第4話

「──面倒な事になっちまったぜぇ……」


 大島 おおしま たけるは寝起きだったのか、水色のパジャマ姿のままで黒いセミロングの髪に寝ぐせをつけ、自室にある壁に掛かった鏡の前に立っていた。


 目が悪い様で視界がぼやけて見える。俺はとりあえず勉強机の上にある黒縁眼鏡を掛けた。


「これでよし……」


 戦闘経験が浅いから、あの場でまともに判断が出来なかったからって。目印を探さずにテレポーテーションをしたのはマズかったか……見慣れない部屋の中だし、多分ここは俺達の住む世界とは違う所だ。


「参ったな……」


 自分がホープだった記憶と、大島 武の今までの記憶もちゃんとあるから、少しの間だけ生活していくには問題は無さそうな気がするが……どうも落ち着かない。


 それに……ここには魔素が存在しない様で、さっきから魔法を出そうとしても、出てこない。


「あ! そうだ、魔法石!!」


 俺は慌てて魔法石が近くにないか、辺りを見渡す。部屋にはゲームやアニメのフィギュアや漫画本、DVDがあるけど……机の上にもない。


「嘘だろ……」


 俺は上着のポケットに両手を突っ込み「──あった……良かった……」と、安堵する。


 でも本当にそうなのか、少し心配になって念のため右手のポケットに入っていた魔法石を取り出し、目で確認する事にした。


「──良かった……使った形跡は無さそうだ」


 ──でも考えたら、それ以前に魔法が使えないんだ。魔法石だって使えないだろ。


「あ~……もう! 頭が混乱する!」

「武? もう起きてるの? そろそろ学校に行く準備しないと遅刻するわよ~」


 俺が独り言を言っていると、一階の方から母親の声がする。俺はとりあえず「あ~、分かった」と返事をして──クローゼットの中にある制服の紺色をしたブレザーのポケットに魔法石をしまった。


 ※※※


 通学路を一人で歩いていると同じ高校に通う生徒達が、会話をしながら通り過ぎていく──。


 そういや、アリスはどうなったんだろ? テレポーテーションした時には手を繋いでいたから、同じ世界に居るとは思うけど……まぁ、考えても仕方ないか。


 俺が別人になっているんだ。アリスもきっと別人になっているに違いない。手がかりは何も無いし、近くに居たとしても、まず分からないだろう。


 ──自分の教室に着くと、直ぐに自分の席に向かう。リュックを下ろし、机についているフックに掛けると、自分の席に座った。考えながら歩いてきたせいか、ギリギリだった様で、そこでタイミングよくチャイムが鳴る。


 担任がショートホームルームを始めるが、いつもと様子が違い隣には女の子がいる。カラスのように艶々のショートヘアに整った顔立ちをしている女の子で、化粧は薄くボーイッシュな雰囲気のある女の子だ。どことなくアリスに似ている。


「──今日から皆さんと一緒に勉強することになるあおいさんです。葵さんは──」と、担任が葵さんの紹介を始める。


「では葵さん、自己紹介をして」

「はい。立川たちかわ葵です。先生の言う通り隣町の高校からこちらに来ました。宜しくお願い致します」


 葵さんは何も考えていなかったのか、それとも緊張して忘れてしまったのか分からないが、多くを語ることなく淡々と挨拶を済ませてお辞儀をする。


 クラスメイト達が拍手をしている中、担任は「じゃあ葵さん、席はあそこだから座って」と言って、俺の隣の席を指差した。


「はい」


 俺もある意味、転校生だからだろうか? 葵さんが近づいてくると、何だかドキドキしてしまう。


 注目して見ていたから葵さんと目と目が合ってしまい、気まずいながらも俺は軽く会釈をした。葵さんは……会釈を返すことなく、視線を逸らして、自分の席に座る。


 何だよ……まぁ、直ぐに関わらなくなるかもしれないから良いけど、感じ悪いな。


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