第10話 そして本編へ……

 ――数日後。


 マイヤー家所有の馬車に乗り、俺とアズはバレンシアの町を目指して屋敷を後にした。


 現在進んでいるのは林間に通された古びた道。"原作LOA"では『センタ十番街道』という名称のつけられた街道は、上空に開放感のある青空が広がりつつも左右の広葉樹がほどよい木陰を作り出している。耳をすませば木々を吹き抜けるそよ風に乗って小鳥たちのさえずり声が聞こえてくる。


 ごくごくのどかな道のりであった。"原作"でもここには一切魔物が出現せず、特別なイベントも発生しない。ゲーム開始直後、バレンシアへ向かう主人公が通過す

る――基本的にただそれだけの場所なのである。


「到着まであと一時間弱、と言ったところですね」


「そうだな……」


 荷台座席対面のアズがつぶやくのに、俺は窓の外をぼんやりと眺めながら答えた。


「……緊張なさっていますか?」


 アズの気遣うような口振り。気のない返事が引っかかったらしい。


 ただ単に『おー、ここゲームで見覚えあるなー』というのんきな感想を浮かべていただけなのだが……ここは合わせておこう。まったくの嘘という訳でもないし。


「まあ、少しな」


「私もです。……ですが、ご安心ください」


 アズが青い瞳をまっすぐに向けてきた。


「レオン様のお側には常に私がおります。従者として、なにがあってもレオン様をお守りしますから」


 穏やかながらも力強い言葉だ。かすかにわだかまっていた不安感が霧散していくようであった。さすがはアズだ。俺には過ぎた従者である。


「ありがとう。頼りにさせてもらうよ」


「はい」


 礼を告げると、アズは微笑みを返した。


 それから、のんびりとした時間が少し流れて。


「……ちょっといいかな」


 機を見計らい、俺は御者へと声をかけた。


「いかがなさいましたか?」


「いや、軽く外の空気を吸いたくなったんだ。少し休憩にしよう」


「かしこまりました」


 御者が馬を止め、俺は荷台を降りる。


 休憩とは言ったものの、それはあくまで建前だ。


 主目的はアイテムの回収である。


 軽く説明すると、さっきも言った通りイーディア十番街道は『ゲーム開始後に通り過ぎるだけ』のフィールドである。


 で、街道から少し外れた林の中に古びた女神像が建っているのだが、実はその台座の中にアイテムが隠されているのである。


 いわゆる収集系アイテム――"一定数集めるたび他のアイテムと交換できる"ってアレ――である『ふしぎなコイン』だ。通常は一枚ずつコツコツ貯めていくものが、ここでは一度に十枚手に入る。


 本来であれば中盤に発生する宝探し系のサブイベントを完走した結果隠し場所が判明するものだ。


 たとえ事前に場所を知っていてもイベントを進めなければ入手不可能であるが、物理的に存在している以上フラグを無視できるのは例の転移装置で証明済みである。


「どちらへ向かわれるのですか? レオン様」


 アズも馬車から降り、声をかけてきた。


 もちろんアズに回収現場を見せる訳にはいかない。不審がられるのは目に見え――いや? そんなに見えないな? ……と、とにかく。見せる訳にはいかない。


「いや、少しその辺でトイレを済ませておこうかと」


「そうでしたか」


 アズは納得したようにうなずいた。よしよし、ごまかせた。


 このあとはササッとコインを回収し、しばらくのあいだは秘密にしておく。そして適当なタイミングで『実は以前から少しずつ貯めてました』風を装ってコインを見せる。


 完璧な隠蔽工作だ。これで怪しまれずにアイテムを先行入手できる。失敗する要因などまるで入り込む余地がない、我ながら完璧な筋書きであった――



「――では、私もお供いたします」


 さぁ~~~~~~~~~~~~~~~~て、困ったことになったぞぉ。



「…………いやアズ?」


「はい。アズでございます」


「……確認しておきたいんだけど」


「はい」


「分かってるの? こんな林の中に屋敷みたいなトイレが設置されている訳じゃないぞ?」


「はい」


「ティアの時と同じだぞ? どっかその辺の草むらで用を済ますって意味だぞ? そこ理解してる?」


「はい。理解しております」


「理解してくれていたか」


「理解しております」


「そうか。それはよかった」


「はい」


 俺とアズはうんうんとうなずきあった。


「ではレオン様。いざ参りましょう」


「理解した上でかぁ」


 かすかな望みをすり潰すよう丁寧に打ち砕かれる心地であった。


 というかアズは元・貴族の娘なのだが。なぜ男との連れションに乗り気なのか。


「取りあえず待ちなさいアズ」


 さっそく茂みの方へ向かおうとするアズの肩をつかんで止める。


「あのね。それはさすがに看過できないというか。いくら何でもはしたないで

しょ」


「覚悟の上でございます」


「そういう覚悟はいらないから」


「しかしレオン様。先ほど私は誓ったではありませんか。レオン様のお側には常に私がおります、と」


「ごめんな。俺の想像力が足りなかったんだよ。トイレはひとりでいいからここで待ってなさい」


「しかしレオン様」


 アズはずいっと迫る。え? そんな食い下がるもんなの?


「昔、レオン様は私にこう言ってくださったではありませんか。『主の間違いを正せる従者になってほしい』……と」


「ああ、言ったな」


「ならば言わせてください。これから私たちはマイヤー家の庇護を離れ、過酷な冒険者生活へ身を投じることになります。なればこそ、私はレオン様をお支えするべくこれまで以上の努力をせねばなりません」


「いま少しずつ"言っちゃったなぁ"に変わりつつあるな」


「そのためにも私をお供させてください。これから先も私は従者としてレオン様と共に喜び、共に悩んでいく所存。どうかおひとりで歩もうとなさらないでください。私をお隣に立たせてください」


「しかも立ってするつもりかぁ……」



 俺はいま極めてまずい状況に置かれつつある。



 このままでは同い年の女の子と連れションするという恐るべき事態が現実のものとなってしまう。


 可及的速やかに阻止せねばならない。さもなくば終わりだ。なにかが。


「……いいかい、アズ」


 かつてない渾身の力で脳髄を絞り上げ、俺は言葉を紡ぎ出す。


「はい」


「君の気持ちは嬉しい。君にはこれまで何度も助けてもらった。いつも俺を支えてくれてありがとう。……だけど、これから先はそれだけに頼っていては駄目だと思うんだ」


「え?」


「君が言った通り、俺はマイヤー家の庇護から離れて過ごすことになる。今後待ち受けるであろう危機や困難に男爵家三男だなんて肩書きは通用しないだろう」


「ですので、私がお側に……」


「分かってる。アズの力は頼りにしている。だけどいくらアズが優秀でも俺が半端者のままじゃうまくいく訳がない。だから俺自身もより一層の成長をしなければならない。貴族の息子としてではなく、ひとりの人間として」


「…………」


「そうして俺が立派に成長した姿を見せることが、これまでみんなから受けた恩を返すことにも繋がると思っている。俺の両親、兄弟、世話になった屋敷の者たち、ティア、そしてアズへ」


「…………」


「これはそのための最初の一歩だ。だから俺ひとりで行かせてほしい。君が俺の隣に立ってくれると言うなら、俺は君が並び立つに値する男になる――いつか、胸を張ってその日を迎えられるように……」


「……レオン様……っ!」


 演説を聞き終えたアズは、感極まったよう涙を流した。


「なんとご立派なお志でございましょうか……っ! しかも従者である私のことをそこまで考えて下さるとは……っ! レオン様のような方にお仕えできて、アズは果報者でございます……っ!」


 泣きながらアズは笑顔を浮かべる。側で聞いていた御者も『坊ちゃま……ご成長なされて……』と目元を拭っている。


「はは、大げさだなぁアズは。……それじゃあ、行ってくるよ」


「はいっ、いってらっしゃいませ……っ。このアズ、ここでレオン様のお帰りをお待ちしております……っ」


 見送るアズの視線を背中に受け、俺はひとり林へと向かう。


 俺の決意を祝福するように、木々の間から青い鳥たちが一斉に大空へと羽ばたいていった――



 ……。


 …………。


 ……なにやってんだろ俺。



 疑問には思いながらも今さら訂正する訳にもいかず、俺は胸を張ってその日を迎えるために歩いた。


 コインは普通に回収できた。



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