第2話


「社長、本日の役員会議ですが−。」


この会社で働き始めて四年になる。

大きな会社なので割と忙しかったが、要領良く仕事が出来るようになって、それなりに周りから頼られていた。

担当業務で、機転を効かせたことが上から評価され、一度だけ社内誌に取り上げてもらったこともある。


順調だと思った矢先、私に異動命令が出た。

なんと社長室だった。



【明日、20時以降何時でも】


昨日、アイツから連絡が入った。

会食が終わるのは21時過ぎだ。

慣れない仕事でクタクタだったけれど。

まあ、明日は休みだし。


【22時なら】


懐石料理で、ほんの少し日本酒をいただいた。

とても気分が良い。

無事に会食が終わり、そのままタクシーで向かった。


アイツが先にチェックインしている。

部屋番号をフロントに伝える。

部屋に入ったらいつも通り、マスクをつけたアイツがいた。


「先にシャワー良い?」

「うん」


会食中、腰やら太ももやら、やたらと触ってくるやつがいた。

触られたところは念入りに擦って、洗い流した。

触って欲しいと思ってない時に、体を触られることは、とても不快だ。

バスローブを着てベッドに戻る。

何も言わずにアイツが浴室に向かう。


とても美味しいお酒だった。

あれはなんという名前だろう。

日本酒なのにワイングラスに注がれて、とてもいい香りがした。

いちいち値段の書いていないお店なので、きっと普段の私では頼むことのない代物なんだろう。

好きな香りだったな。

シャワーの流れる音を聞きながら、鼻腔で広がるあの香りを思い出そうと目を閉じた。



次に目を開けると、部屋は薄暗くなっていた。

隣でアイツが寝ている。


が、セックスした記憶がない。

記憶が無くなる程お酒は飲んでないから、どうやらそのまま寝落ちしたらしい。


時計どこだ。


「6時!」

「…ん」

「あ、ごめん…。」


寝返りを打ったアイツが、私に向かって腕を伸ばしてきた。


「ん…もうちょい…。」


すっぽり抱きしめられている。

私、抱き枕じゃないんですけど。



帰る間際、アイツは律儀に三万をテーブルの上に置いた。


「いいよ。」

「…。」


セックスすることで対価をもらってるのに。

ただ気持ちよく寝てしまった。

アイツは何も言わなかった。


怒ってたかな。

いや、それならお金置いてかないか。

セックスの対価じゃないとしたら、何だ。

抱き枕に三万の価値があるのだろうか。


人の価値観はよく分からない。


この三万どうしようか。

私にはもらう理由が無い。

お金にも別に執着はない。


もしこのまま置いていったら、掃除の人がパクるんだろうな。



アイツが置いていった三万。

その価値は、私には分からない。


でも。

アイツが見出した価値を、見ず知らずの人に盗られるのは、なんか嫌だなと思った。

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