第3話


【今日時間ある?】


午後から雪の予報だった。

都内は、ちょっとの雪でも大打撃を受ける。

計画運休とやらで、交通機関が混乱するだろうとニュースになっていた。

社外の予定は、全てリスケ。


【午後休みになった】


空気がツンとしている。

ホテルに向かう間に体は芯から冷え切っていた。


このホテルは浴室が広い。

アメニティが充実してる所もポイントが高い。

いかにもカップルがイチャつきそうな、ジャグジーのついた円形の浴槽は、ちょっとうざい。

熱めのシャワーで温まろうと思いながら、洋服を脱いで浴室の扉を開けると、


「え?」


湯気が立ち込めていた。


脱衣所の扉から顔を出して、ソファで携帯を眺めているアイツに声をかける。


「ねえ、お風呂溜めてたの?」

「うん」

「一緒に入る?」

「…」


追い焚き機能のないお風呂だから、私が上がる頃には温くなっちゃうかも。

さっさと入ってしまおう。


入浴剤は2種類あった。

泡風呂になるタイプの入浴剤か。

昔、この手の入浴剤を入れてジャグジーをつけたら、泡立ちすぎてとても悲惨だったのを思い出した。

普通の方にしよ。


軽くシャワーで体を流してからお湯に浸かる。

どうせならジャグジー使ってみるか。


ブクブクと音を立てながら、現れては消えていく泡沫を眺めていた。


パチン−


急に闇に包まれた。

照明が消え、視界が真っ暗。

停電?

いやでも、それならジャグジーも止まるはず。

操作パネルでジャグジーをオフにする。

パネルが反応するってことは停電ではなさそう。


ジャグジーの音が止み、シンと静まり返った浴室に、カチャンと扉が開く音が響いた。


まだ目が慣れない暗闇の中、アイツの気配が近づいてくるのが分かる。


まさか本当に一緒に入るのか。


初めて会った日からそうだった。

セックスの間も、アイツはマスクを外さない。


まさかお風呂にまでマスクはつけないだろう。

だからさっき誘ったのも、ただ言ってみただけ、というやつだ。


チャプンと音を立てながら、アイツの体の分、水位が上がった。


広い浴槽の中、私はアイツに背を向ける。

暗いから見える訳はないのだけれど、そちらを向くのはなんとなく気が引けた。


私が体勢を変えたことで足を伸ばすスペースが無くなり窮屈になった体を、アイツの腕がゆっくりと引き寄せる。


後ろから抱きつかれてバランスが取れなくなった私は、アイツに体を預けるしかなかった。


別に何を話すでもなく、先ほどまで氷のように冷たかった足先に、温かい血液が巡るのを感じていた。


アイツの手が、私の太ももをゆっくりと撫でる。

耳にかかる吐息。

暗いせいか、いつもより感覚が澄んでいる。

ピチャ、と音を立てながら、アイツの舌が耳を這う。


気持ちいい。


さっきから腰に硬いのが当たっている。


「しないの?」


「…ゴム、向こう。」


「そこ、座って。」


アイツの手を引いて、浴槽の淵に座らせる。

口内にゆっくり含むと、ピクッと反応するのが分かる。

熱い。

何度もセックスしたけれど、この人にフェラをするのは初めてだった。

フェラも相性ってあるのかもしれないな、と思った。


上顎に先端が擦れるとゾワっとした。

あんまり好きな行為じゃないけれど、苦しさに耐えるだけじゃないのは新しい発見だった。



精子は、やっぱり苦い。

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