第7話 神獣の心を動かすもの

「……いちおう尋ねますが」


「はい」


「俺の話に納得していただけた訳ですよね?」


「ええ。あなたの志は立派なものです」


「ではなぜ協力を断るのですか?」


「それはそれとして嫌だからです」


 表情ひとつ変えずアルスティアはさらりと言ってのけた。


「第一に、根本的に私とは関係のない話です。『赤の他人であるレオンさんが運命に抗う? すばらしいですね。がんばってください。……それで?』 という話でしかありません」


「……はあ」


「そして……あなたなら、私が人間に協力するつもりがない理由を知っているのではないですか? "原作設定"とやらを通じて」


「はい」


「気持ち悪……」


 自分から話振っといてなんちゅう言い草だ。『でも"それがいい"ってファンは少なくないですよ』と教えたろか?


 それはともかく。作中と設定資料集の情報から神獣アルスティアの過去をまとめるとこうなる。




 ……千年ほど昔――魔界から現れた悪魔と、地上の人類による戦い――"人魔大戦"が繰り広げられていた時代のことだ。


 そのころからこの岩山に住んでいた彼女は、ある時ほんの気まぐれでふもとの里に住む人間たちを守った。里へと襲いかかろうとする魔物たちの前へと姿を現した神獣は、その強大な力を持って一瞬で殲滅してみせた。


 それ以来、アルスティアは里の人間たちから守り神として崇められるようになった。


 彼女も守り神としての扱いを受け入れ、付近の魔物や悪魔から里の人々を守り続けた。定期的に里へと下りては、周辺の外敵をその力でねじ伏せ続けた。


 やがて人魔大戦は人類側の勝利で幕を下ろす。悪魔たちは次々と討たれ、"魔界の道"も封印された。そうして世に平和が訪れたその後も、彼女は里を守り続けた。


 長年に渡る神獣の庇護のもとで次第に里の人間たちは危機感を薄れさせていった。『いざとなれば神獣が守ってくれる』という一種の依存が、彼らから少しずつ牙を抜き取っていったのである。


 そんなある日、傷ついたひとりの男が里へと流れてきた。一見すれば人間に思えるその男の額には一本の角が生えている。


 それは紛れもない"悪魔の証"。男は悪魔の生き残りであった。"魔界の道"が封印され地上に取り残された悪魔たちの残党は、レオンが生きるいま現在においても各地へ散り散りとなり隠れ住んでいる。


『自分にもう敵意はない。ただ、傷を再生させるまで休める場所を貸してくれるだけでいい』――里の防護柵の外から弱々しく呼びかける悪魔を、里の人間たちはごくあっさりと招き入れた。山に住む神獣にひとことの相談すらしなかった。


 里の人間たちは傷ついた悪魔に快く空き小屋を貸してやった。『邪神の眷属たる悪魔の行動原理は人類を騙し、害し、滅ぼすことにある』――彼らはそんな常識・・すらも忘れ去っていた。


 アルスティアが里の異変に気づいた時にはもう手遅れだった。


 駆けつけた彼女が見たものは、内側から防護柵を破壊され、一本角の生えた傷ひとつない悪魔と『悪魔たちが持つ"能力"』で凶暴化した魔物の群れとによって蹂躙される里の光景であった。


 彼女は神獣としての力を振るい、無数の魔物たちと根元たる悪魔を討伐した。すべてが終わり、あとに残されたものは廃墟と化した里と半数以下に減った住民たちの

み。


 防護柵の修繕もろくに行わず、錆びついた武器を倉庫に寝かせ、なすがままに自分たちの里を滅ぼされた彼らはアルスティアに対して口を揃えてこう言った。


『あんたがだらしなかったせいだ』と――




「――私は学びました」


 アルスティアは言った。


「ひとつは人間が愚かであること。もうひとつは軽々しく神の力を貸し与えた私が愚かであったこと。私への依存心が彼らの中にあった可能性を、意思を、才能を殺したのです。……それ以来、私はむやみに人間へ手を貸すことはやめました」


 どこか遠くを見つめながら白髪の少女は言った。


 それが彼女の事情である。"原作LOA"でも当初は主人公たちに冷淡で非協力的な態度であった。転生システムが解放されるのも、戦いによる試練を通じて彼女に力と意思を示したすえにようやく認められた結果だ。


「……念を押しますが、俺はなにもあなたに身を守ってもらおうだなんて考えていません。俺と従者の訓練を手助けしてほしい、たったそれだけなんです」


「私の意思は変わりません。あなたが特殊な事情を持っているのは理解しましたが、それでも特別扱いをするには値しません」


「どうしても、ですか?」


「ええ。それでも私の力を求めると言うのであれば、私と戦って勝ってみせることですね」


 そもそもアルスティア隠しボスに勝てるなら訓練の必要もない。負け覚悟で挑んだところであっさり敗北しては訓練EXPにもならないだろう。


 ……やはり彼女の意思は変わらないらしい。


 ちっぽけな人間の言葉など、悠久の時を生きた神獣の心には届かない。なにかもっと。頑なな彼女の心を揺さぶる、もっと違うなにかが必要なのだ――


「……分かりました」


 俺はつぶやいた。


「今日は挨拶ということで、ここまでにしておきます。ですが俺は諦めません。日を改め、またお願いに上がります」


「何度来ても同じです。なにしろ私は千年近く戒めを胸に刻み続けて来たのですよ。言葉にほだされるなどとは思わないでください」


「分かっています。……そうそう。手土産を渡すのを忘れていました」


 俺は荷物として持って来ていた袋を手近な岩の上に置いた。


「うちの料理人に用意させたものです。では、今日のところはこれで。一週間後、ま|た同じものを持ってうかがいますので」


「しつこいですよ。もう来なくてもいいです。帰りなさい」


「失礼しました」


 俺は一礼してアルスティアに背を向け、転移装置へと歩いていった。






「……私の知らない"転生"とは。奇妙な人間でしたね。まあどうでもいいですけど。……ところで、あの人間はなにを置いていったのでしょうか。……おや? これは見たことのないものですね――」






 屋敷への帰り道で、俺は前世の記憶を思い返していた。


 それは"原作"のイラストレーターがSNSに上げていた内容であった。



『――裏設定というか会議でスタッフたちと「アルスティアティアちゃんはドーナツとか気に入りそうだよね」って話をしてましたね。


 作中では食べる機会なかったので、せっかくですのでいまここで食べさせておきますねー』


 そのメッセージとともに添付されたイラストには、至福そうな雰囲気を醸しだしながら黙々とオールドファッションをかじるアルスティア(人間形態)の姿が描かれていた――






 一週間後。


「――ま……っ!! ……また来たのですか仕方ない人ですねでも仕方ないので話くらいは仕方なく聞いてあげましょうかあくまで仕方なくですからね――」


 約束通りに訪ねると、そこには空の袋を片手にめっっっっっっっちゃソワソワした様子のアルスティアティアちゃん(人間形態)がいた。


 視線は俺の右手の袋に集中していた。


 俺は内心でとても悪い笑顔を浮かべながら話を切り出した。


「訓練だけでもつき合って頂けないでしょうか? ここに来るたび同じもの持って来ますので」


「まあ訓練だけなら構わないでしょう仕方ありませんね」


 人が神の心を突き動かした瞬間であった。



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