第8話 未来のために訓練すべし
神獣アルスティア――"ティア"との交渉が成立してから半年後。
「――ではふたりとも。始めます」
「ああ」
「はい」
人間形態のティアに、俺とアズは訓練用の木製武具を手にうなずいた。
ちなみにティアとは『アズには転生うんぬんの話は伏せておこう』と口裏を合わせている。
結果、アズへの経緯説明は以下の通りとなった。
『偶然森を歩いて偶然茂みを調べていたら偶然奥に隠された道を発見し、偶然その先で転移装置を見つけたので気まぐれで触れたら偶然起動し、転移先で偶然神獣と遭遇したので偶然持っていたドーナツをなんとなく渡した結果、彼女が訓練につき合ってくれることになった』
――冷静になって考えると『なんだこの理由』としか思えないのだが、アズはあっさり納得した。しちゃった。
彼女は開口一番『さすがはレオン様。神獣すらも引きつける器であったとは。このアズ、改めて感服いたしました』とのこと。……いいのかこんなんで褒められて。実際にはイラストレーターと
それはともかく、俺が木剣と木盾、アズが木の戦槌を構えるのを見届けたティアが口を開く。
「――〈
瞬間、ティアの周囲に赤い魔力で形成された狼が姿を現した。|
"
威力もさることながら『運悪く回復役に攻撃が集中し倒され、それを起点にパーティー壊滅』『〈不屈〉で生き延びた直後のHP1のメンバーが立て続けに被弾、スキル効果を無為に消費』など事故率の高さという意味でも恐れられる技である。
一方で現在ティアが出している狼はわずか四体。訓練用に相当手加減されたものである。"現実化"しただけあってこうした細かい調整も可能であるらしい。
「行きますよ」
ティアが素っ気なく言い放つや、四体の赤い狼が一斉に土を蹴った。俺とアズ、それぞれに二体ずつ向かっている。
「……っと!」
俺は飛びかかってくる一体を木盾で受け、勢いを利用してそのまま脇へと押し流
す。続けて飛びかかったもう一体は木剣で打ち払う。
ともに重い手応えだった。左と右、それぞれの手に鈍い感覚が残る。繰り返すがこれでも相当手加減されたものだ。本気の体当たりであれば木盾ごと、あるいは木剣ごと俺の骨は砕かれていたことだろう。
「ほら、休まない」
ティアの声を合図に後方へ流れた二体の狼が転進する。俊敏な動作。尾を曳くように散る赤い粒子。今度は俺を挟み込むように左右へ分かれて迫ってくる。
両側面からの攻撃を同時に捌こうとすれば体勢を崩されるだろう。狼の素早さの前では致命的な隙だ。そこを突かれて土を舐める、何度も経験した敗北パターンである。
ならば。
「ふっ!」
俺はまず左側へと駆け、先んじて一体を盾で突き飛ばして迎撃。すばやく半身を返しつつ横薙ぎに振り抜いた木剣を右側から迫ってきた一体へと叩きつける。
「おや、成長しましたね。以前はこれで簡単に転ばされていたというのに……」
「まあ、散々鍛えられたからな……」
過去の訓練を思い浮かべながら答えた。
ちなみにティアに対して敬語は止めている。彼女から言い始めたことだ。一種の共犯意識とでも言おうか、転生や原作の存在などの秘密を共有している間柄同士、遠慮は無用とのことである。
「そうですか。成長したようでなによりです。――では、次は"残心"を覚えましょうか」
ティアの言葉と、後方から迫る足音が耳に届くのはほぼ同時だった。
さっき対処した二体ではない。アズも二体の相手をしている。
……
「くっそ!」
悪態を吐きつつ振り返り、奇襲してきた狼を木盾で受け止める。重い衝撃。押し倒されそうになるのをたたらを踏んで耐え、動きを止めた狼へと木剣を叩きつける。
間隙を突くように最初の二体も飛びかかってくる。かろうじて反応。不格好な動きながら双方ともギリギリで捌き切る。
「……残念! その手は食わな――」
ふらつきながらもティアの方へ向き直ると、いつの間にか彼女が
繊細なまつ毛まで確認できる至近距離に。
右手の手刀を振り上げながら。
「いや、ちょ」
無防備な俺の脳天に、ティアの右手が思いっきり振り下ろされた。
「――このように気品ある見事なタンコブをお作りになられるとは。さすがはレオン様の頭ですね」
「うん、ありがとう。でも治療を優先してくれるともっとありがたいかな……」
頭頂部のタンコブに関心するアズへ、俺は手荷物を指しながら言った。
「残心。つまり対処し終えたあとも意識を切らさないように、ということです。分かりましたか?」
一方、諸悪の根源たるティアはドーナツ片手にいけしゃあしゃあと解説をしてい
た。……つーか"原作"じゃ戦う機会なかったけど、人間形態でも普通に強いのなこの
「なにか言いたげな顔ですね?」
「……聞いてないぞ」
「なにをですか」
「五体目も出すとか。ティアが直接殴りに来るとか」
「当たり前です。そんなことを事前に教える親切な敵がどこにいますか」
「訓練でそこまでやるか……」
「訓練でやらないことを実戦でやれる訳がありません。むしろ今のうちに
悪辣言いよった。
くそっ、その澄まし顔が腹立つな。誰があんなもん想定できるか。性格の意地悪さがにじみ出てやがる。対処できる訳が――いやっ!!
……この程度でぶつくさ文句言ってどうする。俺は
「……そうだな。今後も遠慮なくやってくれ。痛みも怒りも全部俺の糧にしてやる」
「……苦情でも返されるかと思いましたが。なるほど、あの日私に頭を下げた覚悟は本物であったと」
「ええ。それこそがレオン様なのです」
なぜかアズが『ふふん』と胸を張りながらやってきた。手には丸まった羊皮紙が一枚握られている。
これは『スキルベラム』だ。装備品の一種で、セットしているあいだ対応するスキルが使用可能となる。
ポイントを消費しなくともスキルを使用可能となるためうまく使えば戦術の幅が広がる。貴重な装備枠をひとつ潰す価値があると思うか否かはプレイヤー次第である
が。
「〈
タンコブへかざされたアズの手のひらから癒しの光があふれ、みるみる痛みが引いていく。すっかり慣れたとはいえ、前世ではあり得なかった感覚である。転移といい魔力の狼といい、やはりここはおファンタ様な世界であると実感する。
「……さて、休憩はもういいですね。続きを始めましょうか」
指をぺろりと舐めながらティアは言った。
俺たちはひたすら鍛錬の日々を過ごしていった。
普段は屋敷の指南役から基礎を鍛えてもらい、月に数回の頻度でティアの元へと通って実戦的な訓練を行う。
両親始め屋敷の者たちには『ふたりで集中して訓練するのにいい場所がある』と言って誤魔化している。
貴族の息子がこんな奔放に出歩けるのか? ……と思われるかも知れない。
だが
『男爵の三男坊、家にとって大して重要じゃない』ということだ。
なにしろ兄ふたりが壮健なのだ。家督相続はほぼ長男に決まっており、(言い方は悪いが)
資産も長男がほぼすべて相続する。兄弟平等に分配してひとり当たりの取り分が減ってしまえば、男爵家の地位を保てなくなってしまうためだ。
両親も俺に対しては放任主義であるが、裏を返せば家を守るために特に必要とされていないということだ。むしろいい扱いを受けているほうとさえ言える。
……なるほど。"原作"のレオンも『じゃあ騎士にでもなるか、冒険者にでもなる
か』となる訳だ。外に居場所を求めようとしたのだろう。戦いを前提とする職業であれば
アズが俺の従者になったのも似たような理由だろう。
彼女は没落貴族の三女。お家復興にワンチャン賭けるための政治的な"手札"としては兄姉たちに比べて大幅に価値が劣る。おおかた、大して重要でないアズを同じく重要でないレオンへと適当な気分であてがった結果なのだろう。
やあねぇ、貴族社会って。……もっとも、おかげで俺は心強い味方を得ることができた訳なのだが。
……ともかく、そんなこんなで月日は流れ。
俺たちは十六歳の春を迎えていた。
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