第8話 ロイより優秀な証明


「ふぅむ……」


マルガスはセレスの結婚宣言を聞いて唸っていた。

まさかこんなことを口にするなんて露にも思っていなかったからだ。


「ぜったいぜったい結婚しますから」


セレスはマルガスに追撃していた。


マルガスは良くも悪くも実力主義者である。


実力があるのならなんでも構わないと考える人間。

極端な話をすれば魔法の扱いが上手ければ、その辺にいる奴隷や孤児を拾ってきて自分の子供と結婚させることもある。

(まぁ、だからこそ魔法の才能がなく実力がなかったマルスに辛く当たることもあったのだが)


しかし、その実力主義というのは今回はいい方向に働いているように見える。


「ふむ。そうか、お前の気持ちは分かった」


その言葉を聞いてセレスは笑顔を作っていた。

しかし、マルスの反応は違う。


マルスは知っている。

父上がこんな簡単に結婚の了承を出さないことを。

そして己が1度決めたことを簡単に曲げないこと。

今回で言うならば先にロイとセレスとの結婚を考えていたのだ。

その意思は簡単には曲げられない。


(まだ必ず続きがあるはずだ。この人はそういう人間だから)


マルスの考えは的中していた。


「セレスよ。マルスと結婚すると言うのは構わん。しかし、だ」


今度はマルスに目を向けてくる父上。

マルスは父上の言わんとしていることを理解していて、先に口を開いた。


「俺がロイ以上の人間であることを証明しろ、そう言いたいのでは?」

「そうだ」

「分かりましたよ。セレスを守るためなら、あなたの言うことには従いましょう。俺はあなたのやり方であなたを認めさせる」


「お兄様ぁ♡」セレスから暑いラブラブビームが飛んできていたがマルスは実の父親だけを見ていた。


やがてマルガスは思考をまとめると、マルスにこういう話を始める。


「我が家の近くには氷原があるのは知っているな?」

「もちろん」

「その山に【氷雪王】と呼ばれるモンスターがいる。討伐難易度は推定Sランク。どのような手段でもいい。倒して首を持ってまいれ」


その時だった。


マルガスの後ろに控えていた若いメイドが前に出てきて口を挟む。


「お口を挟むことをお許しください。マルガス様。氷原に立入ることが許可されるのはどんなに優秀な人間でも10才。まだ5歳のマルス様が行かれるにはいささか早い気がしますが」


「ロイはわずか8歳で【黒い森】の主を倒した。それを考えればマルスにもこれくらいはやってくれないとな」


執事はマルガスに気圧されて黙り込む。


マルスの答えは決まっていた。


「もちろんだよ。父さん。セレスのためなら氷雪王の首だって持ってくるよ」

「よく言ったな。それでこそスノーマジック家の子供だ。だが危険と思えば即座に帰ってこいよ?お前はまだ若いのだからな。ここで死なれても困る」


マルガスはマルスを嫌ってはいない。

それどころか実の子供として愛しているからこんな言葉も出てくる。


先程の若いメイドがまた口を開いた。


「マルガス様。念の為私の子供を同行させる許可はいただけないでしょうか?」

「お前の子供をか?」

「はい。やはり5歳の子供を氷原にひとりで行かせるのは胸が痛みます」


心からマルスのことを心配しているのだろう。

メイドの顔は非常に重かった。


実際のところ氷原では過去に何人もの冒険者が行方不明になっていたりしている。

氷原という場所のことを知っている人間であれば、まず子供をひとりで向かわせることには反対する。


「ふむ。いいだろう。しかし、手出しはさせるな。同行させるたけだ」


「かしこまりました」


マルガスはマルスを見ると最後にこう言った。


「詳細は明日の朝話す。私の部屋にこのメイドの娘と共にこい」


マルガスは屋敷へと戻っていく。


それに連れられるようにしてこの場に残っていたメイドたちも屋敷へと帰っていくのだった。



それからしばらくして、その日の夕食をとる事になった。

御者を含め、マルスたち4人は何も食べていなかったので、少し遅めの夕食である。


食堂に向かうと料理長を始めとした数人が起きていた。


「お待ちしておりました皆様。これより腕によりをかけて皆様の食事を作らせていただきます」


ぺこりと頭を下げる料理長の姿にマルスはなんとなく胸が暖かくなった。


わざわざマルスたちの料理を作るために起きていてくれたのだから。


それから料理長は指示を出した。料理人たちは厨房へ引っ込む。


料理長だけが単身でマルスの近くへ。


「ロイ様を止められず、お昼のことは申し訳ございませんでした」


クック帽を手に取ってマルスに頭を下げてくる料理長。


彼はロイの嫌がらせを止められなかったことをずっと悔いていたのだ。

そして、変に包み隠さずに面と向かって素直に謝罪してくれたことでマルスは嬉しく思っていた。


「気にしてないよ」


「ですが」


「いいって。御者の人から聞いたから。ちゃんとフォローしてくれたことをさ」


「ほんとに、申し訳ございませんでした。今回は心からおいしいと言っていただけるものをお作りしますので」


そうして料理長はマルスたちの食事を作り始める。


数分後に出てきた料理はスープにパンと言ったとても質素なメニューではあったが、マルスには普段食べている料理よりもとても美味しく感じられた。


食事が終わるとマルスはローザたちと共に親子水入らずの時間を楽しむことになった。


3人で同じ部屋で寝ることになった。


その前に疲れた体を入浴することで癒すんだけど……


「さ、入りましょうね。2人とも」


ローザが2人を連れて風呂場へと向かおうとする。


「ひとりで入れるよ?!」


マルスは恥ずかしくなりそう言ったのだが。

ローザからしてみればまだ5歳と4歳の子供だ。


セレスとマルスをひとりやふたりで入れさせるのには不安があった。


だから一緒に入ろうとしているわけだ。


「いけません。溺れたりしたら困るからね」


マルスはその言葉で今の自分の年齢を思い出す。


そして自分のささやかな抵抗が無駄そうなことにも割とすぐに気付いたのであった。

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