孤高でいたい陰キャの俺には超絶美少女な許婚が二人もいて、しかも両方と同棲してる件

守次 奏

第1話 孤高でいたい俺といさせてくれない許婚たち

 人間は一人で生まれて一人で死んでいく生き物だ。

 そこに他者との関わりがあるにしろないにしろ、究極的にはそこに行き着く。

 だから、俺──一条いちじょう祐介ゆうすけは、孤高でありたいと思っている。


 孤高でいれば傷つくこともなく、傷つけられることもなく、最後に一人で迎える結末にも立ち向かえる。

 即ち、孤高とは強さであり、孤独とは美学なのだ。

 それこそが世界の真実だと、俺は信じて疑わなかった。なのに。


「だーかーらー! ゆーくんはわたしの婚約者だって言っとろうがい! 小さい頃約束したんだよ!」

「意味がわかりませんね。義兄にいさんとは私が幼い頃に婚姻の約束を結びました、これは両親公認の約束です」


 そんな俺の願望とは程遠い光景が、目の前で繰り広げられていた。

 大岡裁きでも始めるかのように両腕を掴んで、胸に押し当てながら引っ張っている女の子が二人。

 柔らか……じゃなかった。勘弁してほしい。


「それもこれもゆーくんが優柔不断だからだよ! ねえ、ゆーくん。わたしにしとこ? おっぱいだって雪姫ゆきよりでかいよ? めっちゃでかいよ?」

「胸で女性の価値が決まると思っているとは哀れですね千歳ちとせ、全ては過ごした時間の濃密さで決まるものです。さあ義兄さん、私を選んでください。私と義兄さんは千歳が羨むくらいに濃密な時間を過ごしてきたはずです」


 俺を義兄さんと呼ぶ義理の妹──雪姫は目を開けて寝言を言っている。

 一報、雪姫に千歳と呼ばれた若白髪の女の子は、宣言した通り、でかい胸──自称Hカップに俺の二の腕を押し付けながらそんなことを宣う。

 俺に一体どうしろというんだ。


 選べと言われたって、俺はただ孤高でありたいだけなのに。


「雪姫も千歳も落ち着いてくれ、俺は」

「孤高でありたい、でしょ? それってニーチェの超人思想だよね。ゆーくん、遅めの中二病入ってる?」

「ツァラトゥストラかく語りき、でしたか。義兄さんの部屋の本棚に入っていましたね」

「ちょいちょい雪姫、なに勝手にゆーくんの部屋に侵入してるわけ?」

「別に妹が兄の部屋に入るくらい普通のことでしょう、千歳」


 十分普通じゃないから安心してくれ。

 というか俺の本棚まで漁られてたのか。

 見抜かれてただけでも大分恥ずかしいのに、証拠までとられていたらぐうの音も出ない。


 だが、世俗的な誘惑を克服してこその孤高、超人だということはその本に書いてあった通りだ。

 例えどんなに二人の髪の毛からふわりと香る同じシャンプーの匂いが鼻先をくすぐっても。

 例えどんなに両腕に押し付けられている柔らかさとあたたかさが心地よくとも。


 俺は、それらを克服しなければならない。

 なぜなら、真に孤高な存在とはそういう煩悩とは無縁でなければいけないのだから。

 澄ました顔を取り繕って、ノーダメージを装う。孤高な存在は本棚を漁られても──


「本といえばゆーくん、えっちな本をベッドの下に隠すの定番すぎだからやめた方いいよ?」

「お前まで俺の部屋に不法侵入してたのかよ!? つーかわかってても漁んなよ!?」

「だって将来のお嫁さんだもん、ゆーくんがどんな感じのえっちなのに興味あるのか知っておくのもお嫁さんの役目でしょ?」


 千歳はなに一つ悪びれることなく言った。

 すごいやつだ、一周回って尊敬するよ。

 人の部屋に勝手に入ってエロ本漁ってたくせによくもそんなに胸を張れるものだ。


 こいつが将来の花嫁かどうかはさておくとして、義妹の雪姫が部屋に入るのと同じ感覚で千歳が俺のプライベートを蹂躙しているのは、そう。


「なにが将来のお嫁さんだもん、ですか。義兄さんの伴侶は私だと決まっています、ですから速やかに私たちの家から退去していただきたいのですが」

「やだ。だって事実だもん。わたしはゆーくんに『もらってやる』って告白された仲だよ? つまりもう家族も同然、だから部屋にも入っていいんだよ? わかる?」


 千歳はてれてれと顔を赤らめる。

 どうしてその方程式が成り立ってるのかはわからないが、少なくとも小さい頃に家族ぐるみの付き合いをしていたのは事実だ。

 その兼ね合いで、千歳が家に「花嫁修行」と称して押しかけてきたせいもあって俺は、二人の自称許婚と一つ屋根の下で暮らしている。


 黒髪ロングに意志の強そうな黒い瞳の、いかにも大和撫子然とした義妹、一条いちじょう雪姫ゆき

 若白髪をボブカットにまとめた、溌剌とした意志を宿す赤い瞳が綺麗な幼馴染、四月一日わたぬき千歳ちとせ

 そんな二人を引っくるめて、我が高校が誇る「二大美少女」と人は呼ぶ。


「義兄さんも年頃ですからそういう本に興味があるのはわかります、ですから、その……今夜は、私の部屋まで来てください」

「ステイ、ステイだ雪姫。俺たちは義理とはいえ家族だろう」

「愛の前には些細なことです」

「ふふん。それならわたしで決まりだね、ゆーくん! その……わ、わたし、けっこー身体には自信あるから……なんて……」

「恥ずかしがるぐらいなら往来で言わなくていいんじゃねえかなあ!?」


 そんな「二大美少女」に両腕を掴まれながら愛の告白じみたことを囁かれている俺に向けられる視線は当然の如く白い。

 漂白剤もびっくりな驚きの白さだ。

 それを人は針のむしろというのだが。


 これで千歳と雪姫のどっちかが嘘をついているとかならまだマシだったのかもしれない。

 だが、二人が言っていることは紛れもない真実だ。

 俺は小さい頃に千歳と結婚の約束を交わしたし、本人が言うように、雪姫とは両親公認で付き合うことを認められている。


 だから、俺はあくまでも孤高の存在でありたいというのに。


「義兄さんの言う通りです、恥ずかしがっているようではお嫁さんの座は射止められませんね」

「せんせー、自分の身体にも自信持てない人がなんか言ってまーす」

「は?」

「おうおう、なんだなんだやんのかー?」


 二人は俺を置き去りにして一触即発の空気を醸し出していた。

 周りからの視線も、当然のように殺意に変わってくる。

 どうしてなんだろうな、俺はただ孤高でありたかっただけなのに。


「ゆーくん!」

「義兄さん!」

『どっちを選んでくれるの!?』


 今日も自称許婚の二人は、俺が孤高であることを許してはくれないようだった。

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