モブは上級生に絡まれるのが仕事です。


 「ムウ殿。どうして拙者の家に居るでござるか?」


 「ん、いや僕の家まだないんだよね」


 今日はどこか宿でも借りて宿泊をする予定だった。しかし、ハルトが一人暮らしということもあり、半ば無理やりハルトの家に泊まらせてもらうことにした。


 「今日は、毎週の楽しみにしている拙者の最推しヘリンちゃんの活躍間違いなしの回でござるのに……」


 テレビを占領する僕の横で、両手を地面に着け嘆くハルト。


 ハルトの言うヘリンちゃんとは異世界美少女学園異能バトルアニメのヒロインのことだろう。


 「あと、五分後でしょ。ちょっと情報を集めさせてくれ」


 そう言って、僕はテレビを付け報道番組で王都の情報を集める。僕はこの土地に来たばかりで全然何も分かっていないことをユーラスとの会話で気づいた。


 「そういうことならい……」


 「この美少女見たことある気がするんだけど誰なの?」


 ハルトの言葉を遮って、テレビに映った美少女について尋ねる。白髪に小麦色の肌、その美少女の瞳は綺麗なバイオレット色の僕の好みドタイプの美少女。


 「ほんとに何も知らないんでござるね。この人は魔王の娘にして、次期魔王候補のアイン様でござるよ。今はトルシア王国と対立しておるでござる」


 「めちゃくちゃ綺麗だね」


 「本当に綺麗でござる。アニメの中の人と言われても信じれるでござるよ」


 まさに男子高生のような会話をモブ二人がする。


 「へー、アイン様ね。どこかで聞いたことあるような気がするんだよな……」


 大抵、忘れているような気がするものは思い出そうとすればするほどに思い出せない。


 「ヘリンちゃん!いけ!いけ!リグレクトブロー」


 いつの間にかチャンネルを変えていたハルトはヘリンちゃんのパンチに合わせて、拳を勢いよく突き出す。


 ハルトは僕が想像していたよりも、オタクチックなモブだ。


 「ムウ殿、拙者、ヘリンちゃんを生涯かけて幸せにしてみせるでござる!」





 ――キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴り、待ちわびた昼休憩だ。腹の虫もなってきたし、丁度良い。


 「食堂行こーっと」


 「お、ムウ殿どこへ行くでござるか?」


 僕が教室を出ようと扉を開けると、トイレにでも行っていたのかハルトが扉の前に立っていた。


 「お腹空いたから昼飯食べに」


 「拙者もお供するでござる! 」


 僕の初魔法学院の食堂はモブBと食べることになった。

 


 「人多いな……」


 「いつもこんなもんでござるよ」


 面と食らった。僕の目の前には数種類の飲食店が並んでおり、どこでも好きなところを選択できる。


 「いつもこんなに並んでるの?」


 「今日は少ない方でござるな。今日から五、六年生が野外魔術合宿に行っておる故に、少ないのでござる」


 僕の目の前には全ての飲食店にできている長蛇の列。普段はこれ以上って。


 「正直、拙者たち最下層クラスが食堂に来るのはおすすめしないでござる」


 「どうして?」


 「ほら、あそこを見るでござる」


 そう言ってハルトは指さした場所に僕は視線を向ける。すると目線の先には上級生に絡まれる僕たちと同じクラスメイトがいた。


 どうやら、クラスメイトがクラスカースト最下位の僕たちの視線に気づきこちらに指を指す。僕たち二人は、上級生たちに手招きされる。


 「来いって、ことだよね?」


 「面倒臭いことに巻き込まれたでござるな……」


 どうせこの場から逃げても、クラスにまで来られるだけだ。大人しく従おう。


 「なぁ、君達二人さ、金貸してくんねぇかなあ?こいつらもってねえんだってよ」


 屈強な体格の男はどうやら、カツアゲを人目を憚らずにしていたようだ。ネクタイの色からみて恐らく三年生。その矛先がクラスメイトから僕たち二人に移ったようだ。


 「せ、拙者、僕はいいですよ。何円必要なんですか?」


 怖気づいたハルトが財布をポケットから取り出す。


 「お、いいねぇ、これ全部貰ってやるよ」


 ハルトはその財布ごと取られる。ハルトは気持ちを全力で隠し、下手くそなつくり笑顔になる。


 お前はそれでいいのか?歯向かえよと思うが口には出さない。


 「で、君は金貸してくんねぇのかなあ?」


 当然、僕に標準が定まる。


 なぜ、僕がこいつらに金を上げないといけないんだ。なぜ、金をドブ野郎の胃に捨てなきゃならない。馬鹿馬鹿しい。


 「ど、どうしてぼ、僕があなたたちにお金を上げないといけないのですか」


 「あぁ?」


 屈強な男は眉間にシワを寄せ、僕を見下したと思った次の瞬間には重く鈍い一撃が僕の左頬に走った。


 ――バタァン


 壁に打ち付けられた音が、空間に響き視線が僕たちに集まるが皆、他人事で見て見ぬふりだ。次第に目線を誰一人寄越さなくなる。


 「おい、もう一度聞く。金貸してくんねぇかなあ?」


 殴られた影響か、この上級生が先程より大きく見えた。

 

 お金をたかられて、殴られる。


 こ、このやりとり、最高にモブではないか!


 「このあ……」


 「やめなさい! 」


 低く綺麗な女性の声が僕の言葉を遮る。その声の聞こえる方向にその場の全員の視線が集まる。


 「どうしたんだよぉ、アインお嬢様よぉー」


 「今までの行動を見過ごせない」


 「あ?」


 語気が強くなる。次期魔王候補に向かって、一切物怖じしない上級生。


 「言葉遣いを慎みなさい! 」


 アインの後ろに仕える、女性が上級生に向かって口にする。しかし、上級生の態度は変わることがない。


 「あ?どうしてだよ。俺は人間だあ。魔人族の王なんぞ俺にはこれっぽっちも関係ねぇな」


 「そうね、私は人間族にも魔人族にも偉い顔をするつもりはない。ところであなたの名前は?」


 「なぜあんたに名乗らなきゃ行けねぇんだよ」


 「私だけ知られてるのってフェアじゃないでしょ」


 「まあそうだな、カツア・ゲートだ。次期魔王様に覚えてもらえるなんざ光栄だなあ」


 どうやらカツアゲ上級生の名前は覚えやすそうだ。


 二人の会話の横で僕はハルトの耳元で尋ねる。


 「……なぁナカニシ」


 「ナカムラでござる。……今そんなこと言ってる場合じゃないでござるよ」


 「あの次期魔王候補の美少女の名前を忘れた」


 昨日に名前をテレビを通して聞いたはずなのに、ど忘れしてしまった。こう言う時は、無理に思い出そうとしても意味がない。


 ハルトは呆れた表情でため息を吐く。


 「アイン様でござるよ」


 そうそう、アイン様だ。ハルトに感謝しつつ、目の前の二人の会話に集中を戻す。


 「カツア、その方から恐喝して奪ったお金を返しなさい」


 「チッ、どこから見てたんだよ。白けた」


 そう言ってカツアはポケットに仕舞った物をポイっとハルトに投げ渡し、不機嫌そうに両手ポケットに腕を突っ込みどこかへ立ち去った。


 「はぁ、もう一気に疲れた」


 「ご苦労様です。このあとはどうなされますか?」


 アインと仕いの二人が話しているとアインの視線がこちらに向く。


 「あなた達、大丈夫だった?」


 「だ、大丈夫でござる」


 「アイン様。僕、本当に助かりました」


 僕らに倣い、他二人も続けてお礼を言う。


 屈強な男に絡まれ、殴られて主要人物に助けられる。そして助けてくれたことに感謝をするモブを完璧に演じられている。このまま、主要人物とはこれ以降関わることがなく、モブが一方的に助けてくれた人物を知っている構図がテンプレだ。


 どうだ僕はモブAとして殴られ、事の成り行きを見ていた周りの生徒に結果としてアインの凄さを分からせることができただろ!


 「そう、それなら……ムウ?」


 「へ?」


 気の抜けた声が出る。なぜ次期魔王候補であるアインが僕の名前を知っているのか。僕が異例の編入者だから、把握しているのか。


 「そうだよな。ムウだよな!私だ、私!覚えて……ないのか?」


 アインは僕の方へ距離を詰め寄り、僕の顔を覗く。再会に嬉しさと不安さを滲ませたような表情だった。


 「マテアス・ムウと申します。昨日アイン様をテレビで拝見致しました。いやー、実際に拝見した方がお綺麗ですね! 」


 アインに対する既視感はあるが、彼女との記憶はなに一つ僕に残っていない。


 「ねぇ、ムウ。だから私を覚えてるの?覚えていないの?」


 せっかく話の方向を変えたのに、話題の軌道修正をされた。


 「あはは…………覚えてません」


 苦笑を滲ませ早口にそう伝える。


 「そ、そうよね……随分昔のことだもの……」

 アインの悲しい表情に申し訳なさで胸を締めつけられる。


 「な、なら。ムウ……もう一度やり直さない?」


 アイン。超どタイプの女の子からの上目遣いでのセリフに心が跳ねる。


 やり直すってなんだよ。忘れている僕とどんな関係だったんだ。


 白いモヤはやはり、そう都合良くは晴れてくれない。


 (嘘ついて本当は覚えてますって言えよ。そんでもって、んふふな関係になっちゃえよ)


 そう僕の中のリトルデビルムウが耳元でそう囁く。


 最高ではないか!


 (嘘がバレたらどうするのさ。下手したら彼女のお父さんに殺されちゃうよ!やめた方がいいって)


 リトルデビルムウ。略してリトデビムゥの囁きに反するようにリトルエンジェル、略してリトエンムゥが囁く。


 たしかにその辺の人間に嘘をつくのとは訳が違う。冗談抜きで僕の首が飛びかねない。


 「ねぇ……無言になられたら不安なんですけど……」


 返答のない沈黙に耐えきれずアインがいじけたように先に口を開く。


 「ごめん。やっぱりアイン様のことを思い出せなくて……だからやり直すも何もないと思うんです」


 「……めて」


 僕はアインの小さく呟く声を聞き取れず、聞き返す。


 「やめて」


 「何をやめればいいんです?」


 彼女が嫌う行動の心当たりが何一つない。


 「その呼び方と言葉遣いやめて! 」


 そう言われても、相手は魔王の娘だ。魔王軍最高権力者の子供だ。タメ口で話せるわけがなかろう。


 「そうは言われても……」


 「今日、一緒に帰るわよ。授業終わったら教室に迎えに行くから」


 話を一方的に切り上げアインは足早に自分の教室に帰って行った。


 まるで嵐だった。上級生に絡まれ、お金を集られている僕たちを助けてくれたアイン。感謝を告げたら今度は僕のことを知っているような口ぶりで話し始めた。そうしたら次に出てきた言葉は 「もう一度やり直さない?」だと。本当に意味が分からない。


 他三人の様子を伺うため、顔をそちらに向けると案の定、彼らの顔にはハテナが浮かんでいた。


 君たちの気持ちはわかるよ。僕も状況がいまいち理解できていないからね。君たちは尚更だろう。


 「ムウ殿、昼ごはんは諦めるでござる」


 「昼飯抜きだな」


 時計を見ると次の授業まで十分を切っていた。今日はしょうがない、昼飯はなしだ。


 午後に行われた魔法座学の授業中に僕の腹の虫は泣き止むことがなかった。

 

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