第10話 宮廷鑑定士



マルスが家に帰ってくると、庭にはマルガスとそれから見知らぬ男がいるのが見えた。


見知らぬ男は黒いローブを羽織っており、それからモノクルを付けた初老の男性である。


その謎の男とマルガスが会話している。


もちろん、マルスはマナーや礼儀というものを知っており、彼らの会話が終わるのを待っていたのだが……


「マルス。もう帰ってきたのか?」


意外にもマルガスがマルスに声をかけてきたのだ。


「はい。帰りましたが、そちらは?」


マルスの視線を受けたローブの男は美しい礼をした。

その例はマルスにすら美しいと思わせるくらいの綺麗なものである。

それを見てこの人「只者では無い」と理解したマルス。


そして、彼の予想通りの自己紹介を老人はするのだった。


「宮廷鑑定士のローエンと申します。マルスくん」


(普段は宮廷に仕えているという、一流の鑑定士?!)


マルスも聞いたことがあるような人物である。

宮廷に仕えるうな人物はすべて優秀な人物である。


マルスの目の前にいるこの優しそうな顔をしたローエンと名乗った鑑定士も、とうぜん優秀。


そんな人物がここにいる理由はマルスもすぐに理解することになる。


(ひょっとして、俺の持ち帰った首が本物かを確認するために?)


スノーマジック家は国の中でも有望な貴族の家である。

その呼び出しであれば宮廷鑑定士は駆けつけるだろう。


ローエンはここに来た理由をマルスに説明したが。

マルスの考え通りの経緯だった。


「マルス、帰ってくるのが予定よりかなり早かったが、氷原で危険を感じて引き返したか?」


「いえ、お父様。氷雪王は倒して首を持ち帰ってきました」


マルスは氷雪王の首をローエンに差し出した。


「ほう、これが氷雪王ですか、ふむふむ」


ローエンは受け取った首を両手で抱えると慎重に鑑定を行う。


その結果……


「なんと……」


パッ。


ローエンは驚いて、体から力が抜けてしまった、つい両手を首から離してしまった


「う、うわっ!」


マルスは咄嗟に落下途中の首をキャッチした。

ゆっくりと立ち上がるとローエンは目を見開いていた。


「信じられん、こんなものを、こんな小さな子が取ってきたと言うのか?」


マルスは予想外の反応をされて戸惑っていた。


(あれ?俺もしかして間違えたかな?不安になってきたな……)


「ひょっとして、間違えちゃいましたか?」


「無論。それは氷雪王の首ではない」


「そんなぁ……絶対これだと思ったのにぃ」


ローエンの前だと言うのにマルスはショックのあまり本音を出してしまった。


だが、それはローエンも同じであった。

ふだんは丁寧に接するように心がけているマルガスに対しても少し無礼な態度になってしまう。


「マルスくんが持っている首だが【氷雪幻王】という幻のモンスターの首だ」


その言葉にはマルスも覚えがあった。



【氷雪幻王】

・かつて氷原を作り出した最強の王。基礎の5大元素である火・雷・風・水・氷のうち氷を支配すると言われている伝説のモンスター。(ひとことで要約するとめちゃくちゃ強いモンスター)



という知識だけだが、マルスの頭の片隅にあった。


「マルガス。この子はあなたのホコリだよ。歴史上他に幻王を倒せた人間はいない。この子は偉業を成し遂げたのだ!」


「なんと、それは本当か?!」


マルスがこの世界に来てからマルガスの笑顔というのは見たことがなかった。

しかし、今マルガスは笑っていた。笑顔を浮かべているのだ。


マルスの行いを偉業と認めている。

そして、マルスの存在を誇らしく思っていた。


「マルス、私はお前が大成すると信じていたぞ!さすが、私の子だ!」


しゃがみこんで目線を合わせると両手を肩にポンと乗せていた。

マルスは日本にいた時にこうやって褒めてくれる人なんていなかった。


だから嬉しくなってしまった。


「ありがとうお父様。」

「なにを言っておる。私は何もしておらん、すべてお前の努力の賜物であろう」


大きな手をマルスの頭に乗せて撫でるマルガス。


「それよりもすまなかったな。お前にはキツく当たったかもしれないが、お前ならできると信じての対応だったのだ。本当に、開花してくれて私は嬉しいぞっ!マルス」


だが、マルガスにとって不思議な事もあった。


練習でのマルスははっきり言って才能がなく弱い男だった。

なのに何故氷雪幻王なんていう強いモンスターを倒すことが出来たのか不思議で仕方がなかった。


「ところでマルスよ。魔法は苦手だと思っていたが、本当によくやってくれた」

「違うんだ。俺は剣の方が得意なんですよ。父さん」


マルスは【全剣】を取りだした。


マルガスはその剣を見て複雑な顔をしていた。

以前捨てるように言ったのに言うことを聞かずに所持していたことに複雑な思いを持っていた。


だが、同時に捨てなかったことを考えて、大事な剣であることも理解していた。


「捨てなさいと言ったはずだが、でもその武器はお前の大切な武器なのは分かった」


「うん。とても大事な武器で。俺は魔法使いじゃなくて、剣士になりたい」


マルスは魔法使いにはならないとはっきりと伝えた。

すると……


「すまなかったなマルス。私の夢は優秀な魔術師の排出。だからお前にも魔術を学んで欲しかったんだ。しかし、それは要らぬ世話だったということだったんだな」


マルガスは一度だけゆっくりと目を瞑ると、決意したような顔をしていた。

もうマルスを魔術師として育てる気はいっさいないという内面を表したような面持ちであった。


「構わん。マルス。お前は自分の道を進むがいい。私は剣士の道を歩むお前を最大限応援しよう」


「父さん?!いいの?!」


「うむ。私こそ視野が狭くなっていたようだ。すまなかったなマルス。これからは幻王を弱冠5歳で討伐した天才大剣豪としてその名を世界に轟かせてやれ!」


「はい!頑張りますっ!」


今日、この日、この時間。


マルスとその父マルガスの間にあった、わだかまりは完全に解消される事になった。

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