第12話 ロイは父上に捨てられる


翌朝。


ロイは朝食の席に誰よりも早くやってきた。

スノーマジック家ではこの家の十人一人一人に専用の席が用意される。

ロイは3番の席、セレスは14番の席、マルガスは1番の席というふうに座席が決まっている。

これはアレルギー対策だったり嫌いな食事を出さないのを徹底するために作られたスノーマジック家のルールであった。


先日ロイがマルスの食事に細工をしたのもこのルールがあったから簡単だったのだ。


(今日もマルスに嫌がらせしてストレスを発散してやる)


ロイはマルスの席にやってきた。


マルスの席には中華風のスープ、それからパンという可もなく不可もなくというような平民的な食事が用意されていた。


(こんな平民のような食事内容の奴がほんとうに最近は生意気だな、目障りだ。消してやるっ!)


【時魔法】


時間よ、加速し……


「どうされましたかなロイ様」


厨房から料理長、以下複数名が出てきた。


「そこはマルス様の席でございます。ロイ様には関係のない席でしょう?」


「料理人ふぜいが、うるさいな。俺がなにをしようと勝手だろう?!」


ロイは首を切るような動作を料理人たちに見せつける。


「俺が父さんに言えばお前ら全員路頭に迷うんだぞ?分かってるよな?!奴隷共」


その時だった。


ガチャッ。

扉が開いて、中に入ってきたのは……マルガスであった。

スノーマジック家当主、この家で一番エラい人物。


「父さん!いいとこにきた!この料理人たちを解雇してくれ!罪状は俺をイラつかせた罪だ」


マルガスはその言葉には答えずに自身の席に座った。


「父さん?話は聞いたか?」

「なぜ貴様のワガママだけでその者達を解雇せねばならん?」


「えっ?」


ロイの目は動揺によって丸くなった。


今まで自分が頼めばマルガスはどんな無理難題も聞いてくれた。

今回もそうだと確信していた。


「お前はマルスに嫌がらせをしているそうだな。最近聞いた」


「雑魚なんだから嫌がらせされてとうぜんだろ?!」


パーン!!!!マルガスの鋭いビンタがロイの頬を捉えた。


このときロイが最初に取った行動は頭が着いているかどうかを確認すること。それほどまでに強烈はビンタだった。


「えっ……?」

「不快だ。今すぐ部屋を出ろ。罪状は私をイラつかせた罪だ」

「そ、そんな、なんで?」

「不愉快だ。出ろ、と言ってる。くどいぞ」


マルガスは部屋の中にいた執事に目を向けた。


「このクズをつまみ出せ」

「かしこまりました」


兵士はロイの体を掴んだ。


「ま、待ってくれよ父さん。なんでいきなり?今までは俺の言うことを聞いてくれていたじゃないか?俺の事を特別に思っていてくれたんじゃないのか?」


「お前のことを特別に思っていた訳では無い。お前が優秀だから多少の無理は聞いてやっていただけだ」


「今も優秀だろ?」


「セレスを黒い森で置き去りにした件は聞いている」


「あれは、相手が悪かった」


「マルスは氷雪幻王を仕留めたぞ?」


ロイの体が反応した。

スノーマジック家においてその名を知らない者はいない。


この世界に存在する5つの五大元素と呼ばれるもの。

そのそれぞれには頂点に君臨するモンスターがいる。


それを【五大の王】


マルスがそのモンスターのうち一匹を倒したというのだ。


「な、何かの間違いだろ?あんな雑魚に倒せるわけが無いっ!」

「お前が信じても信じなくてもどちらでもいい。だが、言わせてもらおう。私の中でお前の優先順位は下がった、と」


「つまみ出せ。庭に使ってない蔵があったな?そこにでも閉じ込めておけ」

「かしこまりました。大旦那様」


「父上ぇえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


ロイの叫びだけが虚しく響いていた。



「あぐっ!」


ロイは執事の手によって蔵の中に閉じ込められることとなった。


ロイはこの蔵には来たことがなかった。

スノーマジック家の領地はそれなりに広いせいで、用事がないのであれば行かない場所もある。

この蔵なんてものはその最たる例だろう。

ロイを始めとした兄弟たちもこの場所には来たことがないのが普通である。


この蔵は物置として使用されており、使われていないものが山のように詰められて所狭しとと並べられている。


中にはちょっとしたタワーのように山積みにされている荷物もある。

特に壁付近には天井近くまで物が積み上げられていた。

そして、天井に到達しそうになればその手前に置くと行った感じで効率的に物が置かれている。


とうぜんの話だが、かなりホコリっぽい。

息をする度にホコリが口から喉に入り、咳が出る。


「げほっ!くそっ!なんで俺がこんな場所に!」


ロイが怒り狂っていると蔵の外から談笑するような声が聞こえた。

すぐそこに誰かいるようだった。

この声にはロイは聞き覚えがあった。兄弟の誰かだろう。


「誰かいるんだろ?助けてくれ。俺だ、ロイだ」


しかし、声の主たちはまるで聞こえていないような素振りをしていた。


「あれれぇ?なんか声聞こえたような気がするなー」

「えー?奇遇だな。俺もなんか虫けらの鳴き声が聞こえた気がした」

「虫けらに失礼じゃない?」

「ははは、そりゃそうか」


(舐めやがって……)


「ふざけるのもいい加減にしろよ!このままこんなところにいたら死ぬかもしれないんだぞ?!」


扉の向こうからはこんな声が聞こえた。


「え?死ぬかもしれないの?ありがてー」


「は?」


ロイはこの時になって思い出した。

自分の兄弟たちは本来は味方ではないことを。


彼ら兄弟はマルガスの後を継ぐために熾烈な後継争いをしている最中である。


そのため、他の兄弟から言わせてみれば、今のこの状況は「勝手にひとり脱落してくれそう」程度のものである。


この過酷な後継競走の途中対戦相手が仮に脱落するようなことがあったとしても、生きているウチはいくらでも復帰できる。



しかし死んでくれるのであればもう二度と復帰できない。



ロイが勝手に死にそうな状況というのは他の兄弟からしてみれば願ってもいない状態である。


「いつ死ぬの?」

「はやく死んで欲しいなー」


ロイの怒りは限界を迎える。


「ふざけんじゃねぇぞ!このクズども!早くここから出せ!」


ロイは怒りに身を任せて扉を蹴った。


振動は扉から壁へ伝わる。

やがて、壁から荷物タワーへ。


最上段にあった荷物がユラユラと揺れて落下してきた。

それどころじゃ止まらない。

荷物が雪崩を起こした。


「う、うわっ?!」


荷物の雪崩がロイを襲う。


亀のように丸くなったロイの背中に荷物が当たる。

何度も何度も。


当たる当たる当たる当たる当たる当たる当たる当たる当たる。


ロイの上には山のように重なった荷物の山。

ホコリがぶわっと舞い上がりロイは咳き込む。


「けほっ……」


外からは笑い声が聞こえる。


「なに?なんの音?これ」

「ここ物置だろ?物でも落ちたんだろ」

「ピタゴラバカじゃん」

「想像力がないってかわいそーだよねー」


ロイは荷物に飲まれた状態で呻いた。


「くそぅ……」


そして、ロイは心の中で思う。


(マルスのせいだ。あいつがすべて悪い。俺は何も悪くないっ)


その徹底的な他責思考は、似たような逆境で『力をつけてやる』と覚悟したマルスとは対局にあるものだった。


そしてこの思考回路はこれからのふたりの明暗を分ける決定的な違いでもあった。




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