第3話 エブリデイ針の筵

「ふっふー! ついにこのときがやってきたぜー!」


 どっかの世紀末に生えてるモヒカンみたいなセリフを吐きながら、千歳は開放感たっぷりに背筋を伸ばす。

 だからそういうことをすると目に毒だ。

 ただでさえ制服のボタンが弾け飛びそうなくらい胸がパツパツになってるんだからさ。


「ええ、大変不本意ですがゲームセンターに行かざるを得ないですね」

「なら雪姫は家で待っててもいいんだよ?」

義兄にいさんと千歳を二人きりにするなどという愚行を私が許すとでも?」

「いいじゃん、許してよ。未来のお義姉ねえちゃんからの頼みだよ?」

「嫌です、死んでも許しません。誰が未来の義姉あねですか」


 明らかに不満げな表情で雪姫はニヤついている千歳にそう返す。

 元々、雪姫はインドア派だからな。

 今はパリピやってる千歳と違って、騒音が四方八方から飛び込んでくるのは耐え難いのだろう。


 放課後、教室を出るときも俺の両腕は千歳と雪姫にホールドされていて、まるでFBIに連行されるエイリアンみたいだった。

 両手に華だとか言われることは多々あるし、羨ましがられることなんて数えきれない。

 だが実際は、常に二人のご機嫌を舵取りしなきゃいけない荒海の船乗りみたいなものなのだ。


「どっちもやらなきゃいけないのが兄のつらいとこだな……」

「お、ゆーくんは五部が好きなんだ。本棚にも置いてあったしねぇ」


 人の部屋を本棚のラインナップを把握できるぐらいに漁るのはやめてほしいんだが。

 ただ、言ったところで通じるはずもない。

 諦めて俺は、千歳に問いかける。


「千歳はどれが好きなんだ?」

「わたしはねー、三部と四部!」

「いかにも安直な選択肢ですね」

「んだとこるぁー? そういう雪姫は何部が好きなのさー?」

「愚問ですね、七部です」

「うわ、オタクってそういうとこあるよね」

「は? 七部は普通に名作ですが?」


 どっかの機動戦士みたいな宗教論争が始まってしまった。

 これに関しては俺が百パーセント悪いからなんともいえないんだが。

 でもさ、俺は三部と四部も七部も名作だと思ってるんだよ。


 だから、余計に口を挟みづらい。


「それよりゲーセン行こう、ゲーセン。話題の種になった俺が悪かったから」

「ゆーくんは悪くないって、雪姫が偏屈なだけでー」

「千歳が浅すぎるだけです」

「なにをぅ?」

「なんですか」


 事あるごとにこうして噛みつき合うのは頼むからやめてほしいんだが、二人の馬が合うことは滅多にないから困る。

 今だってお互いに頬を膨らませながら俺を挟んで睨み合ってるんだからどうしようもない。

 美少女サンドイッチだのなんだの言われてるが、要するにエブリデイ針の筵なんだよ。




◇◆◇




「ふっふー♪ フルコンボとエクセレント!」


 所変わって学校から程近いとこにあるゲームセンター。

 千歳は鞄にしまっていたタオルで額や首筋に浮かんだ汗を拭いながら、上機嫌そうにダンスゲームの筐体を降りる。

 その隣では後ろのバーに体重を預けて、足だけで高難度の譜面をやってるやつがいたが、バーに頼らず同じことをできるのが千歳だった。


「相変わらず凄まじい反射神経だな」

「ん、ありがと、ゆーくん」


 俺は自販機で買ってきた麦茶を千歳に差し出して、その健闘を労う。

 俺は音ゲーについてはさっぱりわからん。

 だが、千歳が制服姿で訳のわからない譜面を華麗に踊りこなす姿は、素直に感動した。


「んくっ、んくっ……ぷはっ! 美味しーね、運動後の麦茶って」

「そうだな、俺もそう思う」


 満面の笑顔を浮かべる千歳の手には、中身が半分になったペットボトルが握られている。

 格好いい、とか、こうなりたい、だとかじゃなくて、感動する。

 他人に言っても理解されない感覚かもしれない。


 だけど、昔の千歳から考えれば、それは。


「ん? どしたのゆーくん、黙り込んじゃって」

「ああいや、ちょっと考えごとをな」

「この丈のスカートで踊るとぱんつ見えそうでハラハラしてたとか?」


 なんでそうなるんだよ。

 人がせっかく感傷に浸ってたのに、なにもかも台無しじゃないか。

 確かにちょっと心配だったところはあるけど、あるけども。


「安心して、ゆーくん。わたしはゆーくん以外に下着なんて見せない女だから!」

「なにをどう安心しろっていうんだよ」

「そうですよ、お風呂上がりなんかいつも下着姿で歩いているのに」


 かちゃかちゃと無言で携帯ゲーム機をいじっていた雪姫も参戦して、千歳に追撃を加え始めた。

 千歳のことは……その、なんだ。好ましいとは思っている。

 だけど、風呂上がりにいつも下着姿でうろつくのは色々心配だからやめてほしいというのは同意するところだった。


「人のプライベートを暴露すんのやめろし!」

「人前で下着の話をしているのが悪いのでは?」

「ぐぬぬ……それ言ったら雪姫だって大して変わんないじゃん! ノーブラで寝てると形崩れるんだからなー!」

「なっ……崩れ……っ、人のプライベートを暴露するのはやめてください!」


 もはや話題の発端となった俺のことなどそっちのけで今日も二人は危ない橋を渡り続けている。

 はしたないから人前でそういうことを言うのはやめなさい、と前に言ったことはあるが、その効果があったかどうかは察してほしい。

 争いは同じレベルの者同士でしか発生しない、とはなんかの漫画の台詞だったが、まさにその通りだ。


「もう、余計喉乾いたじゃん」

「自業自得じゃないですか」

「あ、そうだ。ゆーくんも麦茶飲む?」


 ぱあっと笑顔の花を咲かせて、千歳は俺に残り三分の一ぐらいになった麦茶を差し出してくる。

 くれるっていうなら、もらっておくが。

 と、伸ばしかけた俺の手を、雪姫が凄まじい握力で握り締める。


「騙されないでください、義兄さん。この女は義兄さんとの間接キスを狙っているんですよ」


 ああ、そういうことか。

 雪姫から指摘されるまで全然気づかなかった。

 一方で、別に減るもんじゃないとも思うんだが。


「ちぇー、雪姫のガードは硬いなあ」

「当然です、私の目が黒いうちは絶対に義兄さんと不埒なことはさせません」

「ふんっ、それはわたしも同じだからね」


 ばちばちと火花を散らしながら、千歳は胸元のリボンを緩めて制汗剤を吹きつける。

 そういう仕草が危ないと思うんだが、これ以上なんか言ったところでまた論争の火種になるだけだから黙っておこう。

 孤高な存在はクールなものだからな。


「はー、満足満足! そんじゃプリ撮って帰ろうよ、ゆーくん!」

「ええ、そうですね。私と義兄さんの家に」

「わたしとゆーくんの家だが?」

「俺たち三人の家ってことでいいだろ……」


 そこは譲れないんだろうが、これ以上人前で騒がれると、なんというか肩身が狭いんだよ。

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