第4話 一人暮らし(美少女二人つき)

 俺の家には、自称許婚が二人暮らしている。

 つまりそれは、俺が一つ屋根の下で千歳と雪姫、誰が言ったか学園が誇る「二大美少女」と同棲しているということに他ならない。


 おかしいな、俺はあくまで孤高の存在を目指して一人暮らしを始めたはずなんだが。


「孤高……孤高とは一体……」

「いい加減さぁ、諦めようよゆーくん。最初から一人暮らしにしてはおっきい部屋だったんだからさ」

「そうです、私がいる限り義兄にいさんを孤独にさせるようなことはしません」


 芋の皮を剥いていた千歳と、玉ねぎを刻んでいた雪姫に釘を刺される。

 いやまあ、同棲問題に関しちゃ半分は諦めてるよ。

 出て行けと無理やり言ったって、次の日に隣の部屋に越してきて壁をぶち抜くぐらいの胆力がこの二人にはあるからな。


「はー? ゆーくんの隣にはわたし一人がいればいいんだが?」

「目を開いて寝言を言うとはよほど重篤な寝不足らしいですね、時差ボケを治すためにアメリカに帰ったらどうですか?」

「安心していいよ、雪姫。そのときはゆーくんも一緒に連れてくからね!」


 からからと快活に笑いながら千歳は雪姫の煽りにそう答える。

 雪姫も言い過ぎだと思うが、勝手に連れて行かれる側の俺の気持ちにもなってくれ。

 こいつが本気になったら実行しかねないんだぞ。


「拉致では?」

「なに言ってんのさ、花嫁は花婿に連れてってもらうものって相場が決まってるんだよ?」

「つまり義兄さんが日本を離れたがっていると? はっ、いつもの絵空事ですね」

「人の一面を今現在だけで解釈するとか浅すぎでしょ、お子ちゃまかー?」

「は?」

「あ? やんのかやんのかー?」


 頼むから包丁とピーラーなんて刃物を持ってる状態で喧嘩をおっ始めないでくれ。

 俺はばちばちと火花を散らしている二人の後ろをこっそり通って、雪姫が刻んだ玉ねぎをフライパンに投入した。


 俺にできるのはカレーの材料が焦げつかないことを祈ることぐらいだった。


「そろそろ煮えてきましたか」

「本当だ、ルー入れちゃおっか」

「お願いします」


 こんな風に目的が一致してれば千歳と雪姫はちゃんと協力してくれるんだけどな。


「了解了解ー、ゆーくんのためにわたしの愛情もたっぷり入れちゃう!」

「夜ご飯が不味くなるからやめてください」

「そりゃ大変だね、味音痴の雪姫はコンビニ行ってきたら?」

「調理の過程を間違えている千歳こそ外で食べてきたらどうですか?」


 ルーと一緒に投げキッスを入れようとした千歳に、案の定とでもいうべきか雪姫が噛みつく。


「さっきまで仲良かったのに即座に殺伐とするのマジでやめてくれんか?」

「だってさ、雪姫。ゆーくんが可哀想だよね?」

「義兄さんもお労しいですね、可哀想な人の相手をしなければならないなんて」

「あ?」

「は?」


 俺の願いも虚しく、千歳と雪姫は殺気を纏って睨み合う。

 あれだな、もうこうなったらカレーの鍋を見るぐらいしかやれることがない。

 ちなみにルーは中辛だ。


 辛いものが苦手な雪姫と辛いものが好きな千歳の中間を取ってそうなった。

 その過程で盛大に揉めたのはもはや言うまでもないだろう。

 渋々といった顔で千歳はマンゴーチャツネとすりおろしたリンゴをカレーの鍋に投入する。


「本当ならわたしの味がご家庭の味! ってなるのがよかったんだけどねー」

「辛いものに関しては苦手な方に合わせるしかないだろ」

「んー……まあ、ゆーくんが言うなら仕方ないけどさ」


 わたしはスパイスから厳選してカレーを作れる女なんだよ、と胸を張って千歳が宣う。


「そりゃいつか食べてみたいもんだな」

「でしょでしょー? 今度の休みとかに作ってあげるけど、どう?」

「……」


 どうやら迂闊なことを言ってしまったようだ。

 雪姫がしょんぼりと肩を落とす。

 せめて食卓は三人仲良く囲む、という同棲の不文律を自ら壊してしまうところだった。


「そうだな、雪姫も食べれるぐらいの辛さで調整できるか?」

「……んー、できなくもない、かな」

「じゃあそれで行こう。楽しみにしてるよ、千歳」

「えへへ、ありがと」


 はにかむ千歳の頭をそっと撫でる。

 ここで無理やり雪姫のことを蹴落とさない辺りが千歳のいいところなのだろう。


「……ありがとうございます、義兄さん」

「雪姫だけ仲間外れなんて俺も、千歳もきっと嫌だからな」

「……ん」


 いつもそうしているように少しだけ乱暴に髪を撫でると、雪姫は心地良さそうに表情を綻ばせる。

 千歳もそれに関してはなにも言うことはなかった。

 普段からこのぐらい仲良くしてくれたらいいんだけどな、本当に。




◇◆◇




「雪姫ってさぁ」

「なんですか」

「結構オタク気質だよねー」


 食事を終えて、約束通りに雪姫とクラフトゲーをやっているときのことだった。

 千歳も自分のゲーム機で参加して、今は三人でだらだらとトラップタワーの建設をやっている最中である。


「それは喧嘩を売っているという解釈でいいですか?」

「なになに、いきなりブチギレとか切れたナイフじゃん、怖」

「……別に、否定はしませんが」


 雪姫の部屋には実際そういうサブカル系のグッズがやたらと並べられている。

 対して千歳の部屋はTHE女の子って感じのフリルやらなにやらに彩られているから、対照的だ。


「ゆーくんもそういうの好きなの?」

「ああ、割とな」


 サブカル好きは俺から雪姫に伝わって、雪姫が俺以上にはまり込んでしまったというのがことの真相だ。

 つまるところ、雪姫の部屋に年頃の女の子らしさが欠けているのは俺のせいでもある。

 千歳はその答えに、ふーん、と小さく鼻を鳴らした。


「わたしも見てみよっかなぁ、最近のアニメとか全然追えてないや」

「最近のアニメと一括りにしている時点で浅いです、千歳。千歳がイメージしているのは異世界を舞台にした物語でしょう? 確かに一見どれも同じような話に見えますが実は──」

「なになになに、怖いって雪姫」


 千歳の肩を掴みながらいわゆる「最近のアニメ」論に待ったをかける雪姫の目はそりゃもうマジだった。

 真剣、本気と書いてマジだった。

 好きなもののことになると早口になってしまう、オタク特有の癖が炸裂したせいで、置いてけぼりになった千歳は目を白黒させていた。


「なんてーか、好きなんだね、アニメとかゲームとか」

「ええ、義兄さんが一番好きですが」

「そこは一緒だ」


 だから負けられないし、負けたくないと意地を張ってしまうのだろう。

 一つ屋根の下で暮らす二大美少女様は正反対だ。

 だが、好きなものや人のことになると周りが見えなくなるという点では、間違いなく同じ方向を向いていた。


 ……その視線を向けられている俺の意志は考慮してくれないが。

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