第13話
「冬宮でクリスマス会があって、チビ中心にプレゼント交換会するらしいから行ってくる」
「なんでもっと早く言わないの!」
ということで桃子は駄菓子の詰め合わせとちょっとしたクッキー缶を用意してやり、桜史郎に持たせて送り出したのが十二月十六日の土曜日。二十四日にやらないのはみんなが集まりやすい日程を選んだ結果だとか。
冬宮の面々は霊力を持ち、幽霊や怪異を見ることができる子供たちだ。だからというのでたまも連れていった。
「小こい子供は好きじゃ。たまにザコの獣霊とか使役してる将来が楽しみなのがいての。冬宮は悪いとこじゃが遊びに行くのは楽しい」
などという。土曜日の昼下がりに一人、考え込んでしまう桃子である。掃除機をかけながらつくづくここは不思議な土地だ、と思った。
母の父がこの土地に家を建てたのは、冬宮があったからだ。
具体的にははるか昔から冬宮の大きな屋敷があり、そこで子供たちが養育されていた。戦争が終わり、屋敷は施設に建て直された。
以来ずっと力ある子供たちがそこで育てられている。冬宮があるからこの土地はある程度守られている。身よりのない能力のある、どの一族にも嫁入り婿入りできる子供というのは貴重すぎるほど貴重だからだ。また、各地で陰陽師として自立した元子供たちは常に『故郷』に一定の敬意を払う。
だから穂宮のように突然敵に襲われて壊滅するなどということは、冬宮にはありえないのだった。
その土地の陰陽師一族が負けると、押さえつけられていたバケモノたちが一斉に好き放題しだすと聞く。だから人知れない立場とはいえ、陰陽師がいなくなるというのはその土地の普通の人々にとっても大事なのだと。
掃除が終わった。桃子はため息をついた。冬宮のこと、穂宮のこと、わからない、知らされていないたくさんのことを思う。
あんなになみなみと作ったはずのミネストローネはもう食べつくしていた。ともあれ、一週間を乗り切ったことを称えよう。
自室に戻ってちょっとだらだらした。桜史郎の部屋に運び込んだカラーボックスは活躍しているようだが、桃子の部屋のはこないだ断捨離したのでややスペースが開いている。また手芸でもはじめてみようかな。
はっと意識を取り戻すともう外は真っ暗だった。しまった。
下へ降りていくとリビングはもう明るい。桃子は目にかかる髪の毛を束ねつつ、
「桜史郎、帰ってるの? 寝てた。ごめん」
「別にいいよ。まだ寝てれば」
「おはようなのじゃー、桜史郎とたまが晩ご飯作るぞえ」
「えっ」
と見れば、桜史郎は桃子のエプロンをつけてキッチンに立ち、何やら真剣に手を動かしていた。たまもその横で踏み台変わりに漫画雑誌をまとめたのの上に立ち、しっぽをフリフリ振っている。
――いやな予感にざあっと血が下がった。
桃子がそうっと二人の肩越しに覗き込むと、まずドカンとでっかい豚バラ肉のパックが真ん中に鎮座している。どこのだ?……メインが家電量販店だけどなぜか一階で食品も扱ってる、あの店のラベルだ。この家からは歩いて二十分くらい、駅とは反対の田んぼの中に建っている。
で、手前のまな板とカッティングボードの上に整然と並ぶのはにんじんといんげん。にんじんはいんげんくらいの太さと長さに切られ、二人はそれといんげんを豚バラで巻いている作業中だった。ご丁寧に色がダブらないよう互い違いにしている。
壁にナナメに桜史郎のスマホが立てかけられ、豚バラ巻きのレシピが表示されていた。ご丁寧に有名な料理評論家の個人サイトである。
「……あああ」
と桃子はちらりと時計を見た。午後五時半。
「あ、ありがとう。おばちゃんも手伝うよ」
「いいってば。寝てなよ。疲れてたんだろ」
桜史郎はきらきらした目で桃子に笑った。
「今日は俺たちがやるからさ!」
断固として引かない構えだった。桃子は内心悲鳴を上げた。
(小麦粉を振って! 塩コショウした!? 特売でもなんでもないそんなデッカイお肉買ってきて残りはどうするの。そもそも手ェ洗ってからお肉触ってるこの子たち!?)
が、もし桃子が十五歳で、昼寝を寝過ごした家人のためにした行動にダメ出しされたら二度と同じことはしない。というかちょうどそのくらいの年に似たようなことがあった気もする。前世くらい昔の話すぎて忘れていたが、思い出したらむかむかするくらいにはしこりになった覚えがある。
「そっかあ。ありがとう。――ええと、じゃあ、お願いするわ……」
結局桃子は敗北し、これきつすぎんか? え、このくらいだろ。ウワ手がべたべた。と、そういう声を背中に聞きながら座椅子に座ってちゃぶ台で家計簿アプリを見つめ、内心は嵐である。
(手ェ出したい……)
が、出せない。地獄であった。
結論から言うと夜ご飯にありつけたのは午後七時過ぎだった。メインの肉巻きは桜史郎たちが苦心した甲斐あってみごとな出来栄えだった。桃子は何度かキッチンを通りすがるふりして、ご飯炊いた? お味噌汁だけ作ろうか? と邪魔にならない程度の声かけをした。たまが炊飯器のスイッチを入れたお米はややべしゃっとしてお粥じみていたがおいしかった。桜史郎が作った味噌汁は豆腐をちぎって入れたので白く濁っていたが、ミスといえばそれだけだった。
「すごいじゃないの。二人だけでできたなんて」
桜史郎とたまは顔を見合わせ、へへへっと得意げに笑う。
「ちょっと長い間苦労したからね」
「そうともさ。十年ばかりの」
「は?」
子供たちは声を合わせて笑い、隠し事を誇るのだった。
豚バラ巻きはめんつゆに浸してレンジで火を入れたもので、本来なら手軽さが売りのレシピを几帳面に作った結果の作業時間一時間半だったらしい。桃子としては、いつかきちんと説明しなければならないと思わせる出来事だった。レシピ通りに食事を作るということと、生活する上でこなさなければならないたくさんの家事のうちのひとつとしての炊事は違うこと。にんじんだけパリポリ硬かった理由。あと、小麦粉を振らないとほどけてしまうから気を付けること。
だがそれは今日ではなかった。
「うん、おいしい。二人ともありがとうね」
「そうじゃろ? じゃろ?」
「フン。たまになら俺がおばさんの代わりをやったげてもいいよ」
と桜史郎は胸を張った。
「俺だって妖怪退治しかできないってわけじゃないんだから。いずれ一人暮らしするんなら、料理も洗濯もできるようになっておくにこしたことないんだしさ」
あとになって桜史郎が言うことには、
「冬宮の奥深くに隠された祭壇があって、そこからこの土地を守ってる土地神様が出てきて、時間が止まった部屋に案内してもらって修行した」
ということらしかった。桃子はふんふんと頷き、疑問を聞く。
「精神と時の部屋みたいな?」
「何それ」
「ウッソ知らないの今の子」
呆然としたり。呆然としたのを呆れられたり。
「俺はちゃんと義務を果たすよ」
と桜史郎は言う。目からだんだんと子供じみた光が消えて、一人前の表情をするようになる。いったいどうして、私はぜんぜん面倒見ていないのに勝手に大人になっていくのかと、桃子は瞠目するばかり。
「父さんと母さんの悲劇は忘れないし、おばさんへの恩も忘れない。たまのこともきちんとコントロールして、誰もが見上げるような陰陽師になってやるんだ。――奏汰にだってそうさせてやる」
「波ノ宮くんはいいお友達でしょ?」
「友達だけど、いいヤツだけど……アイツには負けたくない」
桜史郎は迷子の子供のような、甲子園の砂を集める球児のような顔をした。肩は震えていた。足はフローリングに踏ん張っていた。
「俺は誰にも負けたくないんだ」
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