第6話 湯けむりサンドイッチ

「なにしてるって……ただゆーくんの背中を流してあげようとしてるだけだけど……」


 また俺なんかやっちゃいましたか、みたいなノリで小首を傾げながら千歳が宣う。


「却下です却下! 大体義兄さんと一緒にお風呂に入るなんて……!」

「ルールでは禁止されてないよ?」


 俺がこの二人の論争に関してどっちかに肩入れすることはほぼないのだが、今回ばかりは雪姫の肩を持ちたかった。

 ルールで禁止されていないからといって反則スレスレのラフプレーをしていい道理はないんだよなあ。

 いや、冷静に考えたらスクール水着を着ている雪姫も大概訳わかんないが。


 雪姫は膨らみこそ千歳に負けていても、確かに存在感があるバストと、ウェストのくびれが女の子らしいコントラストを作っている。

 はち切れんばかりのグラマラスボディを披露している千歳とは対照的だが、慎ましやかで趣深い。

 そんなことを一瞬考えてしまうほどには、雪姫もまた魅力的だった。


 いかんいかん、煩悩滅殺。

 俺は孤高の超人になる男だ。

 美少女たちがそれぞれ違う強みを活かした水着姿で目の前に現れても泰然自若としていなければならない。


「と、とにかくそこをどいてください、千歳! 義兄さんの背中を流すのは義妹の役割です!」

「お前も下心満載じゃねえか」


 混乱した様子でぐるぐると目を回しながら、千歳を指差している雪姫が錯乱じみたことを叫ぶ。

 少しでも肩を持った俺が悪かったよ。

 仁義なきダービーには良心なんて持ってるだけ邪魔になるんだな。


「雪姫も狙ってたんなら水着くらい買えばよかったのに」

「ち、千歳のそれは破廉恥です! いくらなんでも一線を越え過ぎています!」

「えー? だって可愛いの買おうとしてもサイズ合わないし……大きいの探してるとこんなのしかないんだよねぇ」


 どこまでが本気なのか冗談なのかわからない、絶妙に困った感じの笑みを浮かべて千歳は言った。

 まあ雪姫の気持ちはわかるよ。

 正直めっちゃエロいと思う。これは認めざるを得ない。


 でもスク水姿なのも中々背徳的というかそもそも俺がいるのに風呂場に入ってくるんじゃあないよマイシスター。


「自慢ですか! 嫌味ですか!」

「ふっふーん♪ いやぁー、わたしぐらいでっかいと肩とか凝ってつらいわー、本当つらいわー」

「ぐぬぬ……! 義兄さん! 駄肉に惑わされてはいけません! 大事なのは相性です!」

「相性だってわたしはばっちりだもーん、ね、ゆーくん……?」


 千歳は人差し指の先端を甘噛みしながら蠱惑的な視線を向けてくる。

 なんの相性だよ、いや聞いたところで余計にドツボにハマるだけだから聞かないけどさ。

 とにもかくにもこのままでは俺が社会的な死を迎えてしまう。


 いくら孤高の超人を目指しているといっても、超人になったわけじゃないんだ。

 思春期にはあれそれが目の毒すぎる。

 雪姫も千歳に対抗してかどうかは知らないが自分の胸を二の腕で挟んで寄せて上げてるし。


「それを言うなら私の方が相性はいいですね、なにせ兄と妹ですから! 理屈の上では最高です!」

「血繋がってないじゃん!」

「血の繋がりなど些細な問題です!」


 あれこれ喧々轟々と千歳たちは議論を重ねているが、なんというか、なんだ。

 いい加減俺の方もシャワー浴びたいし風呂入りたいんだよなあ。

 そろそろ一周回って頭が冷静になってくる。


「なあ、千歳、雪姫」

「なに、ゆーくん?」

「なんですか、義兄さん」

「その……なんだ、一緒に風呂入るにしても三人だと狭くないか?」


 風呂トイレ別で尚且つ複数部屋があるっていう上等な物件なのには違いないんだが。

 だが、俺からのそんな問いを愚問だとばかりに千歳と雪姫は視線を合わせて頷くと、声を揃えて口に出す。


『それのなにが問題なの(ですか)?』


 うーん、ちょっとその返しは予想してなかったな。


「狭いだけなら別にオッケーだよ! ゆーくん、観念してわたしに背中を流させろー?」

「ですからそれは私の役目だと言っているでしょう!」

「いーや、わたしのだよ! だって先に来たんだもん!」

「なんですかその小学生並みの理論は!」


 このまま二人が議論を続けていても、答えは永遠に出てこないだろう。

 だからこそ、この状況を変えるには俺が自ら打って出る他にない。

 こほん、と小さく咳払いをして、睨み合っている千歳と雪姫に視線を向ける。


「わかった、身体なら俺一人で洗う」

「えー? それじゃわたしがわざわざ水着で来た意味ないじゃーん!」

「全くです、義兄さんはもう少し素直になってもいいんですよ」


 素直になったら社会的に死ぬんだよなあ。


「……その代わり、風呂には一緒に入る。それじゃダメか?」


 それが千歳にとっても雪姫にとってもメリットがあって妥協できるラインだろう。


「うぅ……わかった、ゆーくんと一緒に入れるならそれで」

「……仕方ありませんね、義兄さんがそう言うなら」


 二人の同意もとれたことで俺は観念し、自分で身体と髪の毛を洗って、局部をタオルで覆いながら湯船に浸かった。

 当然二人が身体を洗っている間は目を閉じていたし、浴槽に入ってくるときも極力意識はしないようにしていた。


「お邪魔します、義兄さん」

「ゆーくん、お邪魔しまーす」


 この声の聞こえ方から察するに前が雪姫で後ろが千歳か。

 体育座りをしていた俺をまるでサンドイッチのように挟んで、雪姫と千歳が湯船に浸かる。

 ちゃぽん、とお湯が沈む音と、熱気に当てられた息遣いが耳たぶをくすぐった。


「いやー、ゆーくんと一緒にお風呂入ったの初めてだなぁ……えへ」

「そういえばそうだったな」

「だから遠慮なくわたしに寄りかかってくれていいんだよ、ゆーくん! おっぱいがクッションになるから!」

「ゲホッゴホッ」

「なにを不埒なことを言っているんですか、千歳……義兄さん、その……」

「大丈夫だ、雪姫のお尻にはなるべく触れないようにしてるから……」

「……ありがとうございます。まあ、私は義兄さんと一緒に入るのは久しぶりですが」


 そこでサラッとマウントを取るんじゃあないよ。

 後ろにいるせいで千歳の表情は見えなかったが、ジェラシーが滾るのが背中越しに伝わってくる。


「えいっ」

「うわ、急に抱きつくな!」

「だってー、雪姫だけズルいんだもん!」

「ぐぬぬ……後ろなのをいいことに……!」

「……その、なんだ。今回ぐらいは許してやってもいいんじゃないか」


 いい加減、こんなノリを続けてたらのぼせそうだしな。

 不服そうに雪姫は小さく唸り声を上げたものの、代わりに髪の毛を乾かすことを交換条件にしたら許してくれた。

 湯船という凪いだところに浸かっていても、乙女心というものは、相変わらずの荒れた海だった。

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