不正直者
カーテンの隙間から
日差しが差し込むのを感じる。
目を薄く薄く開く。
ふかふかのベッドに
寝転がっていたみたい。
修学旅行班の皆もいない。
そこは昨日見た夢の中のままのよう、
寝ぼけたままの目を擦る。
彼方「…。」
昨日は人の作ったご飯を食べて
人の入れてくれたお風呂に入って
そのまま眠ってしまった。
日常の負の側面、
思い出したくないあれこれ、考えが
よぎることなく眠りについたのは
いつぶりだったろう。
何年も手に入れることのできなかった日常を
噛み締めていた。
コウは何も気にしなくていいよと
言ってくれているみたいだった。
当の本人はすでに起きているのか
隣にはおらず、
大きなベッドを1人で占領していた。
今日ばかりは体が軽く感じた。
ベッドから抜け出し、伸びをする。
この日々が続けばいいと思った。
学校だの修学旅行だの
どうでもいいのかもしれない。
うちは幸せになってもいいのかも。
そうとすら思った。
けれど、うちがこの場所に留まってしまえば
大地はどうなるのだろう。
1人あの家で暮らし続けるのだろうか。
相応の機関に連絡が入り、
施設や別の場所で
クラスようになるのだろうか。
それともひっそりうちのことを待って
静かに息絶えるのだろうか。
彼方「…。」
そう思うと、うちは帰らなきゃ
ならないのかもしれないとも思う。
大地を守ると決めたのは自分だ。
ならば、彼が辛くない方向へと
導くのがうちの役目だ。
たとえ自分が辛くとも
守るためなら仕方がない。
しかし。
仕方がない、で捨てられる幸福か?
彼方「……コウ。」
捨てられない。
捨てたくない。
捨てられるはずがない。
欲しいものが手に入ったのに。
どれだけ金があろうと
手に入れられなかったものが
無償でひょんなことから手に入ったのだ。
だからだろう。
うちはいつだって捨てられる側なのは。
幸せなはずなのに
朝からどうしてこんなにも
不安にならなければならないのだろう。
自分の服の袖をきゅっと摘み、
寝室を後にする。
リビングには昨日の残り物を食べながら
テレビをぼうっと見ているアサヒと
スーツに袖を通しながら
慌ただしく準備しているコウがいた。
コウはうちに気づくと、
朝は機嫌が悪い人なのか
「そこにある名刺入れとって」と
冷淡な声で言った。
彼方「はい。」
コウ「ん。今日は帰り遅いから。」
彼方「何で?」
コウ「何でって前言ったろ、接待だよ。」
彼方「何時頃帰ってくるの。」
コウ「わからない。わかったら連絡する。」
彼方「取引先の人に」
コウ「連絡するから。とっととアサヒの準備手伝ってやれよ。さっきプリントがどうとかって机の上に出してたから。」
彼方「待って。」
そう言ったのにコウは
バタバタと洗面所に向かってしまった。
昨日とは別人のようで
不信感が募ってしまう。
昨日優しくしてくれたのは
一体何だったのか。
気分が良かっただけなのか。
こっちが通常の情緒なのか。
苛立ちは伝播するとはよく言ったもので、
うちもそれとなく
脳の奥がぴりぴりした。
プリントを見ると、
親のサインやら印鑑やらが
必要な書類だった。
昨日のコウとアサヒを見るに
休日だったに違いない。
何故今日になって出したのだ。
おまけに締切はちゃんと今日までになっている。
給食当番のエプロンを
当日の朝に出されるよりはマシだが、
これはこれでもっと早くに
見せることができたはずだろう。
彼方「アサヒ。大切な書類ならこんな朝に出さないで。」
アサヒ「はぁーい。」
彼方「分かってんの?」
アサヒ「はーい…。」
初めこそ気にしてなさそうに
返事をしていたけれど、
声の覇気をなくして尻すぼみになりながら
そう返事をしていた。
「ごちそうさまでしたー」と
ご飯を微妙に残して
お皿を下げることもなく
そのまま着替えに自室へ向かってゆく。
書類も書き終え
することがなくなったと同時に、
不意に吹き抜けの2階を眺める。
そう言えばコウもアサヒも
自分の部屋は1階にあるようだし、
やはり2階は使われていないらしい。
家族が多いのであれば
物置にしているのも納得がいく。
コウはと言えば
カバンの中身や手持ちの荷物を
何度も確認していた。
よっぽど重要な仕事なのだろう。
コウ「何上見てるんだ?」
彼方「え?2階何置いてたっけってだけ。」
コウ「ろくなもん置いてないだろ。」
彼方「じゃあ昼間片付けでも」
コウ「駄目だ。」
彼方「は?」
コウ「2階の部屋には行かないって話だろ。」
彼方「何で。」
コウ「そのことまで忘れたのか…?」
彼方「…いや、確認しただけ。」
コウ「疲れてるなら無理するなとは言ったけど、あまりに重症そうなら本当に病院に行った方がいいぞ。」
彼方「病気扱い?」
コウ「違う。心配してるだけだって。」
コウはため息をひとつついて、
うちの元まで来て両手で肩を掴んだ。
コウ「信じてくれ。忘れてるなら俺が帰ってきたらちゃんと2階のことはまた説明する。今は時間がないから無理だけど、待っててくれないか。」
彼方「…。」
コウ「頼む。」
彼方「分かった。」
コウ「ありがと。」
コウの真っ直ぐな目線に、
彼を信用したらうちのことも
信じてもらえると錯覚してしまい、
思わずそう答えていた。
そこまで言うのなら待つ。
死ぬほど気になっているわけじゃないのだし、
それだけで信用を
得られるのであれば安いもんだ。
コウは安心したのか
作ったような笑顔を浮かべると、
そのまま玄関に向かい靴を履いた。
コウ「じゃ。」
彼方「ちゃんと連絡してよね。そう言ったからね。」
コウ「言ったけど時間がなかったらわからない。」
彼方「嘘つき。」
コウ「悪いけどこっちは仕事なんだよ。出来ない時は出来ない。分かってくれ。」
彼方「…。」
コウ「とにかくもう行ってくるから。」
そう言って半ば強引に
家の扉を開き出ていってしまった。
少ししてアサヒが
コウを追うようにして家を出ていく。
ランドセルの蓋が閉じ切っていないのか
ガチャガチャ言わせながら出ていった。
彼方「…。」
突然がらんとしたこの家には
覚えしかなかった。
うちが不登校だった頃の昼間、
こんな感じだったなと思い出す。
日中のテレビを眺める間、
外では登校する学生の声や
散歩しているのだろう犬の吠え声がする。
日差しも暖かく
面白いテレビも流れているはずなのに
1人だけ置いてぼりにされるようで
いつまで経っても不安が拭えない。
1人でご飯を食べる。
追いついておいた方がいいかなと教科書を見る。
でも全くわからない。
ずっとずっと遅れをとっている。
追いつける気がしない。
皆日の元を歩いているのに、
うちだけ影から出てこれない。
歩く方法もわからない。
ただ日陰で眠って起きて
惰性で生きている。
1人。
置いていかれる。
学校のみんなにも、
金を落とした奴らも、
親すらも全員。
彼方「…っ。」
嫌なことが頭から離れなくなると
いつもむしゃくしゃして
自分を傷つけることばかり考える。
それも全て親のせいだ。
彼方「…あー……もう。」
頭を乱雑に引っ掻く。
このままこの家にいることも
選択肢としては大いにあるが、
もし帰らなきゃと思った時用に
この家の外のことを
把握しておいても不便はない。
何かをしていなきゃ
どうしても落ち着かなくて、
しばらく家で静かにコーヒーを流し込んだ後、
適当に着替えて外に出た。
昼を回っていて
日差しは上から降り注いでいた。
近所はうちの知っている街並みと
変わりなかった。
むしろ変わっている部分がわからなかった。
ただし、長いこと歩いていると、
不意に見えない壁のようなものに
ぶつかってしまった。
奥にも道は見えているのだが、
これより先に進むことができない。
もしかしたら半径うんメートル以上には
進めないようになっているのかもしれない。
学校に閉じ込められて
人狼ゲームをした時にも思ったが、
こう言うわけのわからないことは
こう言うものだと割り切るしかない。
それに対して疑問を持ったとしても
どうにもならないことがわかっている。
見えない壁を伝って
一周できるのか歩いてみたかったが、
近くの家々が邪魔で綺麗にたどることができず、
踵を返して今度は反対側へ向かった。
反対側も同様、
見えない壁があるようだった。
駅のある部分まで行くことができず、
思ったよりも小さい円の中で
過ごす他ないようだ。
歩き疲れて家に戻る。
無駄に時間ばかり過ぎていく。
3人分の食事なんて
どう用意したらいいかわからず、
これまで通り近くのコンビニで買って済ます。
財布の中はレシートでぐちゃぐちゃだった。
ゴミを捨てようとした時、
不意に朝にうちが捨てたものの
コーヒーの袋の下に
何か紙のようなものが入っているのが見えた。
不意に気になって、
汚れるのを承知で取り上げる。
すると、昨日のお昼に
アクセサリーを買っていたらしい
レシートが出てきた。
彼方「…?」
ピアスと書いてあることに気づく。
コウは耳を開けていなかったように思う。
仕事柄きっちりスーツを着ていたし、
ピアスを付けてもいいような職場では
なさそうだと推測する。
レシートの品番号っぽいものを
ネットに打って検索する。
すると、それだろうというピアスが
綺麗に出てきたわけではないが、
関連の情報として女性ものの
口紅やらバッグがずらりと並んだ。
彼方「……へぇ。」
こんなに警戒せず
このゴミ箱に捨てていたかが不思議ではある。
朝腹が立っていたようだし
その表紙に捨てたのか、
それともやましくないから捨てたのか。
まだこれだけで断定するのは
早いのかもしれない。
けれど、うちの中では
もしかしてそうなのではないか、と
段々と疑念が大きくなるばかり。
不倫してるんじゃないか、と
勘繰ってしまう。
彼方「問い詰めれば…いや。」
まだ早いのかも。
不倫なのであれば
証拠を集めた方がいいと言う。
こんな夢の中で
ここまで本気になる必要なんて
ないのかもしれない。
あぁ、本気になる必要なんてないだろう。
けど、裏切られないという出来事を
体験してみたかった。
信じて報われてみたかった。
信じてなんて散々言っていたが
本当はこれっぽっちも
信じられないんじゃないか。
信じたいはずなのに
猜疑心は止まることなく膨れ上がっていく。
そう言う時に限って
ネットのスキャンダルニュースに目が行く。
人は人が落ちているところを見ると
心配しているふりをする。
大多数は下がいて安心だ、と
思っているに違いない。
うちだったらそう思う。
うちより不幸なやつなど
いないだろうと思うと同時に、
不幸で可哀想、と
ほくそ笑んでいるのだ。
こんな性格の悪い人間なんて
誰からも好かれないに決まってる。
わかってる。
なら、信じて拾われて
後から捨てられ、
それを繰り返す人生を送るくらいなら
最初から得ないほうがいいと学んだ。
誰からも好かれない方がいい。
それが正解だ。
傷つかないための道標だ。
ネット記事を読み漁っていると、
いつの間にか昼を回ったらしく
アサヒがバタバタと帰ってきた。
「ただいまー!」と
元気のいい声が響く。
それどころじゃないうちにとって
この大声は耳に響くだけの
邪魔な音でしかなかった。
アサヒ「遊びに行ってくる!6時には帰るから!」
彼方「そう。」
アサヒ「充電器どこやったっけ。」
彼方「自分の部屋じゃないの?」
アサヒ「そうかも。」
彼方「アサヒ、聞きたいことがあるの。ちょっといい?」
アサヒ「なあに?」
彼方「昨日コウと…パパと遊びに行ってたでしょう?途中どこかお店に寄った?」
アサヒ「僕は入ってないけど…」
彼方「けど?」
アサヒ「あ、そうだ。途中で女の人と会ってて…。」
彼方「どういう流れでそうなったのか教えてくれる?」
アサヒ「えっと…。」
アサヒは朝までの
生意気そうな雰囲気とは打って変わって、
視線を泳がせて
まるで言葉を選ばなければ
死ぬような顔をしてやっと口を開いた。
アサヒ「公園で遊んでて、そしたらパパが用事があるから待っててって言ったの。」
彼方「それで?」
アサヒ「1人で何時間待つのかとかわからなかったからこっそり後ろついて行って。そしたらパパ、人と会ってたよ。」
彼方「その後アサヒはどうしたの。」
アサヒ「えっと、少しだけ見て、でも多分バレると良くないから…また公園まで走って戻って、リフティングの練習してたんだよ。」
彼方「…そう。その女性とパパは仲良さそうだった?」
アサヒ「多分!あ、でもパパは内緒って言ってたよ。」
彼方「じゃあうちに話しちゃダメでしょ。」
アサヒ「でも…家族なら隠し事しないっていつもママは言ってるし…。」
彼方「そう。」
うちは前々からそう言っていたらしい。
いい教育をしている、と思うと同時に、
何か嫌な過去の影が通った気がした。
足を止めて話してくれたアサヒに近づき、
そっと抱きしめる。
その直前、アサヒはびく、と
怯えるようなそぶりを
見せたような気がしたが、
見ないふりをした。
彼方「いい子。」
アサヒ「…!うん!じゃあ僕準備してすぐ出るね!」
彼方「走って怪我しないようにね。」
アサヒ「はーい!」
そう言ってアサヒは荷物を持ち
玄関から飛び出して行った。
アサヒは生意気な口を聞くときはあるが
言いつけをちゃんと守る偉い子のようで、
夕方になって時間通りに帰ってきた。
そして案の定コウからの連絡は一切なく、
日付を超える手前になって
ようやく彼が帰ってきた。
アサヒは既に眠っており、
時計の針の音ばかり耳に届く夜だった。
随分と酔っているようで、
頬が赤く気分がいいようだった。
相当飲んだか飲まされたのが良くわかる。
さぞ楽しかったことでしょうね、と
内心言葉が漏れる。
コウ「ただいまー。」
彼方「…。」
コウ「おう、かなちゃんまだ起きてたんだ。」
彼方「眠れなくって。」
コウ「まだ心配事あるの?」
彼方「今朝言ったでしょ。2階の話もするって。」
コウ「え?へへ、そんな話したっけな。」
彼方「したよ。うちは覚えてる。」
コウ「いやもう今日は遅いし明日もあるからさ、また今度でいいだろ。」
彼方「それはそっちの都合でしょ。」
コウ「俺が稼いできてるんだからちょっとくらいは譲歩してくれよ。」
彼方「あそ。」
荷物をリビングのソファ横に乱雑に投げ、
スーツもネクタイも取り
どか、と周りを一切
気にしないと言わんばかりに
ソファに寝転がり占領した。
スマホを開くも眩しいのか
目を細めながら画面を見ている。
しばらく会話もなしに
意味もなくキッチンに立って
どう聞くか悩みながら眺めていると、
頭をかきながら
お手洗いへと向かって行った。
こんなに愚かなことがあるだろうか、
スマホの画面を落とすこともなく
机に置きっぱなしにしていた。
彼方「…。」
これは不可解の一片。
なのであればこれも仕組まれたことなのだろう。
あまりにわざとらしい動きが故
そう思っていたいと強く願う。
じゃなければ、うちはコウにとって
これくらい気を抜いていたって気づかない
馬鹿な女としてしか
見られていないということになる。
既婚であるという自分のステータスのために
使われているようになるじゃないか。
うちの心も人生も
お前の飾りじゃない。
脳の奥で言葉があれこれ浮かぶも、
溢れすぎてしまって
口をきゅっと結ぶ。
そして彼のスマホを手に取り、
連絡先を確認した。
LINEの履歴の上部には
怪しげな会話のログはない。
しかし、非表示や
削除しているのなら話は別だ。
写真にもそれらしきものはない。
そこで、写真を共有ボタンを押した。
共有部分には、直近で
連絡をとっている人の名前が出る。
いくら非表示や削除をしていたとしても
ここで名前があがれば黒だ。
彼方「…。」
どうかお願い。
昨日見せた優しさは
うちに向けたものであって。
震えそうな指を
画面に強く這わせた。
すると。
彼方「…っ!」
知らない女の名前がそこに書いてあった。
アヤミ、というらしい。
もしも、だ。
もしもレシートのピアスを買ったとして、
それがプレゼントようだったとする。
プレゼントのアドバイスのために
女性と出会って買い物に行ったとする。
でも、それならばわざわざ
履歴を消すにまで至らないだろう。
むしろ、履歴を残していた方が
信用を勝ち取れる。
が、消しているのだ。
見られたくなかった。
隠したかった。
バレたくなかった。
その心が透ける。
なら、もう。
静かに写真を撮っておく。
昼間に撮っておいたレシートと並んだ。
電子決済まで見れば
もっとわかるかもしれない。
そう思った時だった。
コウ「何見てんだよ。」
彼方「…っ!?」
あまりに必死になっていたらしい、
後ろから勢いよく
スマホをぶんどられた。
その勢いで後ろにあったソファに
崩れるように倒れてしまう。
それを心配する様子もなく、
酷く鋭い視線でうちのことを見下している。
彼方「誰?アヤミって。」
コウ「さあな。」
彼方「でも最近も連絡取り合ってたじゃん。」
コウ「は?勝手に見るんじゃねえよ。」
彼方「確認してみなよ、自分で。」
コウ「…。」
コウは焦ってスマホを見る。
ちゃんと消していたはずと
思っているからこそか、
余計焦っているように見えた。
そして履歴を確認して
はぁ、とため息を吐かれた。
コウ「連絡先から適当に言ったのか。」
彼方「いいや。でも共有からわかるの知らないの?」
コウ「…。」
彼方「アヤミって人と関係持ってるよね?履歴消したよね。」
コウ「お前な…」
彼方「トーク履歴消してまで隠したいことあるんだ?」
コウ「それは間違えただけだって。」
彼方「じゃあなんで最初にアヤミなんて人知りませんって態度とったの。」
コウ「安心させるために決まってんだろ。」
彼方「これでうちが安心できるとでも?不安になるだけに決まってんじゃん。」
ワイシャツの胸ぐら部分をがっ、と掴む。
コウが目を見開くのがわかった。
彼方「信じられるかよこんなやつ。」
コウ「…っ!ふざけんな。」
そう言って今度は
思いっきり肩を押された。
転ぶまでは行かなかったが、
机に足を強打してしまい、
びりびりと電流のような刺激が流れる。
コウ「こっちだっていっぱいいっぱいなんだよ。何にもしないお前の面倒も見て、アサヒのことも俺任せ、仕事もあって愚痴のひとつやふたつ他所で聞いてもらわなきゃもたないに決まってんだろ。」
今度はこっちが目を見開く番だった。
昨日あれだけ優しくしてくれたのに、
それは義務感からのものだったんだ。
優しくしてれば
こいつは大人しくしている。
餌をやれば黙る犬のように
扱われていたのだ。
金のかかるものを買えば
喜ぶと勘違いしていた
うちの母親と同じだ。
あんまりだろう。
夢くらい甘くあってくれ。
夢でも苦いものは見たくない。
どうして。
どうしてこんな思いばかり
しなきゃならないのか。
コウはめんどくさいと
言わんばかりに舌打ちをし、
荷物をまとめて自分の部屋へ
持って行ってしまった。
しばらく放心して
ソファに座っていると、
がたがたと奥から音がした。
何かと思ってみてみれば、
出張用らしい黒いキャリーケースを持って
玄関の方へと向かっていた。
慌ててその場を立つ。
けれど、そこから1歩が踏み出せなかった。
彼方「どこ行くの。こんな時間に。」
コウ「出るんだよ。今日は別の場所に泊まるから。」
彼方「どうして今から」
コウ「お前がこうしたんだろ。一緒にいれるか。」
彼方「うちのせいじゃない。」
間違ってない。
間違ったことなんて
ひとつも言っていないのに
うちはいつだって捨てられる側だ。
コウはそれ以上何もいうこともなく
目線を合わせることすらしないまま
家を出て行ってしまった。
また静かな家の中で
取り残される気持ちを味わった。
夜ばかりが拠り所になっていく。
また1人。
彼方「…。」
うちはやっぱり1人でいた方が
いいのかもしれない。
でも、この夢の中ではアサヒがいる。
アサヒの面倒を見なければ。
その使命感だけがうちをここに
縛り付けていた。
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