第11話 ロイは情けない

マルスが氷原へと挑んでいる間のことだった。


ロイはセレスを誘い黒い森へとやってきていた。


「おい、俺たちがやってきたのは黒い森だよな?」


黒い森にやってきたはずのロイとセレス。

しかし彼らの視界には森なんてものは映っていない。

彼らの視界に映るのはまるで焼き払われたかのようになっている平坦なフィールドであった。


とは言っても完全な平坦なフィールドではなく、少しずつ木は成長しているため起伏は存在している。


これを見てセレスは静かに目を輝かせてウットリとしていた。


現状、黒い森がどうしてこうなっているかはマルス以外は知らない。しかしセレスは誰がこの状況を作ったのかを本能的に察知していた。


「これはお兄様。さすがです。惚れ惚れしてしまいます」


ロイは軽く舌打ちしてからセレスと共にフィールドへと入っていく。


ロイがここに来た理由はひとつ。

自分がセレスの結婚相手としてふさわしいことをセレスに教えるためである。


「セレス、よく見ていろ。今から俺がいかにすばらしいか見せてやる」


森がザワつく。

侵入者であるロイたちの気配に気がついたのだ。


森は彼らを排除しようとする。


森の中の木々が急速に成長して木の形をしたモンスター、トレントを生み出す。


「はっ!トレントか?!」


トレントを正面に見つめるロイ。


「食らいやがれ、魔弾!」


ロイは魔弾を放つ。


しかし、


「あ、れ?」


ロイの放った魔弾はトレントに吸収されてしまった。


それを見てセレスは笑っていた。


「今のはこの植物モンスターに対する水やりのようなものでしょうか?ずいぶんと優しい方なんですね、クスクス」


ロイのことを小馬鹿にしたような顔でクスクスと笑っていた。普段のセレスは嫌味な性格ではない。しかし、彼女はいま明確に敵意を持ってロイに接していた。理由はもちろん、この男が嫌いだからである。今日ここにロイと一緒にきたのもスノーマジック家での生活を円滑に進ませるため。


セレスもこの家で現状誰が偉いかは理解していた。下手に誘いを断り今の関係にヒビが入る方が面倒であり、断ってしまえばのちのち、マルスの立場にも悪影響が出ると考慮しての行動である。


この場にマルスがいればセレスはこう言っていたことだろう。『私は優秀ですよね?にぃさま』


「ふ、ふん。そうだ。今のは水やりである。強き者は常に弱者への配慮を忘れん」


「それがたとえ敵であったとしても?」


「う、うむっ!」


ロイは両拳を使いパキポキと骨を鳴らしていた。


「ウォーミングアップはこんなもんでいいな?トレント」


今度はロイの手に火の玉が浮かんできた。


「おらっ!喰らいやがれっ!ファイアボール!」


野球ボールを投げるようにロイはファイアボールをトレントに向かって投げた。

ロイがピッチャーであるなら、トレントはキャッチャーであった。


「フン」


トレントは自分の弱点属性であるはずのファイアボールをいとも簡単にキャッチしていた。

このことにはさすがのロイも目を見張った。


「なんだと?ファイアボールだぞ?」


トレントはまるでロイを見下すように低い声で笑っていた。


「ファーファッファファッ」


本能的な恐怖がロイの心の中を支配していた。


「そんな、昔は黒い森の主だって倒したのに」


「モンスターと同じでフィールドも日々成長しますよ?今のあなたが弱いだけでは?」


「うぐっ……」


ロイの顔が苦痛に歪む。


今のロイには敵が2体いた。


肉体的な敵で言うならばもちろんトレントであり。


精神的な話をするならば、本来は味方のはずのセレスまでもが敵に回っていた。


さきほどからセレスはなにひとつ手助けをせず横でロイのことを見守っているだけで、ロイの行動の全てをあざ笑って見ているだけだ。

そして、ミスをする度にロイのことを煽ってくるだけの性格の悪い女になっている。

しかし、それも当然であろう。

セレスはロイのことが嫌いなのだから。


嫌いな奴に手心を加える必要は無いとセレスは考えている。


「早く見せてくださいよロイ。あなたは強いんでしょう?こんなトレントくらいどうにかしてみてくださいよ」


セレスはロイのことを煽りながら【強化魔法】をトレントに使った。


【成長促進】

【攻撃力増加】

【攻撃射程増加】

【防御力増加】

【速度アップ】


などなど。


「な、何をしてるんだ?セレスッ!」


「あなたが本当に強いなら、これくらいは倒せますよね?」


そう聞いてからセレスはニコっと笑顔を浮かべた。


「私は自分より弱い人間とは結婚したくないのです。私はこう見えて王道ヒロインのつもりでして、守られるような女でありたいのです」


「お、王道ヒロイン?」


「さぁ、早く倒してみてください。もしも倒せたのであれば婚約者として1ミリくらいは考えてあげてもいいですよ?」


メリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリ。


トレントが大きく急成長する。


始めは体長2メートルくらいだったはずの木が、やがて5メートルを超えていく。


10メートル、20メートル。


そして、50メートルの大木とまで成長した。


「グゥワァァアァァァァァァァアァァァァア!!!!!」


トレントの叫び声。


それに引かれるようにして、ボコボコボコボコッと周囲からもトレントが生えてくる。

それを見た瞬間ロイは涙目になった。


「あら、その反応は無理ということでよろしくて?」


ニコッと笑っていたセレス。


「セレス?!笑っている場合じゃない!どうするつもりなんだ?!こんな化け物っ!」


「問題ありません。私は最強なので」


セレスはファイアボールをトレントに向かって放った。


「グゥォォォォォォォオォォォオ!!!」


一瞬にして大木全体に火が回る。

通常、このような大木の全身に火が回るのにはそれなりの時間が必要である。


しかし、それを一瞬で行ったことを見れば彼女の魔法がどれだけ強力なのかはこの世界にいる人間ならば理解出来る。


ロイは本能的に恐怖を感じて涙を流す。


「う、うわぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!!化け物だぁぁぁぁぁぁぁあぁあ!!!」


生存欲求には勝てずに彼は敵を前にして逃げ出した。


セレスは目を細めてロイを軽蔑しきった目で見ている。


「あなたはその程度の人間なのですね。失礼ですね。こんなにもか弱い女を化け物呼ばわりするなど」


セレスは周りに残っていた雑魚トレントを燃やして一瞬で処理した。


そのとき、ボコっと地面が隆起した。


「なんです?これ」


セレスは地面をまじまじと見つめていると……。


そこから看板が出てきた。


【これからは出禁でお願いします】


「あらら、出禁にされてしまいましたね。困ったものです」

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