モブを舐めると痛い目遭います。
放課後足早に帰ったクラスメイトの椅子に見慣れないこの最下層のクラスには似つかわしくない姿があった。
「ねぇ、ムウ。どうして、この学校に編入してきたの?」
「色々とありまして……編入しました。それより、アイン様は三年生なのですね」
僕と違い緑色のネクタイの色をしている。昼休みの時は全然気づかなかった。
「ねえ」
アインは机に頬杖をつき、不機嫌そうに語気を強める僕の発言がなにか気に触ったのか。
「申し訳ございません。学年を聞くとは野暮なことですよね……」
飛び級制度がある以上、自分の学年に引け目を感じている可能性もある。
「違うわよ。昼休み言ったこと覚えてないの?」
僕は物事を覚えるのがあまり得意ではない。だが必死に昼休みにアインとの会話を思い出す。
「あ!呼び方と敬語だ……」
「そうよ。昔はあんなに一緒だったのに……あんな関係だったのに!なんで忘れてるのよ! 」
ちょっとその言い方を大きな声でするのは宜しくない。この子はわざとなのか無自覚なのか分からない。そして、僕自身に記憶がないから尚更、アインの言い草はタチが悪い。
「周りの視線が痛いんだけど……」
「私は全然そんなことないけど」
次期魔人族の長になり得る者が、最下層クラスのそれもクラスカースト最下位のモブAの教室に足を運び話している。そんな異様な光景にクラス中の生徒が僕たちに視線を集めている。居心地が悪い。
「アイン様は慣れてるから何も気にならないでしょ」
「…………」
「ごめんごめん、なんて呼べばいいの?」
アインの視線が怖い。でもいきなり呼び捨てなんて、モブの僕にはできない。せめてなんて呼んで欲しいかは教えてもらいたいものだ。
「好きなように呼べばいいわ」
「それが一番困るんだけど……」
僕を試すような顔で見てくるアインに僕は苦笑の浮かべる。
アイン……そういえば僕はアインのフルネームを知らないな。
「名前は?」
「は?」
モブの僕には女の子の不機嫌そうな「は?」は怖い。もう少し優しくして欲しいものだが、顔がいいから逆に刺さるところには刺さる。新しい趣味に目覚めそうだ。
「アインってのは知ってるんだけど、フルネームを知らないなって……」
「そう言うことね。アイン・ミラ・ユズハよ」
響きの良い名前だなと思う。どう呼ぼうか頭を悩ましていると教室に響く一つの聞き覚えのある声が僕の思考を現実に引き戻した。
「おい!……チッ、なんで次期魔王様が落ちこぼれクラスにいるんだよお」
「なんでカツア、あなたはここにきたのよ。まさか昼間の鬱憤を下級生で晴らそうとしてるの?」
「っせぇな、お前は引っ込んでろよお。ちょっと昼間の四人さんよお、面貸せ」
上級生同士の言い合いにクラス中の生徒が俯き、自分は関わらないようにと言った感じで帰り支度を急ピッチで進め始める。
しかし僕たち四人は面倒ごとに巻き込まれ帰ることはできない。三人の様子を伺うと、くそっ、こんなことになるならさっさと帰ればよかったと言った表情だ。災難だなと思う。
だが待てよ、ハルト以外の二人よ。僕たちはお前らのせいで巻き込まれたんだ。しっかりと最後まで付き合えや、コラ。
僕たちは校舎から離れた人目の少ない、魔剣術場の裏に連れられた。
「なんでお前までついて来るんだあ?」
「絡まれるって知ってるのに、はいどうぞと行かせるわけないじゃない」
「正義感の強いやつだなあ。めんどくせぇ」
カツアはどんどん苛立ちを露わにしていく。
「お前はなぜ、魔人族のくせにこいつら人間を庇ってるんだあ?」
魔人族のアインは確かに敵対している人間を守る義理はない。いつか、四人の誰かが自分の首に刃を突き立てるかもしれないのだから。
「私は今、地位や種族関係なしにこの場所にいるわ」
「あ?お前は今、この学院で起きたトラブルは次期魔王という地位には頼らないってことか?」
「ええ、そうよ。地位には頼らないわ。カツア、どうしてこの学院ができたか知ってる?」
「知らねぇし、興味すらねぇなあ」
この学院は対立し合う魔人族と人間族が在籍する王都唯一の学院だ。
「互いの種族間での確執をなくすためにこの学院はできたの。だから私はその確執を魔王になった時に無くせるように努力しているつもりよ」
「興味ねぇのに自語り始めんじゃねぇよおお」
――ドンッ
アインが壁に打ち付けられる。そのわけがわからない状況にその場の四人が唖然とする。目の前には口から血を吐く次期魔王候補。一瞬のこと過ぎて恐らく何があったのかわからないだろう。しかし僕にはものすごい剣幕で殴りかかるカツアの姿が見えた。
「どうしたんだあ?次期魔王様よお?庶民の一撃を族の頭に立つものが避けれなかったとは言わねぇよなあ?」
「庶民の一撃を正面から受け止めるのも上に立つ者の役目よ」
「チッ、お前もう黙れよ。半殺しで済ませてやるよお」
アインの言った学院でのトラブルは地位には頼らないという免罪符を得たカツアの暴力はどんどん悪化していく。一方的に殴られるアイン。しかし三人は誰一人怯んで一言が出ない。
「もうやめてくださいよ!一方的に殴るなんて、だ、ダサいですよ!」
勇気を振り絞った一言。見てられなかった。僕たちを助けてくれた一人の女の子が屈強な男に一方的に痛ぶられている光景をもうこれ以上見たくなかった。
「あぁ?」
カツアの注目がアインから僕に移る。こちらにゆっくりと近づき。
「ゔぇっ……」
みぞおちに鈍い痛みが走り、呼吸が浅くなる。そのままカツアは僕の胸ぐらをつかみ持ち上げる。
「……くっっ」
「お前よお、昼間っから調子乗ってんのか知らねぇけどよお。いちいち反抗しやがってよお、お前は本気でぶっ殺してやろぉか?」
「……めてっくぅださぁぃ」
襟が首につっかえて息ができない。言い返すことが出来ない。
「あぁ?聞こえねぇんだわぁ。そろそろ死ぬかぁ?」
呼吸がどんどん浅くなる。意識が朦朧としていく中で、最後の悪あがきにして僕の最終奥義。
「ぐわあああ……いってぇなあ、おい」
悶え苦しむ、屈強な男。立ち上がろうにも立ち上がることができない様子だ。
僕の奥義、金的。最小の消費体力にして最大の攻撃威力。油断しているカツアが悪いのだ。僕を持ち上げるということは、必然と僕の足の甲がカツアの急所と高さが同じになる。相手が男な以上、これを超える一撃で相手を戦闘不能にさせる攻撃は無い。超絶効率の良い攻撃である。
卑怯と思うのなら、卑怯だと罵ればいい。だが僕は喧嘩には卑怯もへったくれもないと思うのだ。しかもそれが女の子を一方的に殴りつける男なら尚更だ。
「早く、逃げよう! 」
「え……」
僕は戸惑うアインの腕を掴み、背中におぶりその場から急いで立ち去る。
「あんなことしたら、また明日にでも復讐しに来るわよ」
「大丈夫だよ。その時はまた同じことをするから」
「ふふっ、そうね」
僕の背中で彼女が笑う。さて、明日からどうしようものか。カツアからしたらやられたままはプライドが許さないだろうな。
カツアが僕の元へ現れたらまたその時に考えればいい。面倒ごとはその日の僕に任せよう。
「相変わらず頑丈ね。あんなに殴られたのに、傷一つないなんて」
「それはアインもでしょ。わざと避けなかったし、殴り返さなかった」
「そうね、種族の確執を無くそうと願う魔人族の私が人間を殴ってしまえば、願いは叶わなくなってしまうもの」
理不尽なものだなと思う。僕たちを助けるためにアインはカツアに下級生に集るのをやめるように言った。それに逆上したカツアに一方的に殴られる。しかし、アインは地位から殴り返すわけにはいかず、一方的に耐えなければならなかった。理不尽な世の中だとも思いつつ、彼女の心の強さに感嘆する。
「たいしたものだよ……」
「え?なんか言った?」
「なんでもないよ」
どうやら僕は考えを口に出してしまっていたらしい。
その日、次期魔王候補のアインに彼氏と思われる人物ができたという噂がたった。しかもそれが年下の生徒であり、背中におぶられていたそうだ。だが、誰一人その噂の彼をの顔を覚えていなかったそうだ。
今日の収穫:アインの彼氏になった(噂)
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