第12話 初めてのダンジョン2。付録: 通貨

[まえがき]

いよいよモンスターとの初戦闘。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 黒い渦を通過した先はかなり広い空洞だった。地図を描き写しているので頭の中では分かっていたことだが、実際に見ると思った以上に広かった。その場に立ち止まって見とれていると後ろから来る人に追突される可能性があるのですぐ脇によけ、それから再度空洞を観察した。


 ここが地面の下なのかどうかは謎だが、光源がない筈なのに薄暗くはあるもののちゃんと周囲を見ることができる。


 モンスターとの戦いともなると光源不足なのでランタンがあった方がいいと思うが、ランタンの場合、影が揺れるので良し悪しだ。


 空洞の岩壁にはには坑道に続く穴が何個も空いていて、その中の一つから渦に向かってリュックを膨らませたダンジョンワーカーが歩いて来る。逆に渦からダンジョンに入ってきたダンジョンワーカーたちは彼らがやって来る坑道に向かって歩いていった。初心者の俺には当面関係ないが、その坑道の先には2階層へ続く階段があるのだろう。



 俺はランタンに火を点けて左手に持ち、リュックのポケットから取り出した自家製の地図を右手に持って、ダンジョンワーカーたちが進むのとは違う坑道の中に入っていった。


 ダンジョン内ではランタンの明かりはないよりはまし程度で思った以上に暗かった。戦いには邪魔だし、一度モンスターを見つけてしまえば何とでもなりそうなので、モンスターと遭遇したらランタンは床に置いてもいいだろう。それなら影も揺れないし。


 30分ほど地図と実際の坑道を見比べながら坑道の中を歩いて行った。

 その間、他のダンジョンワーカーに出会うこともなかったしモンスターにも出会っていない。

 

 さらに30分。

 前方にランタンの明かりが見えた。明かりの数は1つだが、何人いるのかは俺のところからは分からなかった。

 しかし、モンスターと遭遇しない。モンスターがいない事には稼げない。

 新人に見えるようなダンジョンワーカーを含めてほとんどのダンジョンワーカーが2階層への階段方向に歩いていったのには訳があったってことなのか?


 要らぬことを考えても仕方ない。今日は初日だし、ダンジョンに慣れることが先決だ。

 そう思って坑道を歩いて行き、前方から近づいてきたダンジョンワーカーとすれ違った。


 そのダンジョンワーカーは男二人、女一人の3人組で、3人とも俺くらいの年齢だった。若いし1階層にいるわけだから俺と同じく新人なのだろう。と、思ったのだけど、彼らのリュックはパンパンに膨れて、いかにも重そうに歩いていた。リュックの中には戦利品が入っているはずなのであれだけあればかなりの稼ぎになるだろう。

 朝のこの時間でリュックがパンパンだったということは彼らは何時にダンジョンに入ったのだろうか? 泊りがけということはないだろうが、相当早い時間にダンジョンに入ったのか?


 その3人は通り過ぎながら俺を一瞥して笑ったような。俺のひしゃげたリュックを見れば戦果がないことは一目瞭然だしー。とはいうもののダンジョンに入ってまだ1時間くらいしか経っていないんだからそれほどおかしいわけではないと思うのだが?


 まあ笑われたことは仕方ない。それより1階層でも稼げることが分かった。ありがたい。


 そこから分岐は無視して道なりに20分ほど坑道を進んだら、坑道の床に少量ではあるが血溜りができていた。さっきの連中がここで狩りをしたということだろう。赤い血なので大ネズミか大ウサギのいずれかだ。


 依然としてモンスターと遭遇しない。モンスターを呼び寄せる良い手はないものか? とは言っても波になってこられたら困るんだけどな。


 初日モンスターに遭遇しないままで終わってしまうのか?

 朝夕付いて10日で銀貨1枚=大銅貨20枚。1日当たり大銅貨2枚。それに昼食代として最低でも大銅貨1枚。それにランタンの油代などがかかってくる。


 つまり1日当たり大銅貨3枚は稼がないと赤字だ。欲を言えば大銅貨4枚欲しい。


 図鑑によると大ウサギの買い取り価格は銀貨1枚+大銅貨3枚から10枚。大ネズミだと小銀貨1枚+大銅貨1枚から5枚。

 大ムカデとなるとグッと価格が上がって銀貨2枚から銀貨3枚。大グモは小銀貨1枚から銀貨1枚。いずれも毒腺が無傷である前提だ。

 そう考えると、1日1回、午前中5時間、午後から4時間。合わせて9時間の間に何でもいいからエンカウントすれば黒字だ。何となくチョロイような気もし始めた。

 

 頭の中で金勘定をしながら歩いていたら喉が渇いてきたので立ち止まり、リュックを下ろして中から水袋を取り出して一口飲んだ。いつも変わらず生温い水だが背に腹は代えられない。冷たいコーラが飲みたいなー。



 ヨルマン辺境伯領では日本同様ほとんどの井戸水は沸かさないでも飲めるのだが、ヨーネフリッツ王国本国では逆に沸かさなければ飲めない水ばかりなのだそうだ。

 そのため、飲み水もちゃんと売られているそうでそれなりに物入りになる。



 休憩を終えてさらにそこから30分ほど地図を見ながら進んでいたら、何かが近づいてくる気配がした。俺は急いでランタンを坑道の床に置き、地図を胸当てと下に着込んだ胴着の間に入れて剣を引き抜いて構えた。

 剣を構えて目を凝らしたら、前方から赤い点が2つ近づいてきているのが見えた。大ウサギか大ネズミだ。


 すぐに相手が視界に入ってきた。大ウサギだった。

 図書室の図鑑の絵に描いてあったように額がぷっくりと飛び出ている、そいつがいきなり走り出し目の前で俺に向かってジャンプした。


 翼が生えていない大ウサギでは空中にいる以上方向転換はできないのだが、飛び出した額に剣を叩き込んでしまうと剣が傷みそうな気がしてしまい、一瞬だけだが切りかかるタイミングが遅れてしまった。


 その一瞬だけで的を外した俺の剣は空を切り、大ウサギの頭突きを胸にもろに受けてしまった。

 その衝撃で俺はむき出しの岩でできた路面に仰向けに倒れてしまった。

 息ができない。マズいぞ。


 俺に頭突きをかませた大ウサギは一度後ろに下がって再度こっちに向かって突っ込んできた。

 立ち上がろうとしたものの力が入らない。

 こいつはヤバい。

 俺は上半身を起き上がらせただけで、再度突っ込んできた大ウサギに向かってとにかく剣を突き出した。

 俺の剣は大ウサギの顔をかすめ、そのおかげで大ウサギの額は右に反れた。

 おかげで大ウサギの額の直撃は防げたものの、右の二の腕に掠ってしまった。


 なんとか息はできるようになったのだが、今度は右腕に力が入らない。折れてはいないと思うがこれでは両手で剣を振れない。

 さっきより状況は悪化したか?


 大ウサギはまたも後方に下がりそしてまた俺に向かって突っ込んできた。今度どこかを痛めたら最悪剣を持てなくなってしまう。


 大ウサギが迫る中、何とか起き上がった俺は剣を構えたものの右手は柄に添えているだけだ。これでは思い切り剣を振ることはできない。出来ることは突くことくらいだ。

 もう目の前に迫ってきていた大ウサギはまた俺の胸目がけてジャンプした。

 大ウサギの正面からでは、剣を突き付けて有効そうな面積は極端に小さい。

 俺はとっさに体を沈ませ、空中を移動中の大ウサギに対して斜め下から剣を突き上げた。


 俺の剣の切っ先は大ウサギの顎の下に突き刺さり、大ウサギが俺の頭上を通り過ぎたことでそのまま大ウサギの胸まで切り裂いてしまった。


 首から胸にかけて盛大に血を噴き出しながら路面に着地した大ウサギは、しばらくぴくぴくしていたがそのうち動かなくなった。


 フー。なんとか勝てた。


 今でも大ウサギの体を俺の剣が切り裂いた感覚は手の中に残っているが、初めて生き物らしい生き物を殺したことについての感慨はなかった。いままでうちで何度も動物の解体は近くで目にしているし、特に今回はピンチでアドレナリンが大量に分泌すされたのも大きいと思う。


 これからプロとしてダンジョンワーカーを続けていく以上、慣れなければならないし、おそらく慣れるだろう。ここでの大前提はダンジョンワーカーを続けていけるのか? ってとこだが。


 初めての実戦は思っていたのと全然違って大苦戦だった。

 ほぼ最弱モンスターの一画であろう大ウサギに対してここまで苦戦するとは思ってもみなかった。

 俺の剣術を筋がいいと父さんはほめてくれていたが、あれはただのリップサービスだったのか?

 うーん。

 俺の父さんがそんなことをするとは思えないが、事実として俺は全く強くなかった。結果オーライと言えば結果オーライなのだが、こんなことで果たしてやっていけるのだろうか?


 大げさに言えば既にサイは投げられ、ルビコン川を渡っている以上弱気は足を引っ張るだけだ。後ろ向きの考えは止めよう。


 何のチートもなくただ身内訓練だけの俺とすれば初めての実戦は上出来だった。と、前向きに考えるのだ。


 俺はそれだけで気を取り直してしまった。

 そう言う意味では俺はダンジョンワーカーに向いているのかもしれない。と、更に前向きに考えてしまった。


 ボロ布で血で汚れた剣を拭いて鞘に納めた俺は上がった息を整えて、胸を割いただけの大ウサギの血抜きをしようと後ろ足を持って引っ張り上げたのだが、死んだ大ウサギは思った以上に重かった。


 それでもなんとか坑道の壁に沿わせる形で大ウサギを逆立ちにしてナイフで首の付け根に切れ込みを入れてやったら、赤い血がゆっくりと流れ出てきた。


 ウサギの血で汚れたナイフもボロ布で拭いて鞘に戻し、今度は大ウサギの2本の後ろ足を持って引っ張り上げ、血が流れ出るのがおさまるまでそうやっていた。

 しばらくそうやってがまんしていたら腕がプルプル震えてきた。

 大ウサギの首からの血も止まったようなので、俺はリュックの中身を一度出してボロ布を大ウサギの上に広げ、大ウサギの上からリュックをかぶせてリュックをひっくり返した。最後に取り出していた荷物を大ウサギの上に置きリュックの紐を締めておいた。


 これで一通りダンジョンワーカーの仕事をこなしたことになる。いや、まだ荷物を持って帰るという仕事が残っている。


 リュックを背負ったら見た目通りずっしり重かった。何キロあるんだろう? 体感的には20キロは越えている。


 あと一回モンスターに遭遇してたおしたら撤収だな。相手が大ウサギならリュックは50キロ超えてしまいそうだけど、担ぎ上げて背負えるんだろうか? 結局はなるようになるんだろうけど。


 坑道の床に置いたランタンを拾い上げて懐から地図を取り出し、俺は奥に向かって坑道を進んでいった。



付録:

 通貨

 金貨(フリッツ金貨)=2小金貨=2000小銅貨≒10万円

 小金貨=10銀貨=1000小銅貨≒5万円

 銀貨(フリッツ銀貨)=2小銀貨=100小銅貨≒5000円

 小銀貨=10大銅貨=50小銅貨≒2500円

 大銅貨=5小銅貨≒250円

 銅貨(小銅貨)≒50円。

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