第21話 帰還と報告

 俺たちは町へ戻りつつ、途中の森道で遭遇する魔物を倒していく。そのあいだにベニダイショウが落とす"大将の牙"も規定数が集まった。


「……悪いな。ひなたにまで手伝ってもらって」


 戦闘後、剣を収めながら言った。


「いえいえ。……それで、ですね」


 唐突にひなたが歯切れ悪く切り出す。この短時間で彼女には太陽のような印象を受けていたが、いまはどこか風にさらされるロウソクのような頼りなさである。


「なんだ?」


「実に申し上げにくいのですが……その、こっち・・・のお話と言いましょうか……」


 そう言いつつ、控えめに指で『マル』を作ってみせる。


 つまりは報酬おかねの話をしたい、ということだ。


「ああ、そりゃ当然だな」


 俺はうなずいた。


 意地汚い話、などとは思わない。なにしろ多少なりとも俺たちのクエストを手伝ってもらっているのだ。彼女にはその対価を請求する権利がある。むしろ冒険者としてはなあなあ・・・・で済ませられない。いずれ舐められ、足下を見られる可能性がある。


「ですよねー……」


 そう答えるひなたの表情はなぜか微妙に引きつっていた。


「それでですね。できればちょーっとばかり待っててくれると嬉しいなー、なんて。手持ちは厳しいですし、ギルド登録料に手はつけられませんし。将来大ブレイクする予定ですので、その時まで……」


 ……ん? 待つ・・


 ひょっとしてなにか勘違いしてないか?


「待った。確認しておくが、俺たちがひなたに報酬を払う、って話だよな」


「へ?」


 ああ、やっぱりか。気の抜けたその反応ですぐに分かった。


「……いえ。ボクが町まで護衛してもらってるからレオンさんたちにその対価を、って話じゃ……」


「いやいや。俺たちは魔物の素材集めのクエストでここに来ていて、いまその手伝いをひなたにしてもらっている、って解釈をしてるんだよ」


「……ああ、そういうことでしたか」


 ほっとした表情を見せたのも一瞬で、すぐに首を横に振った。


「いえいえ! ボクの方こそクラウンエネミーアンチキショウから助けてもらってるんですし、そのうえで報酬をもらうだなんてさすがに厚かましいですよ」


「しかし、結果的にはこうして俺たちのクエストに手を貸してもらっている訳だからな。ケジメはつけないと」


 細かいことだが、曖昧にした結果妙なトラブルに発展されては困る。ひなた本人がなにも言わずとも、話を伝え聞いた人物が『レオンたちあいつらは自分で受けたクエストを他人にタダ働きさせて達成している』などとおかしな噂を流すかも知れない。


「……むむむ……」


「……なら、お互いさまってことにしよう。ひなたは町までの護衛、その対価として俺たちはクエストを手伝ってもらう。これでどうだ?」


「……そうですね。はい、じゃあそれでお願いします」


 ようやく、ひなたは固い表情をほころばせた。


「いやー、助かりました。なにぶんいまの僕、ふところに余裕がなくてですね……。まあ将来的には大貴族そこのけなレベルでお金入ってくるとは思いますが」


「そう言えばさっき聞いたな。"実家にお金がない"みたいなこと」


 確か、おうちうんぬんの流れでそう口にしていた。


「ええ。ですのでボクがこの天使のような容姿と美声で冒険者としてひと山当てて、家族を楽にしてやろうかと」


「そうだったのか」


 だからひなたは冒険者を目指しているのか。確かにおかしな話ではない(なにかがおかしい気もするがこの際だから無視する)。


 なにしろ冒険者とは才能ひとつで身を立てられ、場合によっては一獲千金が狙える職業だ。金銭的に余裕のない者が一発逆転を狙って、というのはしばしば聞く話である。


 もちろん現実には危険が多い。例えば魔物とか、魔物とか、あとは魔物とか。だが元よりここは魔物の脅威が身近な世界である。危険に身を投じることへの心理的ハードルが前世よりも低いのである。


「そうです。まあ見ててください。そう遠くない未来、バレンシアに目隠れ系アイドルブームを巻き起こしてやりますから」


 相変わらずの自信を覗かせ、ひなたは言った。






 その後、俺たちは無事にバレンシアの町へとたどり着いた。


「それではおふたりとも。また明日」


 すぐさま冒険者ギルドへと直行した俺たちは、その場で別れることにする。俺たちはクエスト報告を、ひなたは冒険者登録を。それぞれかかる時間が違う訳だし、別行動をするほうが効率がいい。


「ところでひなたさん、今日の宿はどうするつもりですか? 手持ちが少ないようですが」


 アズが尋ねる。ちなみに俺たちは『さぼてん亭』という宿に泊まっている。"原作LOA"でもプレイヤーが利用することになる店である。


「それなら大丈夫です。あらかじめいい宿の情報を仕入れてますから」


「そうなのか」


「なんでも風雨なんてへっちゃらな建物で、しかも素敵なベッドも用意してくれているそうです」


「へえ。聞いたことないな」


「そのうえお馬さんと一緒だから寂しくなくて、なんとお値段はタダ! 世の中にはこんなオイシイ話もあるんですね!」


「それ宿ちがう」


 単に馬小屋借りるだけである。


「なんでもいいんです。屋根のあるところにタダで眠れるんですから。それではおふたりとも、また明日」


 そう言い残し、ひなたは受付カウンターへと向かっていった。


 ……さて、俺たちも報告を済まそうか。


「すみません、納品手続きお願いしまーす」


「はい。では"アガスティアの葉"を出していただけますか。……確認します。なるほど、新人さんですか。初クエストお疲れ様です


「まあなんとかなりました。これが"大将の牙"、それとついでにクラウンエネミー倒しましたので"狂大鹿の角"の買い取りもお願いできますか」


「はい、少々お待ち……え゛? いや、あなた新人さんですよね?」


「ええ。なんとか勝ちました」


「え゛? いやこれ"荒ぶる大角"の素材ですよね。……あなた、初クエストでいきなりアレと戦ったんですか?」


「はい、ついうっかり。死にかけましたが、なんとか勝ちました」


「…………ええ……」


 職員さんから大層驚かれた――というか半ば呆れられた。……まあ普通アレに勝てるのは中盤のLv帯のパーティーだし、魔物の情報に精通している職員さんがそうした反応を取るのは無理もない。


 やはり隠しボスティアに鍛えられた成果が出たためだろう。鬼のような猛攻を捌き続けた経験のおかげで、"荒ぶる大角"の猛攻もなんとか耐えきれた。今度お礼にドーナツでも持って行ってやろうか。


 まあ、そんなこんなで職員が確認をし終え、報酬を受け取る。


 これで本日の活動は終了だ。あとは宿に戻って休むだけである。


 その前に張り出しておいたパーティー募集紙の確認をしておく。希望者は空欄に名前を書いてもらい、俺はそれを確認次第、面接の日時を追加で書き記す――という形式である。


 まあ昨日の今日で希望者が現れるとも思えないが、まあ念のため……とさして期待もせずに足を運んでみると、


「……あれ」


 ちょうどひとりの黒髪少女が、張り紙に名前を記しているところであった。



━━━━━━━━━━━━━━━

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、下部の「♡応援する」および作品ページの「☆で称える」評価、フォローをお願いいたします。

執筆の励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る