モブにも起伏の人生はあります。
「起きてよおおおお」
内臓が飛び散り、血生臭い寝室。二人がけのベットには先程まで一緒に寝ていた両親の無惨な姿。瞼に感じる、生暖かい感覚。両親の血で、黒く染った視界の中で僕は必死に叫ぶ。
「お、お父さん!お母さん!返事してよ! 」
何度も両親を摩り、呼んでも反応は返ってこない。僕の呼ぶ声は虚しく、閑静な夜空に飲み込まれる。
当たり前のことだ。目の前には魂の抜けた二つの骸なのだから。呼びかけに反応なんざ、返ってくるはずがない。
「オエッ……ヴェロ……ゴホッ」
時間差で胃から状況反射で消化しきってない晩飯が逆流する。辺りの光景と相まってより悲惨さを際立たせる。
幼い子供には骸となった両親の意味を瞬時には理解することができなかった。どうして切り裂かれた四肢、飛び出した臓器からどす黒い液体が出ているのか、どうして両親は言葉に反応してくれないのか。どうして、両親がどんどんと冷たくなっていくのか。
涙が、感情が現実に追いつかない。どうしたら両親は返事を返してくれるのか。
「うわっ……はぁっはぁっ」
冷や汗が額と背中に流れ、シャツが張り付き気持ちが悪い。
嫌な悪夢に無理やり目覚めさせられる。王都に来てから、この悪夢を見ることが多くなった。その当時の生々しい感覚は、何年経った今も鮮明に覚えている。
思い出したくない辛い記憶に蓋をしていたのに、夢によって蓋を強引に外されてしまう。
里親曰く、両親は危険な研究に関わっていたそうだ。研究成果を独占しようとしたほかの研究員に寝込みを襲われた。幸いにも僕は生き残ったが、その影響で僕はその日以前の記憶をショックで失ってしまった。
神様がいるのだとすれば、きっとそいつは人の心がないのだろう。あの日以前の記憶は消すくせに、あの日の出来事の記憶は今もまだ鮮明に思い出させる。
そもそも、こんなにも苦しい思いをさせる原因である両親を殺したやつには腸が煮えくり返る思いでいっぱいだ。僕がこの手で戒めてやりたい。だが、僕には両親を殺した悪魔のような奴を戒めることはできない。してはいけないのだ。
『復讐心を抱かないで。復讐心を抱いてしまえばあなたの心が壊れるわ。あなたは平凡に、幸せに暮らしなさい』
僕を引き取り育ててくれた二人の里親のこの言葉が、僕の復讐の衝動を抑えてくれている。
僕は二人に感謝している。こうして王都の学校への編入も許可してくれた。二人には頭が上がらない。
だから僕は二人の言いつけに従い平凡な人間、モブとして日々を過ごしている。秘めたものを隠しながら、モブAとして仮面を被り生活をしている。
「うわっ、びしょ濡れかよ……」
ベットには大量の汗が染み込んでいる。この悪夢は僕の想像以上に、精神的にも体力を消費していることを実感する。
――ピンポーン
玄関のベルが鳴る。誰だ祝日の朝早くに。僕の家を知っている人間には心当たりがない。
――ピンポーン
僕がベルに出るため服を着替えていると、もう一度ベルが鳴る。あと少しだからもう少し待ってくれ。
――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン
「はい!少し待ってください! 」
忙しなく、連続でベルが鳴り続ける。さすがに、せっかち過ぎないかと思い扉の方に駆け足で寄る。すると扉の向こうには、僕より背丈の低い影が映る。
「はい!……なんでここを知ってるの」
扉を開けるとそこに立っていたのは、制服姿の白髪に小麦色の肌に綺麗なバイオレット色の瞳をした笑顔の美少女。
僕はアインに家を教えた記憶はない。ハルトにだって伝えていないのに。
「私の地位をなんだと思ってるの。魔法学院、イチ生徒の家なんてすぐ分かるわよ」
「そんな自慢げに言わないでよ」
誇らげに胸を張るアイン。職権濫用ならぬ地位濫用ではないか。
「ムウ、何してるの。早くしないと遅刻するわよ」
「えっと……今日は休みでは?」
今日は祝日だったはずだ。学校には行かなくていいはずだが。するとアインは呆れた様子でため息混じりに休み気分である僕が今一番聞きたくない情報を口にする。
「今日は能力調査試験の日よ。それに、今日は祝日なんかでは無いわ」
「え……それはど……」
「早く支度しなさい! 」
「はい! 」
僕の言葉を遮りアインはお母さんのように言う彼女に、無意識に背筋を張る。活きの良い返事をアインに返し、身支度の準備に取り掛かった。
「ムウ、なぜあなたは顔にスライムを形成して顔を変えてるの?」
「最下層クラスのモブが次期魔王候補と歩いてたら僕が注目されるからね」
「それ私と歩きたくないってことにならないかしら?」
「そうかもしれないね」
「ムウ、あなた昔から変わらず失礼よね。こんなにも失礼なのはあなただけだわ」
大通りを二人、拳一つの距離で歩く。
男、とりわけ普段から異性と話す機会の少ないモブにとっては『あなただけ』という言葉は、胸を高鳴らせる。
「名前忘れたけど六年の国王候補の人の顔に変えよっか?」
「絶対に嫌よ」
間髪のないアインの答えに、ユーラスに申し訳ない気持ちになる。だが僕は心の中でガッツポーズを決め、勝ち誇る。へっ、モブに負けた第一国王候補さんよ。
「ところで、ムウ。なぜ魔力がゼロに近いのよ」
アインが話題を変える。
「僕は昔から魔力は皆無に近いよ」
僕には魔法を思いのままに操れていた記憶が無い。今の僕には初級も初級、幼児が習得するスライム形成などの基礎魔術しか使うことができない。
「そんなことないわ。昔は私に魔法を教えてくれたもの」
「そうなんだ。覚えていないんだよね」
「そうなのね。残念だわ」
アインの沈んだ表情に僕まで心が痛む。僕は話を変えるためにも、以前から気になっていたことを尋ねる。
「僕たちはいつ離れたの?」
「五歳頃かしら」
ちょうど僕が記憶を失う前だ。だから、僕はアインのことを忘れてしまっているのか。
「どうして?」
「田舎の学校へ転校するって言ってたわ」
なるほどな。仲良かったであろうアインも僕の両親の死については知らないみたいだ。完全に闇に葬られたと見るのが妥当だな。
「ムウ、どうして編入してきたの?」
前にも聞いたことのある問いかけをアインが口にする。僕はこの前は、はぐらかして答えなかった。アインも理由を知りたいようだし、カツアから助けてもらった借りもある。
「僕は魔法が全然使えないから魔法について学びたいから編入したんだよね」
表向きの理由だ。もっと他に僕にはなさなければならないことがある。この学院を根本から僕は変えてやる。そのためにわざわざここまできたのだ。
最下層クラスから頂点に上り詰める。両親が殺された僕には、たった一人二人の個人へなどの復讐には興味がない。
両親の死をあの日の夜空と同じように闇に消し去った、国家そのものに僕は復讐する。
国家自体を滅ぼすことが、僕の野望だ。
――キーンコーカーンコー、キーンコーンカーンコーン
いつの間にか学校に着いていた。朝礼の五分前の予鈴がなり、僕たちの足取りは早くなる。
「ムウ、今日の合同能力調査試験楽しみにしてるわ! 」
別れ際にニコッと屈託のない笑みを浮かべるアインと別れ僕は自分の教室へ向かった。
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