第9話 訓練卒業

「――〈群狼蹂躙フェンリルパック〉」


 人間形態のアルスティアティアがつぶやくのと同時に現れた十体以上の狼。


 彼女が手を振るのを合図に、赤い魔力で形成された獣たちが俺たちふたりへと一斉に襲いかかってくる。


「っおおお!」


 俺は金属製の盾――実戦に耐えうる品質の装備を構えて突進。一体を正面から弾き飛ばし、背後から現れたもう一体を刃のついた長剣で切り裂く。


「ふっ!」


 立て続けに飛びかかってきた三体目を盾の正面で殴りつけてふっ飛ばす。昔のようなただ押し出すだけの動作ではない。れっきとした攻撃スキル〈シールドバッシュ〉へと昇華された一撃である。


「はぁっ!」


 一方のアズも金属製の戦槌を振り上げ、一体の狼を上空へ高々とふっ飛ばす。あちらは攻撃スキル〈かち上げ〉である。長年に渡る鍛錬により〈打撃〉のスキルツリーを伸ばしたその成果だ。


 それでもと言うか当然と言うか、赤い狼たちの群れはひるむことはない。術者の意思を乗せた獣たちは、時に左右への細かい屈曲軌道を織り交ぜこちらを撹乱しながらなおも迫ってくる。


「くそっ」


 普段にも増して激しい攻勢に少しずつ押され始める。吹き荒れる嵐のような騒乱のなか、それでも冷静に狼たちの動きを見極めていく。


 正面だけでなく側面や背後にも気を配る。それでいて意識を散らさず、集中すべき点を見誤らないようにする。どっしりその場で構えて受けるか、それとも細かく動いて流すか、逐一判断して素早く実行。ギリギリで踏み止まって猛攻を耐え抜く。


「――とりゃあああああっ!!」


 やがて、攻勢のほころびを見出したアズが一際大きい咆哮を岩山に響かせた。同時に狼たちの連携を断つように疾駆。すっかり女性らしくなった体躯が猫のようなしなやかさで駆ける。


「〈ヘヴィストライク〉ッ!!」


 裂帛れっぱくの声をトリガーに打撃スキル発動。本来なら単体攻撃である打ち下ろしが二体の狼をまとめて叩き潰し、赤い魔力の粒子へと帰す。


「レオン様っ!!」


 さらに戦槌を振るって狼を蹴散らしつつ、アズが叫ぶ。


「任せろっ!! 〈シールドチャージ〉ッ!!」


 意を汲んだ俺はスキル発動。『盾を前方に構えたまま突進』し、密度の薄まった狼たちの群れへと突っ込む。


 数体の狼を弾き飛ばしつつ足を止めずにまっすぐ突っ切る。


 目標は術者――すなわちティア!


「……なるほど。いい度胸です」


 ティアは構えもせず、ごく涼しげな表情で迎え撃つ。


 風に揺れる花のごとき可憐なたたずまいの少女。しかしそのきめ細やかな白い肌は生半可な刃を寄せ付けぬ鉄壁同然の堅牢さを持っている。今さら遠慮も躊躇ちゅうちょもなく、俺は右手の直剣を振り上げる。


「ところで……ばかり気にしていて大丈夫ですか?」


 ティアの口が動くと同時に、嫌な気配が背筋を走った。


 背後から攻撃の気配。それだけなら想定の範囲内である。


 だが上空から・・・・というのは不可解だった。いったいなぜ――とっさに首を向けたのと同時にからくりを理解した。


 こちらへ向け、彗星のように狼が降ってきた。おそらくはアズが〈かち上げ〉でふっ飛ばした一体――ティアはそいつを滞空させたまま、こちらへ差し向ける機会をうかがっていたのだ。


 そう気づいた時にはもう遅い。とっさに身を引いて直撃を避けるのがやっとだっ

た。飛来した狼に右手の剣が弾き飛ばされ、植生の薄い土の上へと転がっていった。


 狼の姿をしているだけでアレの本質は魔力でありスキル。地を駆けるのみとは限らない――ということか。……相変わらず意地悪な神獣サマだよっ!!


 上等だ、そっちがそう来るなら……っ!!


 俺は空いた右手をとっさに地面へ伸ばす。適当な石をつかみ取って振りかぶる。


「判断はすばやいですね。しかし私に当てられると――」


「大事なアレは大丈夫かなぁっ!?」


 叫びながら投石。狙いはティアではなく別方向にある岩の上――そこに置いてあるドーナツ入りの袋!


「なぁっ!?」


 我ながら完璧なコントロールを前に、ティアが極めて珍しく素っ頓狂な声を上げ

る。瞬時に白き大狼へと変身、そのまま瞬間移動もかくやという速さでドーナツ袋の前へと割って入り、石を巨体の側面で防ぐ。


 それは、隠しボスがこれまで実践訓練を通じて初めて晒した隙であった。


「これで初の一本だなぁっ!!」


 そのまま〈シールドチャージ〉を使用、ティア目がけて全速力で突っ込んでいっ

た。


 接触。


 モフい見た目に反する猛烈な衝撃が全身を襲った。


 岩かなにかに衝突したんじゃねーの? って勘違いしそうだった。


 俺の攻撃力ATKと隠しボスの防御力DEFの差を思い知らされた。






「――ばかちん」


 訓練後、ドーナツ袋を胸にかき抱いたティア(人間形態)から岩の上に正座させられた。


「ドーナツを狙うとか正気ですか。あなた無法者ですか。背徳行為もいいところですよ。そこまでして勝ちたいんですか。世が世なら断頭台送りですよ。その性根が気持ち悪いです。このばかちん」


 矢継ぎ早に罵声を浴びせてくる。かつてはドーナツ投石罪があったらしいことをいま初めて知った。


「しかしながらティア様」


 横合いからアズが口を挟んできた。


「ティア様は普段から私たちに"実戦を意識しろ"とおっしゃっているではないです

か。実戦であれば敵の弱点を狙うのは合理的な判断ではございませんか」


「そんな問題じゃありません。『人類を滅ぼせば二度と戦争は起こらない』とか、そういうレベルの発想ですよあれは」


 ドーナツ投石罪はそういうレベルだと知った。


「なるほど。さすがにああした手段は想像していなかったと」


「当たり前です」


「つまりレオン様の発想が神様の想像を上回ったということですね」


「むぐ……」


 にっこり笑顔で言い切られ、さしものティアも口をつぐむ。


 ……まあそもそもティアはこれまでさんざん意地悪な手を使い、そのたびに澄まし顔で説教してきたからな。


 今回だって『打ち上げられた狼を滞空させ奇襲に利用』とかしてたし。他の狼は一撃食らえば消えていたのに。つまりあの一体だけこっそり耐久力を変えていたってことだ。


 そりゃそんな手管を何度も見せられれば、こちらもそういう方向で対応するようになる。要は自分で蒔いた種である。諦めてもらうしかない。


「……まあいいです。最後・・に私から一本取ったのは事実ですし……」


 ティアは諦めたような息を吐く。


「ただし、金輪際ドーナツを粗末に扱ってはなりません。目先の勝利のために人道から外れるようでは悪魔と変わりませんよ。いいですね?」


「はーい」


 今後ドーナツが弱点となる相手と戦う機会なんてないだろ……とは思いつつ、素直にそう答えておく。


 つーか基本的に食べものを粗末に扱う趣味はないし。『ティアなら絶対当たる前に対処する』という一種の信頼あってのことだし。


「それはともかく……今日まであなたたちを鍛えてきましたが、ふたりとも本当に強くなりましたね」


 ティアは俺とアズへ交互に視線を向けながら言った。


「それで、あなたたちは近々『バレンシア』へと向かうのでしたね」


「ああ」


 バレンシアは"原作LOA"における主要な活動拠点となる町だ。通称『冒険者の町』と呼ばれるだけあって国中からあまたの冒険者たちが集まる場所である。

 

 そう。俺たちはこれから冒険者となる――"原作本編"へと合流することになるのである。


 すでに両親からの許可は得ている。前にも言った通り男爵家の三男が冒険者を目指すのはそう珍しいことではない。放任主義も相まって、ごくあっさりと話はついた。


 俺としてはそれに加え、実家から離れることで"悪魔カラルリンラスボス襲撃"イベントに家族や使用人を巻き込まないようにする意図もある。


 少なくとも"原作"通りであれば当該イベント時は周囲に主人公パーティー&レオンパーティーしかいない状況となる。無関係な人物を極力遠ざけるにも冒険者というフリーランスな職業は都合がいい。


 また"原作"ファンとしてゲームみたいに冒険者として活躍してやりたい、という欲求があるのも否定できない。悲壮感を抱えながら襲撃を待つなどまっぴらゴメンだ。運命に対する、俺のささやかな反骨心である。


 ともかく、そんな訳で俺は近いうちにアズを引き連れ屋敷を出ることになった。


「これまでよくがんばりました。あなたたちならいい冒険者になれるでしょう。慢心せず、引き続き精進するのですよ」


「もちろんだ。気を抜く訳にはいかないからな」


 アズに気づかれないような言い回しで答える。


「それと、たまにはドーナツを持って来るように。クルーラーは必ずひとつは入れるのですよ」


「はいよ」


 まあ散々世話になったし、それくらいの手間はお安い御用だ。


「よろしい。……では、これは私からの餞別です」


 そう言ってティアは俺にあるものを俺に手渡してきた。


 それは"本来"、彼女を撃破した際に入手できる代物だった。あいにく気軽に使えるものではないが――


「いいのか?」


「特別ですよ? ここまで励んだのです。神が手助けをするに値すると認めます」


「……助かるよ。この恩は結果で返してみせる」


「ええ。……ではふたりとも。行きなさい」


「「ありがとうございました!」」


 きれいに揃ったふたりの声が山々へと響いた。



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