第5話 恋愛脳が水着でやってくる

 その後は無事にトラップタワーの建設も完了して、気づいたら夜の九時を回っていた。

 これといって目的がないクラフトゲーだから、このままダラダラ続けてもいいんだろう。

 だが、明日は平日だ。


 俺たち学生は半ば義務的に登校しなきゃならないんだよな、学生の段階でこれなんだから、社会人になったらとか考えたくない。


「悪いな、雪姫、千歳。今日も一番風呂もらっちまって」


 名残惜しそうにゲーム機をスリープモードにする雪姫と、その辺に置いて大きく伸びをしている千歳にそう告げる。


「いいのいいの、それがこの家で過ごす上のルールでしょ? なら郷に行ってはなんとやらだよ」

「郷に従え、ですね。私も不服ですが千歳と同意見です。できることなら私は義兄さんと一緒に入りたいのですが」


 心の底から残念そうな顔をして雪姫が呟く。

 それはなんというか俺の社会的生命が死にかねないからやめてほしいんだよな。

 一方、千歳は妙に物分かりがいい様子で、ゲーム機を片手に自分の部屋に引き返していった。


「……千歳のやつ、変なこと考えてなきゃいいんだが」


 一応我が家の風呂に関するルールは、「必ず俺が一番風呂をもらうこと」で統一されている。

 これに関しちゃ男の俺が女の子より先に風呂に入るのと後に風呂に入るのでどっちが心象が悪いかを二人に聞いて決めたことだ。

 思えばそのときも千歳は含み笑いをしていた気がするが……正直考えたくないな。


 そんなことをぼんやり頭の中に思い浮かべつつ、俺はあらかじめタオルや替えの下着類を置いてある脱衣所に向かう。


「千歳も雪姫もいい子なんだけどな」


 服を脱ぎ、溜息混じりに呟いて、浴室に足を踏み入れる。

 ざっとシャワーでも浴びてしまおうかと、シャワーヘッドを握って蛇口に手をかけた、そのときだった。


「んふふ、だーれだっ」


 ぴたり、と俺の両目を小さな手のひらで覆いながら、そいつは呑気にもそんなことを宣いやがったのである。


「……千歳?」

「せいかーいっ! あはは、ご褒美に後ろ見ていいよ!」


 なにがご褒美だ、なにが。

 社会的生命が軋みを立てて崩れ落ちていくのを感じる。

 ぎぎぎ、と、油の切れたブリキ人形のようなぎこちなさで背後を振り返ると、そこには。


「じゃーん! あなたの千歳、スペシャルエディションだよ!」

「ゲッホゴホッゲホッ!!!!!」


 そこには、惜しげもなく自らのグラマラスな肢体を強調した金色のビキニ姿でウィンクを飛ばしてくる千歳が立っていた。


 いや、どこで買ったんだよそんなの。

 つーかいつからだ。

 いつから尾行されてたんだ。


「ど、どう……? 感想とか、ない……?」


 豊かな胸を覆い隠すように両手を交差させて、もじもじと顔を赤らめながら千歳は問いかけてくる。

 むにゅっと両腕に潰された大きな乳房は、見ていて非常にこう、なんというか、理性がまずい。

 下の面積もほとんどギリギリだし本当にお前これどこで買ってきたんだよ。


「感想もなにもお前……!」

「はー、ゆーくんってばそういうとこだよそういうとこ。だって『一緒にお風呂に入るな』って、ルールに明文化されてないでしょ?」


 つまりは違反なんかしてないよ、と千歳は主張する。

 いやさ、そこは確かに明文化してなかったけどさ。

 各々の良心に従ってくれるもんだと期待してたんだよ。


「ふふん、そういうわけで今日はゆーくんの日頃を労って、わたしが背中を流してあげようというわけだよ!」

「労うどころの話じゃねえよ!?」

「……うぅ、ゆーくんのいじわる……せっかく勇気出してこんな水着買ったのにぃ……」


 いくらなんでも泣き落としは卑怯だろうが。

 実際のところ、千歳はそこら辺のグラビアモデルも裸足で逃げ出すようなグラマラスボディをしている。

 品のない話だが、その肢体を最低限だけ飾り立てて際立てるビキニと、相性が悪いはずもない。むしろ最高だ。


 あくまで問題は風呂にそんな格好で乗り込んできたことであって。


「に、似合ってるぞ……なんていうか、セクシーでさ。だからここは話し合おうじゃないか、な? 冷静になって考えよう、千歳?」

「セクシー、かぁ……あはは、ちょっとはゆーくんもわたしのこと、女の子として意識してくれた?」


 千歳は茶目っ気たっぷりに舌を出しながらウィンクを飛ばす。

 意識してくれたもなにも、するなって方が無理だろうが。

 暴力的なぐらいに千歳は「女の子」で、それを武器に変えてるんだからもうなんかの条約違反だろ、これは。


 いや、待て。落ち着け。

 俺は孤高の超人を目指す存在だ。

 こういう極めて世俗的なイベントを澄ました顔で乗り切ってこそ、「本物」の超人といえるだろう。


 心頭滅却すれば火もまた涼しと昔の偉い人は言ったんだ、頭の片っ端から煩悩を叩き出せ。

 そう、俺と千歳はあくまで幼馴染であって──多少捻くれた経緯はあるが──とにかくそういうことなんだよ。


「……ああ、千歳は女の子としてめちゃくちゃ魅力的だよ」

「ほ、ほんと!? え、えへへ……嘘じゃないよね、ゆーくん! 試しにもう一回言って!」

「千歳は女の子として魅力的だ」

「えへ、えへへ……そんな……いくら許婚だってそんな正面から言われたら、照れるよぅ……」


 そうだ、こうして千歳のペースを乱して俺が望む方向に話を誘導していけばいい。

 なんということはない、ただ千歳は物分かりがいい子だって信じてるからな。

 話せば通じるさ、そう、話せば──そんな具合に、急造で勝利の方程式を組み立てた、その瞬間だった。


「千歳!!! なにをしているんですか!!!!!」


 浴室の扉を勢いよく開け放ち、スクール水着姿の雪姫が顔を真っ赤に染めて怒鳴り込んでくる。

 一瞬で俺の組み立てた勝利の方程式は崩壊してしまった。

 どうしてくれんだよ、これ。

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