第11話 初めてのダンジョン


 剣とナイフを剣帯ごと外した俺は夕食を摂るために部屋を出て1階に下りて行きギルドのホールと境目のない食堂に入って行った。

 ざっと見たところ4人掛けのテーブルは何個か空いていたが、一人で占拠するのは気が引けたので、8人掛けのテーブルの端に見るからにベテランの男4人組が陣取って飲み食いしている反対側の空いた端に座って店の人が注文を取りに来るのを待った。


 それほど待つことなく黒いエプロンをした給仕のおじさんが注文を取りに来たので部屋のカギを見せた。

「新入りだな?」

「はい。今日会員になりました。よろしくお願いします」

 こういった場所は体育会的なノリの方がいいと思った俺は元気に答えた。

「飲み物はどうする?」

「薄めたブドウ酒を1杯お願いします」

「薄めたブドウ酒は大銅貨1枚だ」

 お酒の代金大銅貨1枚をその場で渡した。お酒は値段的には高いわけでも安いわけでもなかった。


 給仕のおじさんが戻って行きすぐに定食とジョッキを運んできてくれた。

 お酒について高いわけでも安いわけでもなかったと先ほど思ったのは訂正しよう。

 給仕のおじさんが持ってきたジョッキは、普通のジョッキの1.5倍くらいあった。周りを見たらみんなその大きさのジョッキだ。最初この食堂兼酒場を見た時感じた違和感の正体がやっと分かった。


 俺は定食を食べながら、テーブルの反対側で飲み食いしている4人組の話を聞くともなしに聞いていた。


「……。こんど新しく開店した娼館評判良いらしいぞ」

「ほう。詳しく」

「少々お高いそうだが、女の子の質が他店を圧倒しているとのうわさだ」

「お前はまだいって***いないのか?」

「まだだ。そう言うお前はいったことあるのかよ」

「俺もまだだ。明日は休みにする予定だから飯を食ったら繰り出してみないか?」

「ほう。明るいうちから悪所に繰り出すのも悪くないな。

 それじゃあ飲み食いはほどほどにな」

「「おう」」


 俺は店の名まえとか、所在地とかもう少し詳しく聞きたかったが、その話題はそこで終わってしまった。

 実に残念だ。そういったお店はそれラシイ場所に集まっているものなので店の場所は俺の勘で簡単に見つけられるはずだが、店の名まえは知りたかった。


 とはいうものの俺は今現在莫大な借金を抱えている身。

 少なくとも父さんから借りた金を返すまではおあずけだ。それまで何カ月かかるか、いや何年もかかるかも知れないが、俺の頑張り次第でその時間は短くできる。俄然やる気が出てきたぞ。


 大体俺くらいの年齢の男子の行動の原動力はほぼ100パーセント、リピドーだという自説が図らずも裏付けられる形となったようだ。

 ただ、玄人で満足していると素人童貞の最長不倒距離が伸びてしまうのでその辺りは心しておかなければならない。


 4人組は文字通りあっという間に飲食を終えて席を立った。彼らは熱いパトスに突き動かされていたに違いない。見た目はベテランだったが実際はまだ元気いっぱいの若人わこうどだったのかもしれない。どうでもいいけど。まかり間違えるというか、確かめようはないが、そのうち彼らと兄弟の契りを結ぶ可能性もあると考えると何か運命のようなものを感じてしまった。



 男4人組が去った後テーブルが片付けられたら今度は女性4人組がその席に座った。

 4人とも年のころは30前後。大柄な女性が一人と普通くらいの女性が二人、そして小柄な女性が一人だった。

 話を聞いているとその小柄な女性がリーダーらしい。


 すぐに給仕のおじさんがやってきて彼女たちの注文を聞き、しばらくして料理と飲み物が運ばれてきた。

「「カンパーイ!」」

 4人とも無口なのかそれほど会話は弾んでいなかったのだが乾杯の後は飲み食いをしながら普通におしゃべりが弾んできた。先ほどの4人組とは違い彼女たちの会話は仕事、ダンジョンについてのものだった。

 何か参考になるかもしれないと思って残っていたジョッキの中身を飲みながら彼女たちの会話を聞いていたのだが、10階層辺りの話のようで、1階層が主戦場になるはずの俺にはあまり意味がないようだった。

 ジョッキが空になったところで俺も席を立って部屋に戻った。


 部屋に戻ってもまだ明るい時間帯だったので、俺は鉛筆の芯型筆と紙を持って2階に下りていき、1階層の地図を写し始めた。

 絵心など何もない俺なのでかなり手こずったが、部屋が暗くなってしまうまでに大まかなところは写し終えていた。明日の朝仕上げをして、それからダンジョンに入るとしよう。



 部屋に戻った俺は服を脱いで下着姿になってベッドに入って目を閉じたら、やはり疲れていたようでそのまま眠ってしまった。



 翌朝。


 街の鐘が2度鳴ったのを聞いてすっかり目が覚めた。朝の4時だ。外はだいぶ明るくなっている。

 俺は桶とタオルと空にしていた水袋を持って下に下りていき、井戸のあるギルドの裏に回った。

 すでに数人の若いダンジョンワーカーたちが顔を洗ったりしていた。

 新入りの俺は一応「おはようございます」と大きな声であいさつしたのだが、彼らは俺をチラ見しただけで誰も「おはよう」とは言ってくれなかった。

 ここはそういう社会のようだ。心しておこう。


 井戸から水を汲んで桶に入れ、水袋に水を一杯にしてから俺も顔を洗って歯をゆすいでおいた。

 持ってきたタオルは昨日使ったタオルなので、顔を拭いたあとは桶の中で水洗いして良く絞ってから部屋に戻っていった。


 だいぶ明るくなってきたので、俺は昨日の続きをしようと写しかけの紙と筆、それに鞘に入ったナイフを持って図書室に下りて行った。

 ちなみに筆は窓の外で削っているので削りカスは下の地面に落ちて行っている。炭が主成分のハズなので少々見た目は悪いが環境負荷は高くないと思う。そういった考え方自体が環境汚染につながるんだろーなー。知らんけど。



 1時間ほどかけて1階層の地図を完成させた俺は部屋に戻って、初めてのダンジョンへの進入準備を始めた。

 まずリュックの中から荷物を全部取り出してタンスに入るものはタンスに入れておいた。

 空になったリュックに、うちから紙袋に入れて持ってきてまだ残っていた干し肉と固くなってしまったパンを全部入れた後、水袋とタオル、それにボロ布を数枚入れた。

 先ほど写し終えた地図は縦長に折りたたんでリュックのポケットに入れ、ランタンに油瓶から油を入れてリュックの脇に下げ、油瓶と火打石と打ちがねは空いていたリュックのポケットに入れた。

 これで準備オーケーのハズ。数回ダンジョンで活動していれば足りないものもそれなりに出てくるだろうがその都度対応していけばいいだろう。


 しばらく椅子に座って時間調整をした俺は、街の鐘が3度鳴って6時を知らせたところで部屋を出て1階の食堂に向かった。



 階段には新人っぽい連中が数人いて、みんな階段を下りていき食堂に向かった。

 まだ食堂には客はおらず、彼らは数人ずつのグループに分かれて席に着いていった。


 俺はもちろん一人でテーブルの端の席に着いた。

 席に着いたら何も言っていないし部屋のカギも見せてはいなかったがすぐに給仕のおっさんがやってきて定食を置いていった。


 あまりおいしくはなかったが量だけは多い朝食を食べ終え、部屋に戻った俺は防具を着込み、武器を装備した。行くぞ!


 再度1階のホールに下りてきた俺は他のダンジョンワーカーたちのあとに続いてダンジョンの出入り口の黒い渦に向かって歩いて行った。

 みんな当たり前のように渦の中に消えていき、一仕事終えたダンジョンワーカーたちが満杯のリュックを背負って渦の中から出てくる。


 俺も意を決して渦の中に足を踏み入れそのまま通り抜けた。

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