゃなくってテレパシー剣だった。それより、大事なことは契約すれば剣の力が手に入るという。
エリカに教えようと振り返ったら、エリカは凍り付いたように微動だにしていない。
一体どうなっている?
『なんじ以外の時間はゆっくりと流れているだけだ。心配する必要はない』
そういうことか。理解はできるが驚異ではある。
それはそれとして今は話を進めた方がいいだろう。
『契約とは何なのだ?』
『黒剣レメンゲンの力を欲する。と、口にするだけで契約は成立しなんじはわれの力を得ることになる』
うまい話には裏がある。
『ただじゃないんだろ?』
『対価はなんじの魂だ』
『それじゃあ、俺が死んでしまうだろ!?』
『案ずる必要はない。なんじが老いて死ぬ間際に魂をいただくので、なんら気に病む必要はない』
『その魂をおまえはどうするのだ?』
『喰らう』
『食べられた魂はどうなる?』
『われと同化する』
なるほど。
『その時俺の魂は何かを感じるのか?』
『むろん魂は痛みを感じない。われと同化した後は芝居を見ているように周囲を眺めることになるであろう。ただ、われにもその辺りのことは詳しくは分からない』
死んでしまえば通常それっきりでお終いのハズなのに、俺は幸運にもこの世界で第2の生を授かった。
この剣が要求する対価はそれほど大きなものとは思えない。それならこの話に乗っても良さそうな気がするが、その前に一つ聞いておこう。
『それで、俺に提供できるお前の力とはいったいどんなものなのだ?』
『なんじの全ての能力が上がる。文字通り全てだ』
『上がると言ってもわずかばかりではあまり意味はないぞ』
『われを使い、敵を屠っていけばいくほど、能力は上がっていく。われと契約するだけでも、われを速く、正確に振れるようになる』
この世界に転生して15年。チートなどとうの昔に諦めていたが、ここにきてチートが手に入る。
しかし、この剣はエリカと一緒に見つけたものだ。エリカの了承を得ず俺が勝手にこの剣を自分のものにして契約してしまってはまずいだろう。
『契約については承知したが、連れの了承がなければ難しい。連れに聞いてみるから時間の進みを元に戻してくれるか』
『了解した。なんじの連れの了承が得られたら、われを両手で持ち「われは黒剣レメンゲンの力を欲しここに契約する」と声を出せ。それで契約は成立する』
レメンゲンの言葉が終わったと同時に、エリカの時間的凍結が解けたようで、違和感はなくなった。
「エリカ、俺は今この剣と話しをしていたんだ」
「話って?」
「俺だけに聞こえる声で、エリカからするとほんの一瞬の間に話をしたんだよ」
「よく分からないけれど、それで?」
「この剣は名まえを黒剣レメンゲンって言うらしいんだけど、剣が言うには、自分と契約すれば契約者の能力が上がるんだって」
「やっぱりダンジョン産の剣だけはあるわね。さっそく契約してよ」
「俺が勝手に契約していいのか?」
「だって、その剣を見つけたのはエドが大ウサギをうまくかわしたことがそもそもだし、わたしじゃその剣扱えないもの」
「エリカが契約すれば、エリカでもこの剣を使えるようになると思うよ」
「そこまでして使わなくてもいいもの。エドの能力が上がればわたしにとってもプラスなんだし、早くその剣と契約してしまいなさいよ」
「わかった。それじゃあ契約する」
俺はレメンゲンをしっかり構えて「われは黒剣レメンゲンの力を欲しここに契約する」と、はっきり言った。
そのとたん、レメンゲンから黒いもやものようなものが噴き出して、それが俺の体を覆いそのまま俺の体に吸い込まれたように消えていった。
気付けば、今までほぼ全力で構えていたレメンゲンの重さが嘘のように軽くなっていた。感覚的には木剣を構えているようなものだ。レメンゲンの言葉は嘘ではなかったようだ。
「エド、何か変わった?」
「うん。剣から黒いもやのようなものが噴き出してきてそれが俺の中に入ってきたら急に剣の重みが木剣並みになった」
「もやなんか何も見えなかったけど?」
俺だけに見えたのか。黒いもやがレメンゲンの力ってことかも知れないが、今さらどうこう言ってもなー。まっ、いっか。
「そこは謎だが、現に剣を軽く感じられてるのは確かだし。ちょっと振ってみる」
再度レメンゲンを構えて素振りしてみた。やはり重さは俺の木剣と同じ。加えて自分でも分かるほど剣筋が安定していた。
「エド、切っ先の動きが見えなかった」
振りについてはそこまで速くなった自覚はなかったし、もちろん剣先の動きも目で追えていた。エリカと俺の動体視力にそこまで差があるはずはない。ということは、感覚まで研ぎ澄まされたと考えても良さそうだ。
「エド、見て、台の上に鞘が現れた!」
知らぬ間にレメンゲンが置かれていた台の上に鞘が現れていた。至れり尽くせりだ。
その鞘は真っ黒で飾り気は全くない。真っ黒と言っても艶消しされた黒なので目立たない。
これはいい物だ。
既に契約してしまった以上今さらどうしようもないが、契約の対価として魂を要求するって、悪魔と同じなのではなかろうか? 黒剣レメンゲンと自称しているが実は魔剣レメンゲンというのが本当の名まえなのかもしれない。
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