第6話


寒さがどんどんこたえる十一月の連休前。桃子は複合施設で酒を買い込み、たまと酒盛りをもくろんだ。


「桜史郎は部屋でやることあるんでしょ? 遠慮なくおやりなさい」

「うむうむ。わらわたちのことは気にせんでよーい!」

「追い払われた……」


と言いつつ、風呂上りの桜史郎はそれでもいそいそ自室に向かう。例の殴り合ったクラスメイトと仲良くなって、パソコンでゲームしつつ通話するらしい。


「ちゃんとエアコンつけてあったかくするのよー」

「うるせ……」

とたとたと足音が去った。


桃子は缶ビールを開けた。ぜいたくにも発泡酒ではなく本物である。

斜め左の子供椅子でたまも興味深げにビールをあけ、中の泡の様子を観察する。


「それじゃ、カンパーイ」

「乾杯じゃあー」


久しぶりのアルコールだった。喉ごしがとんでもなくいい。ケチって缶にしたのがちょっともったいなかったかもしれない。さすがに学生の頃ほど飲めないが、なんだかんだ酒は好きである。


そしてたまの方も、かなり飲兵衛だろうというのはなんとなくわかる。本人の申告以上に。


「おー、こりゃうまいのう。ぱちぱちじゃあ」

「でしょうでしょう。めちゃくちゃ働いてた頃はこの一杯のために生きてた」

「どれどれ肴の方もいただくわえ。これなんじゃ?」

「枝豆とチューブのわさびとクリームチーズ刻んだやつを混ぜてもみ海苔かけたやつ」

「ピリッと辛いわさびがアクセントじゃあ」

「うんうん。おいしいわよねえ。あ、どうぞ遠慮なくお次もぐぐっと」

「うむうむ苦しゅうない。いただきます」


たまは二缶目をぷしゅうと開けた。プルタブに慣れるのが早い。

「これは茹でほうれん草かの」

「そ。茹でたらきゅっと絞って海苔で巻いてだし醤油とごまふりかけたの。簡単だし脂質が少なくていいのよね」

「慎司が好きそうじゃのー」

「うわ」

「ほほほ。嫌そうな顔じゃ」


それからしばらくは酒とつまみの話が進んだ。桃子の予想通りアルコールはあっという間に脳まで周り、すぐに酔いが訪れる。


三十代の頃は東京にいて、飲み会にも参加していた。今の職場はさすが派遣とはいえそれなりの大企業というべきか、ホワイトもホワイトで飲み会参加は自由である。無言の圧力もない。しょせんは数年で立ち去るよそ者だから。


酒は好きだが気の置けない相手以外と飲んでも楽しくないので、桃子はここ数年アルコールにご無沙汰だった。


「から揚げ、残しておいて大正解じゃったのう」

「ねー。桜史郎に全部食べられるかと思ったけど、なんとか」

「やっぱり六枚入りパックにしといてよかったのじゃ」

うむうむ。二人して頷きあう。


晩ご飯のメインは鶏の唐揚げだった。桜史郎が全部食べつくすかとヒヤヒヤしたが、先に取り分けておいた分がこうして丸皿の上にある。

「桃子は料理はいつ習ったんじゃ? 桜子はからっきしじゃったが」

「一人暮らしするようになったら料理できないと経済的に死ぬんだよね。桜子は陰陽師が忙しくて、そんな暇なかったんだと思う」

「あー」


たまは髭があったらそよそよと動かしただろう顔をした。遠くを見るような目で、

「あれが跡取り娘じゃったってことじゃな」

「そういうこと。苦労ばっかりかけちゃった。あの子はおうちのこと一辺倒で、結局一人暮らしも就職も経験しないまんまになっちゃったのよねえ……」


桃子はしんみりした。たまは唐揚げを一口で食べた。

「桜史郎の学校のことだがのう」

「あ、さっきの話もう終わったんだ」

「あのクラスメイト、やっぱり『こっちの世界』の住人みたいなんじゃが自覚がなさそうで。どうも【はぐれ】と呼ばれる血が分散した結果の子みたいじゃな。えーと、」


たまは桃子の顔を見て唸った。桃子はほうれん草を小皿に確保し、果実酒のビンの口を開けたところだった。

「普通なら陰陽師の血族は倫理呪言委員会の厳しい管理統制の元、全員把握されてるもんなんじゃが、その手からこぼれおちたイレギュラーってことじゃ――あ、それわらわにもちょっとおくれ」

とおちょこを差し出す。ちゃっかりしたものである。


「産まれたときに委員会の統制を受けてないと、ちょっと面倒なことになりがちなんじゃよ。なんでか知らんが保護は突っぱねてるみたいでのう。変に関わるといらんことが起きるかもしれんからの、波ノ宮奏汰という。覚えておおき。あと桜史郎に写真も見せてもらうといいわえ」

「わかった、そうする。具体的にはよくわからないけど」

「それでいい。わらわもなんでこないだ喧嘩したのかわからっとらんもの」

「感情を言葉で表現できない年頃なんだよねえ」

「子供は難しいもんだのう」


二階から大き目のくしゃみが響いた。彼女たちは顔を見合わせて笑い合った。


それからは焼酎とチャンポンした桃子が一足先にギブアップし、したたかに酔っぱらったたまが機嫌よく号泣しといろいろあったものの、まあどちらもそれなりの年齢の女であるからにはそうそうまずいことにもならない。


「うううぅ、だからのう、わらわ桜史郎のことはけっこう可愛いと思っておるんじゃて! ハッキリ言って情がうつっとる。でもなあ、クソ生意気だし結界の中に捨てたろかと思うときもあって……」

「わかるわかる。カンがよくて何でもひょいひょいできるからプライドが高くなるんだよね」

「それじゃ! そつがないんじゃあいつ。可愛げもない」

「でもこないだはちょっとかわいかった。夜の九時過ぎに帰ってきた日」

「あーあいつ、あのあと部屋でテレておったぞ。能力とか関係なしに叱ってもらえたのはじめてかも……つって」


桃子はコップを握りしめ上を向いた。天井のライトはこうこうとリビングを照らしている。


「そーゆーのは女の子にやるべきだと思う」

「わらわもそう思う。あらゆることに経験と耐性がない」

カン高い笑い声がますます大きくなると、二階で大き目のくしゃみがもう一回響いた。

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