第2話

 私が提唱したエレメント――属性別保育は、思いのほか上手く行った。水属性の子供たちを集めて大きな水の塊を作り、プールを一杯にして遊んだり、木属性の子供たちには種をまいた花壇を遊び場として提供し自然発散される魔力で花を咲かせたりした。火属性の子供たちは一番危なっかしかったけれど、ピクニック先で汚れた服を漬けておくお湯を沸かしたり、そのままみんなでお風呂に入ったりするには子供の魔力でも十分だった。

 年齢別クラス制を廃止したことで大きな園児が小さい子供の面倒を見ることに繋がり、先生たちの負担も減ってきている。お弁当の時間だけは好きな子と食べて良いことにしているから、属性が別でも友好関係は築けた。ついでに先生方の属性鑑定もしてそれぞれのクラスに宛がったおかげか、子供たちの先生への懐き方も十分である。


 私が心配したのはやっぱりニライくんのことだった。彼はあれから一日も登園しないまま、卒園式を前に退園した。その後の噂も聞かないことから、どこか遠くに引っ越していったのかもしれない。王都では徴兵される可能性がある、もっと鄙びた土地へ、とか。本当の所は解らない。私の力は安易に使っちゃダメだったのかな、なんて思いながら、後悔役立たず、とあの日叩かれた頬の痛みを思い出す。母親の痛みを思い出す。私は余計なことをしたのだろう。あの一家にとって、災いをもたらすものも同然だったのだろう。だけどニライくんは笑ってくれた。あのたった一度だけの笑顔を糧に、せめて優しい先生でいようと思う。

 でも優しいだけじゃいけないと言うのも、ちゃんと分かって来たのが最近だ。我ながらおっとりしすぎではないかと思う。一年保育士をしていながら学ぶことは多いはずなのに、まだまだ先輩たちには追い付けない。と言うと、あなたのお陰で全力で遊べるのよ、と言われた。涙が出るほど嬉しかったけれど、ニライくんを思い出すとやっぱり憂鬱だった。今頃どこにいるんだろう。お母さんは大丈夫だろうか。育児ノイローゼになった母親も、何件か見たから知っている。お父さんが育児放棄していたり、子供の魔法に目覚める速度が速すぎて着いて行けなかったり。その点魔法の基礎を教えることにも重視するうちの保育園は、大分助けになっているのだという。嬉しい事だ。


 しかしそうなると席取り合戦が勃発するので、良いことばかりでもなかった。保育園は少し規模を広くしたけれど、周りの住宅との関係もある。子供の声が煩いとか、体調が悪くなるとか。

 自分も子供だったことを忘れてしまった老人はちょっとだけ厄介だけれど、保育園の温室で私と同じ木属性の子たちと作った野菜を周囲にばらまけば、悪い気もしないのだろう、少しだけ我慢してくれるようになる。春野菜の季節には白アスパラ、新じゃがや新玉ねぎ。夏は緑黄色野菜、秋には芋類。あの子が居たらどんな野菜になったのかな。どんな魔法も使える勇者。きっと引っ張りだこだっただろうな、色んな行事に。


 卒園していく児童を見送り、倍率二十倍ともいわれる我が保育園に新しく子供たちがやって来た。殆どは乳幼児だから手間はかかるけれど、魔法の呑み込みは良いので魔封ワッペンを背中につけておけば暴発することもなくすくすく育つ。


 何人目かの額に口付けると、ぱあっとそれは光った。

 覚えのある感覚。

 あの紋章とはちょっと違うけれど、それでも見覚えのあるものが浮かんでいる。


「賢者……です、この子」


 恐る恐る告げる。勇者と賢者は生まれ変わり式だ。剣士だけはアルジャータ城にある剣を抜けるもの、と決められているけれど。そしてこの世に魔王を倒せるよう生まれて来るのはその三人だけだ。まさか二人もハルカーンに生まれるなんて。

 そして私を媒介に世に出るなんて、なんて偶然だろう。一歳ぐらいのその子はきゃっきゃと嬉しそうに私に手を伸ばしている。他の先生と一緒に母親の様子を見ると。


 満面の笑みを浮かべて、隣にいる旦那さんの腕を掴んでいた。


「あなた聞いた!? 賢者ですってよ、私達の子供、賢者! 勇者を助け神の加護を与えられた世に二つとない賢者の魂がこの子にあるんですってよ! なんて事でしょう、ああ本当、信じられない!」

「落ち着いてマム、でも本当信じられないな。きっと君がお産を頑張ったから、神様がご褒美に授けてくれたんだね! 今からでも王立保育園に鞍替えしようか? 賢者の魂を持っていると言えば、諸手を挙げて受け入れてくれるだろう!」

「あら駄目よ、この保育園王立より大分お得だし二十倍もの倍率を切り抜けて来たんだもの、もったいないわ。クルス、ここで魔法を身に着けて、小学校からは王立にしましょうねえ!」


 あれー……。

 なんか思ったのと違う反応だけど、引っ叩かれるより良いのかなこれ。

 思わず園長の方を見るけれど、目をそらされた。ほかの先生方はやれやれと汗を拭きつつ、ホッとしている。しかしテンション高いご両親だな。これはこれで逆に心配になるわ。

 取り敢えずクルスくんを受け取って乳幼児用の椅子に座らせると、泣きもせず嫌がりもせずストンと座ってくれた。私はまだ光を帯びている紋章を撫でて、ぱやぱやの髪が生えた頭をヘッドレストに固定する。そこにも遠慮が見え隠れして、もしかしてと思ってしまう。


「あなたも、前世の記憶がある?」


 こっそり訊ねると、だーう、と彼はにっこり、微笑んだ。


 楽な子がいるみたいで私はホッとする。この子もニライくんと同じで統率力のある子になってくれるだろう。クラスは毎日変えて行かなきゃいけないけれど、それを嫌がるほど幼いわけでもなさそうだ。いや乳児って十分幼くて良いんだろうけれど。ニライくんも苦労したろうな、幼児期がないって。一番誰かに思いっきり甘えられる時期なのに。


 ブロンドの髪に赤い目、ばら色の頬。愛されるには十分だ。しかしこの赤い目、どっかで見たことがあるような。

 ああそうか、ニライくんに似てるんだ。

 今頃どうしてるかな、ニライくん。

 私が心配がる必要なんてどこにもないけれど。

 今はこのクルスくんを六年育て上げよう。

 それが私の彼に対する勝手な贖罪だとしても。


「しかし我が園から勇者と賢者が出るとはねえ……」

「カナイちゃん、疑うわけじゃないけどあれって本当に自分の属性が出てるだけなの?」

「私の経験上はそうです。木組で火事とか、一番危なっかしい火属性でもそんな事なかったじゃないですか、この体制にしてからは特に。まあ私は私で自分の属性見られるわけじゃないから適当に木属性だと思ってるだけなんですけど、先生方の属性だって外れていたこともないですし」

「そーよねぇ……でもなんか偏りを感じるわよね。これで将来の剣士までうちの園から出たら大騒ぎだわ。まあ、流石にそれはそれこそアルジャータ辺りから出て欲しいわね。人間同士で均一になれなかったら魔王なんて到底倒せるものじゃないだろうし……それが魔族の狙いだとしたらあの子たち何か呪いを掛けられている事になっちゃうけど。大変よねぇ、特別な生まれって」


 はあーっと保育士一同息を吐いてしまう。あのお母さん特別扱いして欲しそうだったし、ちょっと面倒な予感は確かにあるなあ。うちの園では特別扱いしてたらきりがないぐらいだから、五歳までは時々魔封ワッペン使ってもらってるけれど。ちなみにこのワッペン、ある程度魔法が使えると剥がれてしまうのであんまり意味はない。悲しいことに。

 でも確かに都合が良すぎる気はする。クルスくんは勉強漬けにされそうでそれは心配だ。うちにある魔導書全部保育園に寄付してクルスくんが独学で十分魔法を使えるように、この六年間で躾けておかなくちゃなあ。高等魔術も本の知識だけは知ってるんだ、私も。それに伴う魔力が無いだけ。あれば十分にそれらを扱っていける。今ははいはいしか出来なくても、風の魔法で飛んだり、木の魔法でハンモック作ったり、複雑なことも出来るようになってしまうだろう。他の子が真似できないことはしないでくれるだろうけれど、まあ、能力を封じ込めるのはこの六年間だけと言う事にしておいて。ご両親は不服だろうけれど、園ではあくまで基礎ですと言い張って。いられるかなあ。

 どこもかしこも心配だらけだ。私が頭を抱える必要はなくても。

 育児とは難しい。とくに、未婚で恋愛経験すらない私には。

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