第10話 遠足に行こう

第十話 遠足に行こう


「憂鬱ですね……」


 俺の左腕に抱きついたまま、雪姫が物憂げな顔でそう呟く。


「ん? なんか落ち込むことでもあった?」

「……千歳には関係ないです」

「見てよゆーくん、このお口わるわる星人! 未来の義姉として今から将来が心配で仕方ないよ!」

「誰が義姉ですか、千歳には縁のない話だから関係ないと言っただけです!」


 雪姫の肩を持つわけじゃないが、なんとなく察しはつくし、俺の推測が正しければ、実際今の千歳にはあんまり縁のない話だろう。


「ああ、校外学習な。俺も正直めんどくさいと思ってる」

「校外学習……ああ、遠足ね! わたしは遠足行くの初めてだから楽しみなんだけどなー」

「だから言ったでしょう、千歳には関係ない話だと」

「でもさ、話してくれなきゃわかんないわけじゃん? 実際なにが憂鬱なのさ、ゆーくんも雪姫もさぁ」


 一人だけ蚊帳の外になっていることに唇を尖らせながら、千歳はそう問いかけてくる。

 校外学習……という名前の遠足そのものは、退屈でこそあるが我慢はできる。

 問題があるとすれば、その過程なのだ。


「……班分けです」

「班分け? 普通にわたしとゆーくんと雪姫で組めばよくない? 理想を言えばゆーくんと二人っきりだけどさ」

「では、あと二人をどうするんですか? 班は五人で作るんですよ?」

「えー? 三人でよくない?」

「そういうルールなんです!」

「じゃあ適当に二人集めてくればいいじゃん」

「そういう問題じゃないんです!」


 雪姫は細い眉を逆立てて、なに食わぬ顔でそんなことを宣った千歳に涙目で反論する。


「ちょいちょいちょい、ゆーくん。雪姫ってば、なんでこんなに必死なのさ」

「あー……なんていうかアレだよ、雪姫はかなり人見知りする方なんだ」


 雪姫は、いわゆるコミュ障だった。

 それも、見知った相手には遠慮なく喋れるし、事務的な話もできるから表面上はバレにくいタイプの。


「えっ、嘘だぁ。わたしには散々言いたい放題なのに」


 だから、実際のところ千歳も実感が湧いていないのだろう。

 もっとも、そんな雪姫が堂々と千歳に噛みつくようになったのは良くも悪くも千歳自身の振る舞いが原因なんだが。

 いや、半分くらいは俺のせいかもしれないけどさ。


「信じられないと思うけどさ、本当のことなんだよ」

「うーん……そうなると悩ましいよねぇ。もう先生に直談判して三人で班決めてもらうしかなくない?」

「それでどうにかなるなら規則は規則として成り立っていません……」


 溜息と共に、雪姫が呟く。

 その気持ちは俺にもわかる。

 孤高の超人を目指す俺にとって、人間関係──それもあとを引くようなものは、面倒極まりないものだからな。


「難しい話だねぇ」


 千歳は、曖昧な笑みを浮かべながら言った。

 苦もなく他人といられるようなタイプだと思われている雪姫が、その実深い関係を持った相手としか付き合えない。

 人間というのはこんな具合に、表面だけを見てもわからないものなのだ。


 それは誰でもそうだと俺は思っている。

 だからこそ、超人にならなければいけない。

 孤独を克服して、孤高に至ることにしか、結局のところこの楔から逃れられる方法はないのだから。


 だが、これはあくまで俺の生き方だ。

 雪姫にも同じことを強要するつもりはない。

 むしろ俺は──雪姫をその孤独から解き放ってくれる誰かを、別の救いを求めていたのだから。


「ああ、難しい話だ」

「全くです。そもそも高校生にもなって遠足などと……」

「なんか今のゆーくんと雪姫、ものすっごい湿気ってるねー」


 キノコ生えてきそう、と千歳は冗談めかして笑った。

 多分気づいてないんだろう。

 でも、それでいい。


 無理に変わる必要もなければ、変に気づく必要だってないことも世の中にはある。

 そういうものなんだ。

 そうだと、信じていたいんだよ。




◇◆◇




「先生には頼んでみたけど結局ダメだったね!」

「むしろなんでダメだと最初からわかっているのに頼みに行ったんですか……」

「もしかしたらワンチャンあるかもじゃん?」

「ありません、そんなの」

「もー、今日の雪姫は湿気ってるなー!」

「なにをするんれふか」

「絞ったら水分出てきそうだったから」

「殴りますよ、グーで」


 ロングホームルームまでの休み時間、千歳は雪姫の頬っぺたをぐにぐにと弄びながら口を尖らせていた。


「おっ、やんのかやんのかー? てめーどこ中だこるぁー?」

「義兄さんと同じ中学校です」

「ここぞとばかりに義妹マウントとってきたよ! ずるくない、ゆーくん!?」


 すぐに張り合いを取り戻した雪姫の一撃は少なからず千歳にダメージを与えられたらしい。

 まあこればっかりは義妹の特権というか……小さい頃に俺と千歳は離別を経験してるからな。

 その分雪姫と過ごした時間が長くなるのは、仕方のないことだった。


 そんな二人のじゃれ合いから視線を逸らしてクラスの喧騒に耳を傾ければ、やっぱり班決めの話で盛り上がっている。

 誰それと一緒になりたいとか、そんな感じだ。

 中には我関せずという態度をとっているやつもいるが、なんだかんだで浮き足立っているのはわかる。


 なんだかんだで皆楽しみなんだろうな、と、斜に構えた態度でクラスメイトたちを一望していたときだった。


「なあ、お前……一条だっけ?」


 突然、背後から声をかけられる。

 振り返ってみればそこには、茶髪をツンツンヘアーにしている男が、無駄に爽やかな笑顔を浮かべながら立っていた。


 ──誰だっけ、こいつ?


 そんな俺の怪訝な表情に面食らったのか、意外そうに口をぽかんと開けて、ツンツンヘアーは語り出す。


「いやオレだってオレ! クラス委員長の!」

「えーっと……」

「まあいいや、知らないなら名乗ってやるのが礼儀だからな! オレは暁人だ、鷹宮暁人! 未来のメッシで通ってるからそこんとこよろしくな!」


 自称未来のメッシこと、鷹宮は白い歯を光らせて、爽やかにそう宣言した。


「そうか、そしてその未来のメッシはどっちの一条に用があるんだ? 一条なら俺と義妹で二人いるぞ」

「ああ、それなら問題ないぜ。両方に用があるからさ」

「……両方?」

「そうそう、単刀直入に言うけどさ、一条、オレと班を組まないか?」


 相も変わらず無駄な爽やかさを漂わせながら、俺と雪姫と千歳に視線を配って、鷹宮はそんなことを言ってのけた。

 この男、一体なにが目的だ?

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