保育士の私が勇者様の餌になりました

ぜろ

第1話

 十六にもなったんだから少しは仕事もしていきなさい、母に言われた私は自分の適性職業と言うのがいまいちわかっていなかった。性格はおっとりと言うよりぼーっとしてて、趣味は家庭菜園で出来た植物をご近所にばらまくこと。農業をしたければ土地の購入も援助する、言ってくれた両親には悪いけれどそこまで情熱を燃やしている訳でもないという体たらく。強いて言えば紋章術が好きなぐらいだけれど、こっちも才能があるわけじゃなく中の中、平均ど真ん中だった。


 ただ、ある時見付けた特技はある。親戚に子供が生まれた時にその額にキスした時に現れたものだ。

 そこには水の紋章が浮かび上がって見えた。

 後にその子は水の魔法使いだと言う事が判明する。


 うちの国は国民の殆どが何らかの魔法適性を持っている。例えば私は木属性で、だから畑仕事が得意だ。でも私の魔法適性はそれだけじゃなく、『他人の適性を見る事』も含まれていたらしい。親戚には最初こそ驚かれたけど、今は教育方針を定めるために口コミで私の力を聞いた人がよく訪れるほどだ。うちの子の適性を見てください。ふむ、と考えたのは近くの保育園である。いつも手が足りないらしく、保育士さんも大変そうだ。

 私の力を使って年齢じゃなく属性ごとに保育を出来れば少しは楽になるんじゃないか。両親に相談してみると早速保育園に打診してくれて、今日から私は見習い保育士になった。


 さてまずは六歳学年の子たちから、と教室に入ると、そこはぎゃーぎゃーと子供たちが暴れる恐竜の巣だった。

 先に入っていた保育士さんが、ほっとした顔で私を見る。これは確かに、思った以上に大変そうだ。


「みんなー! 新しい先生だよー! ご挨拶するから静かに聞こうねー!」


 ぱんぱん! と保育士さんが叫ぶようにして手を鳴らすと、園児たちはようやく私に気が付く。わらわらと群がって来るのを一段高い教壇に逃げて、私は大きな声で自己紹介をした。

「新しい先生のカナイですー! みんなよろしくねー!」

 はーい! とごく刹那的な結束を見らた子供たちに、先生がホッとするのが分かった。


 そこからはアルファベット順に並んでもらって、額にキスを繰り返した。友達と一緒じゃないと泣く子、何をされているのか分からない子供、案内された属性の椅子に黙って座っていられない子。恐竜は見たことがないけれど、きっとこんな感じなんだろうなあと、しゃがんでいた私は最後の子の肩に手を掛ける。

 ぺしっと払われた。

「馴れ馴れしいぞ、先生」

 これは特大級に厄介な子だな、と思って、私はちょっと腫れた口唇で笑う。

「ごめんね、先生今から君の額にキスするけど、大人しくしてくれたら手はかけないからね」

「構わない。許す」

「ありがとう、ニライくん? かな?」

「さっさと済ませろ」

 これは特大急に態度がでかいぞ、と更に自分に念を押してから、私は黒髪に赤い目をしている少年の額にキスをした。

 途端にそこは光り輝き、今までに見たことのない紋章が浮かび上がる。いや、見たことが皆無じゃない。確か自分に紋章を見る能力があるらしいと気付いた頃、図書館でいろんな紋章を調べた時にあったはずだ。特大一ページ丸々使った、それは、

「カナイ先生? この子の紋章は……」

「ゆ」

「ゆ?」

「勇者の紋章です、この子!」


 えええええっと先生が叫んだところで、また子供たちが乱れだしたのは、言うまでもない。


 勇者は転生式だと聞いたことがある。つまりこの子――ニライ君は勇者の生まれ変わりなのだ。自覚があるのかないのかふてぶてしく一等席に座った彼は、他の子供たちを統率するのが上手いようで、彼のお陰で私が紋章を見た子供たちは大人しく座ってくれていた。やっぱり勇者なのか、ほえーっと眺めていると、そうもしていられないのに気付く。


「ニライ君。先生五歳教室の紋章も見に行かなくちゃならないんだけれど、ここでみんなに大人しくなってもらうの協力してもらっても良いかな?」

「構わない。許す」

 ほんっと態度特大だな。思いながら頭を撫でようとするけれど、またぺちっとやられるのは嫌だったので、お伺いを立ててみる。

「先生、君の頭を撫でたいんだけど良いかな?」

「何故だ?」

「先生を手伝ってくれるいい子だから」

「……構わない。許す」

 ナデナデしてみるとさらさらの黒髪が指を通って、気持ち良かった。ちゃんとお風呂に入ってる、清潔な、大切にされている子供の証なのがよく解る。にっこり笑うとそっぽを向かれた。やっぱり先生一日目の人間なんて信じられないんだろう、それは構わないけれど、態度に出すのを控えないのがまだまだ子供だなと思わされて、くすくすと私は笑ってしまった。

「何を笑っている」

「んー? ニライくんみたいにリーダーシップのある子がいて良かったなあって」

「子供は騒ぐものだ。家で勉強をしていると大人に気味悪がられる。知りたい事かあるのにまだ早いとかよく解らない理由で。絵本よりも学術書が欲しいと言えば顔をしかめられる」

「……ニライくん、もしかして前世の記憶がある?」

「おぼろげに。さっき先生のキスを受けた時、一段と鮮明になった。しかし俺が生まれ変わってしまったと言う事は、この世界に『魔王』が生まれてしまったのと同じことだ。またくり返す人生を思うと、うんざりするな」


 ふうっと本当に鬱陶しそうにする彼は、生まれる度に進化する争いに飽いているのだろう。魔王は勇者にしか倒せない。ふむ、それならば。

「ニライくんは統率力があるよね」

「たいしたことじゃない、人心掌握のすべだ」

「今は王様の軍もあるし、ある程度の敵は軍に任せてニライくんは魔王に集中すれば、少しは楽になるんじゃないかな」

「――――」

 ぽかん、とした彼は、くっくっくと、初めて笑って見せた。

「勇者様とあがめられることはあったが、自分たちを利用しろと言う奴に出会ったのは初めてだ。カナイ先生は図太いな」

「だって、人間同士で戦争するための軍じゃもったいないもの。このスーベンク王国、シルゼン公国、アルジャータ王国、ハルカーン王国……まだ大陸にはほかにも軍を持っているから、どんどん使っちゃえ」

「そうだな、そうすることにしよう」

 くっく、笑った彼は六歳児とは思えないほど大人びていた。もしかしたら十歳年上の私よりも。


「ふう……」

 結局全員の額にキスをする頃には夕暮れになっていた。ニライ君のお母さん――優しそうな貴婦人だった――は、居残りで先生たちと話をしている。その部屋から憔悴した様子で出て来た時にはちょっとヘビーな事実だったのかな、と思えたけれど、私にはどうしようも出来なかった。なんてったって勇者様。くたびれて母親の腕の中で眠っている様子はまるで子供なのに、彼は勇者。

「あなたが、新しい先生のカナイさん?」

 睨むようなお母さんのその視線が自分に向けられて、びくっとする。

「はい……」

「この子の紋章鑑定をしたのもあなた?」

「は、はい」


 次の瞬間。

 頬を叩かれた。


「余計な、余計なことをしないで! この子は私達の子供として育てます! もし勇者だとばれて人々に祀り上げられることになってごらんなさい、あなたなんか殺してやる!」


「母上。子供の前で話すようなことじゃない」


 起きたニライくんがじっと母親を見る。学術書を欲しがる子でも、絵本の読み聞かせを煩わしがる子供でも、お母さんに知ってニライ君はお腹を痛めて産んだ子供だ。それが勇者でも。他人にすり減らされる人生を負ってしまった勇者だとしても。

 母親にはただの息子だろう。

 そうなんだろう。

 私には、十六歳の夫も子供もいたことがない私には分からない事だ。

 わあっと泣き出した母親の背を撫でながら、ニライくんは小さな溜息を吐いた。

 彼にとっては何度目なのか数えるにも値しない現実だったのかもしれない。

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