第13話 立場は逆転した。


氷雪幻王を倒してからマルスに対する周りの扱いは180度変わることになった。

父上から始まり、メイドや執事、料理人など、家に関わる全ての人間がマルスに好意的に接するようになったのだ。


「マルス様。こちらお食事でございます。冷めぬうちにどうぞ」


「ありがとう」


マルスが席に付くと専用の食事アドバイザーなる存在も着くようになった。

家の中でも本当に上位の人間にしか付かないような存在である。


「こちらのお肉にはこちらのスパイスを少量追加でトッピングしていただけると、より美味しくいただけるかと」

「へぇ、やってみるよ」


マルスは指示通りに肉にスパイスをかけた。


「うん、おいしい」

「お気に召していただけて嬉しく思います」


食事ひとつとってもここまでマルスの生活は変わっていた。


細かいものを上げればキリがないが、マルスは今この家でもかなり期待される子供となったのである。


中でも一番対応を変えたのは父上のマルガスであった。


「マルス。軽く話があるのだがいいか?」


「どうしました?父さん」


「聞いて驚け。少し早い話かもしれないが、お前あてに縁談の話が届いていてな」


「え?」


マルスは驚いていた。


まだ5歳の自分に縁談の話があるなんて思いもしなかったからだ。


(この世界では5歳で結婚するのか?)


マルスはそう思い、聞いてみることにした。


「まさか、もう結婚するんですか?俺は5歳だけど」

「ははは。婚約というやつだ。結婚するわけではないぞ」

「あー、そういうやつなんですね」

「貴族の世界では早いうちから結婚相手を決めるのはとうぜんの話だ。分かったな?」

「はい」


その後マルスは父上から細かい話を聞くことになった。


どうやら氷原の話は既に貴族の間では有名な話になっており、マルスが優秀であるということが知れ渡っていた。


貴族というものは、自分の娘には優秀な男を。

自分の息子にはキレイな女を結婚相手に選びたいそうだ。

そして、現在。

女の子の子供を持つ貴族はこの話を聞いた途端こぞってマルスへ縁談の話を持ちかけることにしたのだ。


(それにしても縁談かー)


マルスは婚約と聞いてドキドキする胸を抑えながら食事を進めていった。


(どんな子なんだろうなぁ)


マルスの好みの女の子は大人しい子である。

そんなドンピシャな子がいいなぁ、と思うマルスであった。



マルスが食事を済ませて部屋に戻ろうとした時だった。


食堂の扉が開いて女性が入ってきた。

化粧が濃く、性格がキツそうな見た目をしている。


(ロイの母親のカーラか)


カーラはキッとマルスを睨むと近寄ってきた。


だが、マルスに用事があるわけではなかったようだ。

証拠にカーラは直ぐにマルガスへと目を向けたからだ。


「旦那様。お時間よろしいでしょうか」

「手短に頼むぞ、カーラ」


自分には関係の無い話だろうか?


一瞬だけそう思ったマルスだったが、父上の言葉で長話にはならないことを察した。

そのため、少しだけ聞いて退出することを選ぶ。


「縁談の話は聞きました。ロイにチャンスをお与えください」


カーラはマルスを汚らわしいものを見るような目で見ていた。

今からマルスにも関係がある話をするようだ。


「スノーマジック家は魔法の名門です。それなのにこの子は剣を使っていると聞きます。そんな人間がスノーマジック家の代表として縁談の話を受けるのはおかしくないですか?」


(なるほどな、言いたいことは分かった)


いろいろ端折られてはいたがカーラが言いたいのは以下のようなことであると、マルスは推測した。



縁談の話を持ちかけてきた人物たちは皆"魔法の名門であるスノーマジック家"という前提で持ちかけてきているはずだ。

それなのに縁談の相手が実際は"剣士"だとしたらスノーマジック家の評判に関わるのではないか、ということを。


剣士のマルスが縁談を受けるよりは、実力で劣っているとしても魔法使いのロイの方がぜったいにいい、ということをカーラは言いたいのだ。



実際にマルガスもその辺の問題については認識していたようで、答えに困っている様子である。


そこでマルスは口添えすることにした。


「父さん。俺はいいと思いますよ」

「マルス、ライバルにチャンスを与えると言うのか?」

「カーラさんの言う事におかしなところはない。それに俺としては後々遺恨を残したくないですよ」


マルスは今回で全ての問題を解決しようと考えている。

この後もロイにネチネチと粘着されるのが面倒なのでハッキリと白黒付けたいのだ。

どちらが上なのか。

そして、マルスが上ということがはっきりと分かればマルスはこう言うつもりだ。


『もう俺に関わるな』と。


だからロイにチャンスを与える。

元々マルスとしては、真正面からぶつかってロイのことは叩き潰すつもりだったのもある。


「分かった。ではこちらからはロイとマルスを出して、相手方に婚約相手を選んでもらおうと思う。それでいいな?カーラ」


「ありがとうございます、旦那様」


カーラはお辞儀をすると食堂を出ていく。


それを見送ってからマルスも外に出ようとしたのだが……


「マルス。私はお前に期待しているぞ。どの子供よりもお前に期待している」


「はい。期待していてくださいよ父さん。期待は裏切りませんから」


「ところでマルスよ」


「ん?なんでしょう?」


「これから私の部屋に来られるか?」


そう言うとマルガスは下品な笑顔を浮かべていた。

それは貴族がするような顔ではなかった。

紛れもなく男としての笑顔だった。


「お前も男だろう?やはり婚約者の相手の顔くらい見てみたいのではないか?」


マルスは少しだけ考えるような素振りを見せてからカラッと笑った。

もちろんこちらもマルガスと同じような笑顔をしていた。


「もちろんですよ。父さん。見せてください」



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