第2話 箱庭サンドイッチ
これで千歳と雪姫とクラスが別だったなら、少しは気が休まったのかもしれない。
ただ、現実はそんな細やかな休息さえも許してくれなかったようだ。
同じクラスにいるだけでなく、席が俺を挟んで隣同士という配置上、俺はどう足掻いても二人から逃れられない。
「国語かぁ……国語の授業って苦手なんだよねぇ」
「普段から妄言を口にしているからでは?」
「目ぇ開けて寝言言ってる人がなんか言ってる!」
「は?」
「あ? やんのかやんのかー?」
なんとなく千歳がぼやいた言葉に雪姫が噛みついて、それに怒った千歳が噛みつき返して。
何百回単位で見たやり取りだ。
誰か助けてくれよ、と視線で助けを求めても、この教室に俺の味方をしてくれる物好きはいなかった。
「落ち着けよ雪姫、千歳は帰国子女なんだからさ」
「そういえばそうでしたね、帰ってこなければ尚良かったのですが」
トゲを隠すつもりもないのか、我が
ハリネズミやらヤマアラシがジレンマで泣いているというのに。
俺としては千歳と雪姫には仲良くしてほしいんだが、本人たちはお互いを恋敵としてしか見ていない始末だった。
「英語なら普通に喋れるんだけどなー」
「だろうな」
授業で千歳が大胆に居眠りするぐらいには、高校生レベルの英語は釈迦に説法だ。
一方で国語、特に古文が千歳にとっての天敵だった。
曰く、歴史背景だとか平安時代だとか一ミリも興味ないからだそうだが。
「大体さぁ、いとをかしってなんだよぉ、ポテトチップスかー? 春は揚げ物の季節かなんかなの?」
「それを言うなら曙です、風情というものを千歳は理解していませんね」
「わたしは花見するより団子食べたい女の子だから」
「太りますよ」
「んだとこるぁー?」
雪姫と睨み合いながら火花を散らす千歳を横目に、俺は小さく溜息をつく。
どっかの猫と鼠じゃないんだから喧嘩はしないでくれ。
だが、雪姫の言葉も正論だ。
くびれはしっかりとしているものの、はち切れんばかりに存在を主張している千歳の太ももにどうしても視線が向いてしまう。
小さい頃は掴めば折れてしまいそうなぐらい細かったなあ。
それが今や腹回り以外が見事にアメリカナイズされて帰ってきやがった。
「ねえねえゆーくん、雪姫はさぁ、いくらなんでもデリカシーなさすぎると思わない?」
「なんで俺に意見を求めるんだよ」
「そりゃー将来妹になる女の子のお口がわるわるだったら
「誰が義姉ですか誰が」
「わたし」
いっつみー、と呟いて、千歳はただでさえ大きな胸を張る。
制服を押し上げてぱつぱつになっているそれを他の男子からガン見されてもどこ吹く風だ。
俺としてはあまり千歳のことをそういう目で見てほしくないんだけど、気持ちはわかるから厄介だ。
などと、そんな考えが脳裏をよぎる。
いかんいかん、凡俗的な考えは滅却しないとな。
俺はあくまで孤高の存在を目指しているのだから。
「百億歩譲ってそうなったとしても私の義理の姉に千歳が収まるのは納得がいきません。むしろ私が姉でしょう」
「んじゃー誕生日で決めよっか、わたし四月十三日ぃー」
「ぐっ……」
「雪姫は確か五月五日だったよね? 覚えやすくていいなぁ」
こどもの日。
本人の密かなコンプレックスをつついている辺り、千歳も大概雪姫のことを言えないから困る。
まあ誕生日をコンプレックスにしてるのは千歳もあまり変わらないからブーメランになっているんだが。
「……ええ、覚えやすいですよ。千歳の不吉な数字と違って」
「ぐぬぬ……」
「やめとけよ、不毛な争いは……」
いよいよリアルファイトに突入しかねない空気になってきたから助け舟を出したつもりだったんだが、これがよくなかった。
「それもこれもゆーくんが優柔不断なのが悪いんじゃん!」
「ええ、そればかりは千歳に同意します。義兄さんはいい加減腹を括って選ぶべきです」
席を立った千歳と雪姫が、正面と背後を挟んでにじり寄ってくる。
だから俺は孤高の存在になりたいのであってだな、それ以上でも以下でもないんだよ。
と、いうことを懇切丁寧に説明してもわかってもらえないのだろう。
「全ては虚しく、徒労である……か」
「なにいきなり中二病に目覚めてんのさ」
「様になってませんよ、そのクールぶる仕草」
「お前らなんでそういう方向でだけ急に仲良くなるんだよ」
俺になにか恨みでもあるのか。
と、いよいよ針の筵に立たされても助け舟を出してくれるクラスメイトはまるで皆無だ。
孤高の存在としては正しいんだろうが、人望のなさは泣けてくるね。
「それよりゆーくん、今日の放課後一緒にゲーセン行かない? アイス食べながらプリ撮りたいな〜」
「なにを抜け駆けしようとしているんですか千歳、義兄さんは私と一緒にゲームをするんです! まだトラップタワー作ってる最中なんですよ!?」
「家にこもってゲームしてもつまんないじゃん!」
「家庭用ゲームの意義を全否定しないでください!」
ぐぬぬ、と俺を挟んで千歳と雪姫は視線をぶつけ合いながら火花を散らす。
家ゲーとゲーセンのどっちが優れているかはどうでもいいが、ゲームでぐらい争わないでほしいのが正直なところだった。
俺もわざわざゲーセン行くのはダルいと思うことはあるけどさ。
「ねぇ、だめ? ゆーくん……」
上目遣いで瞳を潤ませて、むにゅっと腕に胸を押しつけながら、千歳は俺にねだってくる。
クソッ、こいつ自分が美少女なのを自覚してやがる!
ルビーを思わせる赤い瞳の中に映る俺は、明らかに情けなくたじろいでいた。
「義兄さん、駄肉に惑わされないでください。大事なのは大きさではなく感度です」
「お前はお前で教室の真ん中でなに言ってんの? 友達なくすぞ?」
「私の交友関係は義兄さんが一人いればそれで完結していますので」
「なにも完結してないんじゃねえかなあ!?」
俺は孤高の存在でありたい。
だけど、義理とはいえ妹にそんな寂しい学生生活を送ってほしくはない。
そんなちっぽけな良心くらいは残っている。
だが、雪姫からすれば交友関係というものは本当にどうでもいいものらしく、俺にベタベタくっついてばかりだった。
「か、感度だって自信あるし! でっかいとそういうのが鈍くなるとかさ、所詮ただの噂でしかないしー!」
証拠あんのか証拠ー、と、千歳は頬を膨らませて雪姫に噛みつく。
なんで朝っぱらから下ネタで盛り上がってんだこいつら。
下じゃなくて上の話だって? うるせえ。
「ぐぬぬ……」
「むぅ……」
千歳と雪姫は小動物が威嚇し合うように、俺を挟んで火花を散らしている。
個人的には無関心を装いたかった。
だが、これを放っておけばあられもないことを喋り出しかねないから、介入のときだろう。
「わかったよ、なら放課後ゲーセン行って、夜にクラフトゲーやろう。これなら千歳も雪姫も満足だろ?」
個別に願いが叶えられるのならそれに越したことはない。
だから名案だろうと高を括っていたのだが。
『……』
二人からはジト目で睨まれてしまった。
なんでさ。
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