息継ぎがしたいだけ

@kikka16

第1話


三万あれば、何ができるだろう。


シャボン玉みたいだ。

膨らんで、浮かんで、消える。


「先出るわ。」


シャワーから出て、元通り服を着ていると、後ろから声をかけられる。


先に身支度を終えた男が、コートを着て部屋から出ていく。

テーブルに置かれた三万が目に入った。



数年前からこういうことを始めた。

セックスの相手をして、三万円もらう。

そういうルール。

ホテル代は別。

相手はアプリで見つける。

一度きりの時もあるし、気が向けば数回会うこともある。


お金と体の関係。

それが私にはちょうどいい。

体を重ねることと、気持ちを通わせることは、全くの別物だ。


こっちに入ってくんな。


私に興味を向けた瞬間、連絡は断ち切った。



さっきまでセックスしていたアイツは、唯一、関係が続いている。

名前は知らない。

アプリの登録名は「H.T.」だった。

向こうも、私の名前を知らない。

私の登録名は「あいう えお」だった。

お互いに、情報開示する気ゼロだ。

会話らしい会話もしたことがない。

いつも業務連絡のみ。

私もアイツに興味が無いし、アイツも私に興味が無い。

だから続いている。



初めて会ったあの日は、ホテルの近くで待ち合わせをしていた。


【19時に着きます】


【了解です。服装教えてもらえますか?】


必ず会う前に、服装を聞き、遠くから確認するようにしていた。

もしヤバそう奴が来ていたら会わずに帰ることもあった。


【黒パンツ、白の半袖シャツ、金髪】


現在、18:57。


近くのコンビニで待機していた私は、店内から待ち合わせ場所を確認する。

すると、さっきまで誰も立っていなかった場所に、金髪で、黒いゆったりめのパンツと白い半袖のシャツの人が立っていた。

と思ったら、向こうから歩いてきた女が、その人の横に立つ。


なんだ、人違いか。


一瞬そう思ったが、しばらくすると女が離れていく。

19:03。

携帯を操作している。


【着きました】


やっぱりこの人か。

さっきのは、ナンパかな。


確かに人の目を惹くスタイルの良さだった。


「お待たせしました。」


「…いえ。行きましょうか。」


特に会話することもなく、近くのホテルへ向かった。

男が、部屋を選び、受付を済ませる。

エレベーターで4階へ運ばれ、右に進む男の後ろを追う。

フロントで受け取った鍵で、廊下の一番奥の扉を開けると、男は入らずそのまま待っててくれる。


「どうも。」


先に靴を脱いで部屋に入る。


煌々と点いている明かりは、少し雰囲気に馴染まない。


「暗くしてもいい?」


男が言う。


「はい。」


操作パネルはいくつかボタンがあり、どれがどこの照明だか分からない。

男がいろんなライトを点けたり消したりしているうちに、私はシャワールームを見つける。


「シャワー浴びてもいいですか。汗かいたので。」


「どうぞ。」



ラブホテルのルームウェアは、ダサくて好きじゃない。


バスタオルをそのまま巻き付けて出ていくと、部屋は薄暗く調整されていた。

入れ替わりで男が脱衣所へと向かう。


ベッドに腰掛けて部屋を見渡す。


ダブルベッド。

二人がけのソファ。

大理石風のテーブル。


危険な奴ではなさそうだった。

余計なこと喋らないし。


下手じゃないといいな。

ああいう男ほど何かあったりする。

変なプレイを強要してきたり。


物思いに耽っているうちに、男が目の前に立っていた。


「…マスク外さないんだ?」


「…うん。」


「あ、そ。」


まあ、詮索する必要もない。

やることやってお金さえもらえれば。



その日から、アイツとはたまに会うようになった。

結果、特に変な性癖はなかった。

一つ変わっていたのは、いつもマスクをつけていること。

セックスの間もずっと。

そのおかげで、キスしなくて済む。

それは私にとって楽なことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る