第8話 夜更けのテンプテーション
勢いよく俺の部屋の扉を開け放った千歳もまた、ハイライトが消えた瞳で俺と雪姫を見据えていた。
シンプルに怖い。
多分その視線向けたら子供がギャン泣きするぞ。
「ちっ、ドアに鍵がついていないとは義兄さんも不用心ですね」
「侵入者一号はお前なんだよなあ」
「……まあいいでしょう、今度から施錠しておくことをお勧めします」
「なんもよくない! 大体なんなのさ雪姫は、なんか物音がすると思って飛び起きたらさぁ!」
「見ての通り義兄さんと睦み合う寸前です、なので無粋な真似はしないでくれますか、千歳」
「なにが睦み合うじゃい! ゆーくんの寝床はわたしの寝床なんだけど!?」
お前のでもねえよ。
嘆く俺を置き去りにして、二人は睨み合う。
シックで大人の雰囲気が漂うランジェリーを身につけている千歳と、フェミニンで可愛らしいそれを身につけている雪姫は、今にも文字通りのキャットファイトを始めんばかりだ。
「大体なんですか、その破廉恥な下着は! 千歳はもう少し慎みというものを……!」
「雪姫ってば、案外うぶで可愛いよねぇ〜? 下着のチョイスも頑張って背伸びしました、って感じ」
「……どういう意味ですか?」
「ふふん、わたしときみには決定的な差があるってことだよ、雪姫」
「決定的な、差……!?」
あまりにも強気なワードに、雪姫は思わず後ずさる。
なにが決定的なのかも差があるのかも俺としてはどうでもよかった。
頼むから静かに寝かせてほしかった、それだけだったのに。
「ふふん♪」
千歳が鼻を鳴らして近寄ってくる。
猛烈に嫌な予感しかしなかったが、かといって今更布団を被って寝たふりなんかでやり過ごせるわけもない。
「ゆーくん、しっかり目に焼き付けてね。わたしと雪姫を分ける、決定的な差は──これだっ!」
千歳はそんなことを宣うと、ぷち、という音を立てる。
まるで、なにかが外れたような。
……外れた?
「んっ……」
猛烈に嫌な予感がした頃にはもう遅かった。
そして、千歳はするりとその豊満なバストを覆っていたブラジャーを床に落とす。
すると、押さえつけられていた胸がだぷん、と重量感のある揺れ方をして。
「ふっふーん♪ どう? ゆーくん! これが現役JK、Hカップのおっぱいだよ!」
「むぶぁぁぁぁぁ!!!!!」
暗がりでよく見えませんでしただとか実はヌーブラもしてましたとかそんなオチもなく。
俺はその、自称Hカップな幼馴染のナマチチを完璧に、視界いっぱいに観測してしまった。
明らかにラインを超えたその一撃に、俺は卒倒し、雪姫は愕然と目を見開いていた。
「ふっ……ゆーくんには少し刺激が強すぎたかな? あはは、でもさ、触りたくなってこない……?」
あまりにも重量感あふれる胸を下から支えながら、千歳が迫ってくる。
当然の如く隠していないからその桜色のあれこれが見えてしまうわけで。
触りたいか触りたくないかでいえば……悔しいが前者だ……!
だが、諦めるなと声がする。
頭の中にいるツァラトゥストラが叫んでいる。
屈するな、獣に堕すな。こういう世俗的な欲求を断ち切ってこその孤高な超人だろうと。
「煩悩滅殺煩悩滅殺……!」
「……なるほど。千歳、ただおっぱいを見せただけではないですね、あなたは私に足りないものを見せつけた」
「んふふ、そういうこと」
「義兄さん……確かに私には、『覚悟』が足りませんでした」
雪姫は悔しそうに唇を噛む。
「お前らに足りてねえのは常識と倫理観だよ!」
「ですが、お見せします……! ここで覚悟のない負け犬と誹りを受けるくらいならば、私は!」
「誰もお前をそんな風に罵ったりしないからな!? 頼む、冷静になってくれ、一旦深呼吸でもして落ち着いてくれ!」
「これが私の覚悟です。受け取ってください、義兄さん!」
俺の説得を一切無視してそんなことを宣うと、雪姫もまたブラジャーのホックを外して、千歳に比べれば控えめな胸を露わにする。
形が整っていて、毎晩ノーブラで寝ているという割には一切崩れていないその乳房の先端までもが、くっきりと視界に入ってきた。
千歳の規格外バストを表す言葉が「爆乳」とかなら、雪姫のそれは「美乳」とでも称するべきものだった。
俺はこんな夜更けになにを見せられているんだろう。
なにってそりゃ美少女二人のおっぱいだが。
贅沢すぎるだろと罵られても文句は言えない。それどころか殴られるまである。
そのぐらい幸福な出来事に直面しているという自覚はあっても、それ以上に俺は動揺して、喜ぶどころじゃなかった。
よりにもよって幼馴染と義妹がナマチチを晒して迫ってきてるんだからどんな顔をすればいいのかわかったもんじゃない。
笑えばいいと思うよって?
この状況下で笑えるやつは人間じゃねえよ。
じりじりと、獲物を狩る目で千歳と雪姫は俺に近づいてくる。
あれ?
これもしかして詰んでね?
「さあ、ゆーくん」
「義兄さん」
『選んで』
声を合わせて、二人が俺の両耳に囁きかけてきたのが、俺の最後の記憶だった。
──あ、ダメだ。
そんな一言が脳裏をよぎった瞬間に、あまりにも強すぎる刺激に耐えかねたからか、俺の意識はぷつりと途切れて、闇に落ちたのだから。
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