第6話 白き神獣アルスティア

 RPGではおなじみ、クリア後に挑める隠しボス。


 それがいま俺の眼前にいる白い大狼――『神獣アルスティア』である。


 隠しボスだけあってその強さは半端ではない。ラスボスを倒したパーティーであっても苦戦はまぬがれない。むしろ、"原作LOA"に多数存在する隠しボスのなかでは比較的戦いやすい部類ですらある。


『…………』


 白い神獣は紅く冷たい瞳で俺をめつけている。皮膚に食い込みそうな威圧感であるが、俺は努めて冷静さを保つ。


 なにしろ相手は理性を持った神獣。人間に非協力的な性格をしてはいるが悪意のない者へ無差別に襲いかかる真似はしない。


 "原作"における戦闘でもとある隠し要素エンドコンテンツ解放のための試練という名目で行われることになる。仮に負けてもゲームオーバーとはならず、パーティー全員HP1の状態にされたうえで『興ざめです。立ち去りなさい』と言われるだけである。


 ……そうと知ってはいてもやはり恐ろしい。なにしろ眼前にいるのはモニターに表示された存在ではなく、現実に質量を持った体長5~6Mはある狼なのだ。虫の居所ひとつで俺の命は線香のように消えかねない。


『……あなた、ただの子供ではありませんね』


 やがて白い大狼から女の声が響いた。


「……ただの、とは?」


『あなたの魂には"転生"の形跡があります』


 いきなり核心を突かれ、心臓が跳ね上がる。


『……いえ、少し違いますね。"情報の整理"ではない。どこか洗練されていない。これは……むしろ"移植"……? ……まさかそんなことが……』


 アルスティアはつぶやく。他人に聞かせる言葉というより己の思考をまとめるための独り言、という風情であった。


 ……さすがは『転生システム』の担当者。想像以上に話が早い。


 戸惑いが引いた後の心に納得感が広がっていった。


 "原作"には(にも?)『転生』というシステムが存在している。


 これはキャラ強化用のコンテンツであり、要は条件を満たしたキャラをLv1に戻す代わりに、初期ステータスにボーナスが与えられるというものである。


 仕組みとしては『魂に蓄積された情報を整理し効率化を図る』ものであるらしい。結果、同じLVでも転生前より後のほうが全体的なステータスが高くなる。クリア後に待ち受ける隠しダンジョンやボスに備えさらなる高みを目指すなら必須のシステムなのである。


 ともかく、彼女ならば魂の状態を見抜くことなどたやすいらしい。俺の状態がゲームシステム的な意味での転生ではないことも察しているようだ。


 ならば話は早い。情報をどこまで明かすかは会話しながら探るつもりだったが――こうなれば思い切ってすべて打ち明けてしまおう。


「……神獣アルスティア。おそらくですが、あなたが考える"転生"と俺が経験した

"転生"は同じ名前の違う現象だと思います」


『……その話しぶり。なにか心当たりでもあるようですね』


「ええ。もっとも俺自身、確証はありませんが」


『構いません。話しなさい。……その前に――』


 つぶやくと、白い大狼の姿が光に包まれる。


 巨大な狼をかたどった光は徐々に体積を縮め、人間の姿と大きさへ変化していく。


 光が消え去った時、そこには人間の少女の姿をしたアルスティアが立っていた。


 純白の長い髪に、紅い瞳。透き通るような柔肌の上に纏われた、簡素ながらも楚々そそとした雰囲気の白いワンピース。


 昼間にも関わらず、さながら曇天に月光でも差し込んだような錯覚がする。思わず息を飲むような、妖しくも美しい少女の姿がそこにあった。


 俺にとってはこちらの形態の方が馴染みがある。そもそも"原作"の神獣形態は戦闘時しか拝めない。むしろ最初から神獣形態で姿を見せた"こちら"のアルスティアに戸惑ったくらいだ。


「――人間相手ならばこちらの姿の方が話しやすいでしょう」


「ありがとうございます」


「萎縮されては鬱陶うっとうしいだけです。早く話しなさい」


 薄い桜色の唇から放たれる、この無遠慮な物言い。まさしく"原作"通りである。失礼千万な態度ではあるが、まあ神である彼女からすれば人間程度・・に気を遣ってやる道理などないのだろう。


「はい。俺の名前はレオン・マイヤー。"このゲームの登場キャラ"のひとりです

――」


 俺は説明をした。






「――つまりこの世界はあなたが前世で親しんでいた物語世界に酷似している。そして、あなたはその物語の登場人物のひとりに生まれ変わった……と。そういうことですか」


「はい」


「……いささか驚きましたが……しかしそれなら納得がいきます。道理であなたは奇妙な魂を持っている訳です」


 話を聞き終え、アルスティアはゆっくりとうなずいた。『驚いた』とは口にしつつ自分の住む世界が創作物であることをあっさりと受け止めている様子だった。


「あの。ひとついいですか」


 少し気になり、尋ねてみる。


「なんですか」


「その……あなたは俺の話になにか思うところはないのですか? あなたからすればこの世界が"作りもの"であると聞かされた訳ですが……」


「元より世界は創造神による"作りもの"でしょう。さらにその上位存在がいたというだけで、私の存在そのものが揺らぐ訳ではありません」


「そんなものですか……」


「ええ。……まあ確かに子供の身体に成熟した精神を持った男性が私のことをあれこれと知っているのは気持ち悪いと思いますが……」


 じろり、と無遠慮に冷たい視線を向けてくる。


 なお俺はこの時『でもあなた、しばしば薄い本の中で成熟した男性にそのワンピース剥がされて理解わからされていましたよ?』と教えてあげたい衝動に駆られていた。こらえたが。


「ですが、せいぜいその程度ですね。たとえこの世界が……その、てれびげーむ? でしたか。遊戯のために用意された舞台だとして、苦難が娯楽のために用意されたものだとして。そもそも運命とは、元より顔色ひとつ変えず残酷な裁定を下す存在で

す。私にとってはそれが人格を持っただけのことに過ぎません」


 気負いもなくさらさらと語られる言葉に嫌悪の色はない。どこか突き放した、まさに神視点の発想である。


「逆に尋ねます。レオン、あなたはどうなのですか?」


 白髪の少女は言った。


「話によれば、あなたはいずれ殺される運命にあるそうですね。あなたにその定めを変えられるという根拠でもあるのですか?」


「いちおう、ひとつだけは」


「それは?」


「この世界はゲームだったころに比べ、圧倒的に情報量が違います」


 俺は答えた。


「たとえば"原作"にはレオンの家族は登場していません。アズ……従者や使用人たちだってそうだ。彼ら彼女らはみな単なるモブキャラとして処理されるだけの、ろくな設定も用意されていない存在だった。だけど、ここでは違う」


「…………」


「みなそれぞれに人生があって、ゲームでは与えられなかった人格を持っている。取れる行動も"原作"とは比べものにならないほど多岐にわたる。


 人だけじゃない。草の揺れ方から雲の流れ方まで、ひとつとして画一的なものがない。ここはもはやひとつの独立した世界で、複雑な現実だ。その複雑さがもたらす不確定な要素が、定められたなにかを変える余地は十分にある――俺はそう考えます」


「……根拠としては弱いですね」


 アルスティアは素っ気なくつぶやき、続ける。


「それに……そもそも尋ねますが、あなたが運命にあらがう行為そのものがすでに『運命に組み込まれている』としたら? これが『抗ったすえに結局運命に屈する運命』ではないと否定できますか?」


「できません。それでも俺が止まる理由にはなりません」


「その心は?」


「運命を突き詰めた先にあるのは自由だからです」


 俺は言った。


「もし俺の意志が、一挙手一投足のすべてが運命で定められた通りであるとするならば……それはもはや運命による束縛など感じる必要がない、ということです。操り糸は追従し続ける。それは運命からの解放と言ってもいい。


 そもそも屈するのも運命なら乗り越えるのも運命です。どちらなのかはやってみなければ分からない。


 ならば自分の思うままに突き進むまでです。立ち塞がるものは残酷な意思ではなく現実の事象です。現実に取れる手段で、現実を乗り越えてやるまでだ」


 俺の言葉に、アルスティアは眉ひとつ動かさずじっと耳を傾けている。


「……一方で"レオンが殺される運命"を軽く見るつもりもない。なにしろ『悪魔カラルリン』は俺を狙う動機がある。奴は俺の魂を利用した術式を用い、いにしえの時代賢者によって封印された"魔界の道"をふたたび開くつもりだ」


 悪魔カラルリン――それが『聖樹伝説アガスティア』のラスボスであり、作中においてレオンの命を奪った張本人である。


「俺が確認できた限りこちらの世界と原作設定はおおむね一致している。『かつて魔界の悪魔たちがこの地上へ通じる道を開き、侵攻してきた』『のちに"人魔大戦"と呼ばれる長きに渡るこの戦いは最終的に人類が勝利し、魔界の道は封印された』という歴史も原作通りだ。カラルリンだけが都合よくこちらの世界にいないと楽観的に構える訳にはいかない。


 将来的に俺が狙われることは確定と見ていい。その運命に備えて可能な限り実力を鍛えておきたい。そのためには強大な力を持った存在と実戦訓練を積みたい。……つまり、あなたのことだ」


 実際、"現実化"したこの世界では『実戦的な訓練を行った場合、より実力の高い者を相手にした方が効率よく上達する』のが確認できた。


 つまり並の腕前の者と剣の打ち合い稽古をするより、師範代クラスの者めっちゃうまいひととする方が入手経験値EXPが高くなる……ということだ。


「人間を越えた力を持ち、なおかつ対話が可能。あなたは俺にとって最高の条件を備えた存在だ。だから俺はここまで来たんです。


 ……お願いします。俺に力を貸してください。なにも『俺の護衛をして欲しい』なんて頼みたい訳じゃないんです。時々でいいから俺と、できればもうひとり俺の従者の訓練につき合って欲しいだけなんです。どうか、この通り」


 俺は深々と頭を下げた。元は日本で作られたゲームであるだけにこうした日本的な所作も問題なく通用する。


「……あなたの話は理解しました」


 長い沈黙ののち、アルスティアはゆっくりとうなずいた。


「自らの宿命に打ち勝ち、その先の未来へと手を伸ばそうと言うのですね。そのため己に与えられた才能や知識の手札を活かし、さらに強固な手札へと昇華させようとする。その心意気、私は認めましょう」


「では……っ!?」


「ええ」


 顔を上げる俺に、アルスティアは穏やかな微笑みを向ける。ひと吹きの柔らかい風が流れ、彼女の美しい白髪をさらさらと優しく撫でていった。





















「お断りします」


 ……うん。


 そういう性格だって知ってた。



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