第7話 一撃


馬車は順調に進んでいた。


マルスはどうにかセレスと仲良くしたいと考えていたが、最後の一歩のところでどうしようもない壁を感じてしまっていた。


前世でたくさんの人間と接してきたマルスには何となく本能的に理解できてしまっていた。


セレスが自分を拒絶していることを。

拒絶している理由は今のマルスには分からないから手を焼いていた。


(食べ物でも釣れなかったとなるとこの壁を破るのはなかなか大変かもな)


マルスは思っていた。


(妹と仲良くなるのがこんなに難しいことだとは思わなかったぞ)


前世のマルスには妹はいなかった。

兄ならいたが妹や姉などはいなく異性との接し方についてはまだまだ経験が足りないと感じている。

そのこともあって、今の彼ではセレスとの間にある壁を破る方法が分からなかった。


だが、なんとなく察しはついている。


最初に出会った時もセレスはマルスの顔を見ようとしなかった。

これはセレスがマルスのことをよく思っていなかった。だからこその反応だと思っている。


しかし、そのあとに段々態度が柔らかくなってきているのは感じる。


なぜ柔らかくなっているのかという話だけど、マルスはこう分析している。


(おそらくだがセレスは事前に俺の人物像みたいなのを聞かされていて、それがとんでもなく悪印象だったのだろう)


しかし、実際に会ってみたらそうでもなかった、割と良い奴かもしれない。

となって態度が柔らかくなっている。


これがこの現象の中心にあるものだとマルスは分析している。


だが最後の壁はやはり感じる。

これはやはり、セレスの中でのマルスへの潜在的な差別意識みたいなものが現れているのだとマルスは分析している。


誰だって経験があることだろう。

極端な話をするが、過去に犯罪を犯したことがある者にいくら心を入れ替えたと言われても、どうしても差別的な目で見てしまうものである。言ってみれば今のこの状況はこんなものだとマルスは分析している。



そうして、最後の壁を破るための答えも出ないまま馬車が進み時間だけが過ぎていく。


別にこの馬車が着くまでに仲良くならないといけない、みたいな気持ちや決まりはないので焦ってもいないのが実情ではあるのだが……。



ちょうど一行がスノーマジックと王都の中間位置位まで移動したときだった。


ジールが前方を指さしながら口を開く。


「皆様方。前方に巨大な岩のようなものがあるのが見えますか?」


マルスは前方に目をやった。


「あるね。来る時にはなかったのに」


その時だった。

岩のようなものが少しだけ動いた。


「あれ、なにかは分かりませんがモンスターですね」


セレスがそう答えた。


「どうしますか?セレス様」

「ジール。このまま進めてしまいなさい。どんなモンスターが来ようとこの私が一撃で仕留めます」

「この距離から攻撃出来ませんか?あまり近付けば危険もあります」

「私のような偉大な魔法使いにも射程距離というものがあります。今は射程圏外です」


そんな会話を聴きながらマルスは車窓から手と剣を出してブンブンと斬撃を飛ばしていた。


(さすがに届かないかなぁ?)


と不安に思いながら飛ばしたものなのだが……。


数秒後、例のモンスターまで届いたようで……。


馬車の中が騒がしくなった。


「み、皆様。今のを見ましたか?」


ジールの声にローザが答えた。


「見たわ。モンスターが一撃でバラバラになっちゃった」


この現象と同じようなものを何度も見てきたジールは誰がやったことかすぐに当たりをつけた。


「今のはマルス様ですよね?」


「え、まぁそうだけど」


マルスがそう答えるとセレスが目を見開いていた。


「こ、この距離から攻撃を届かせたと言うのですか?最強の魔法使いである私でも無理だと言うのに」


(最強って自分で言うんだ)


そう思うマルスだった。


初見からキャラの濃い妹ではあるなぁ、と感じていたマルスだったけど、ここにきてさらに濃くなってしまう結果となった。

完全に破顔したのかな?って思えるような笑顔を浮かべていたセレス。


マルスは最後の壁を敗れたような気がしていた……んだけど。


「ま、まぁ。でもあのモンスターが弱かったら意味がないですよ?届かせるだけなら最強の私もできると思いますので」


そのまま馬車は細切れになったモンスターの近くまで近付いていった。

そして、障害物のない場所を通り抜けていく。


その時に一行はチラッと死体を見た。

すると、ここにいたのがなんのモンスターなのかが分かった。


震える声で、動揺したような様子でジールが口を開いた。


「が、ガイヤドラゴンですぞ、今のは」


数秒の沈黙。


それからセレスは思いっきり弾けるような笑顔を作った。


「さすがは兄様ですっ!私は兄様ならこれくらいは軽くやり遂げてみせると信じておりました!」


目をキラキラさせてマルスの両手を掴んでいたセレス。


マルスが初めて会った時とは真反対の顔と言動だった。

数時間前、あんなにつんつんしていた子と同じ人物だとは信じられないくらいの変わりようだったけど……。


(どうやらセレスとは無事に仲良くなれたようだな)


マルスはホッとして内心で胸を撫で下ろしていた。



一行を乗せた馬車はその後も走り続けて、数時間後。

やっと家まで帰ってこれた。


あらかじめ連絡は行っていたので出迎えのために庭にはこの家の当主であるマルガス、それから何人かの息子たちが既に待っていた。


「セレス。5年の修行ご苦労だったな。それからローザも」


「ありがたきお言葉でございます、お父様」


セレスは感情のこもっていない声でそう言っていた。


(4歳でこんなことができるなんてすごいなぁ)


それからマルガスはセレスにこれからのザックリとした説明を始めることになった。


「セレス、今日からはこの家で暮らせ。そして、これからはいっさいの外出を禁ずる」


マルスはマルガスに質問する。


「なぜでしょうか?」

「箱入り娘にするのだ。外界を知らない、他の男を知らないような娘だ。そして将来は我が息子ロイの嫁とする」


その言葉を聞いてセレスは初めて俯いた。


このとき初めてセレスは感情を表に出してきた。


「不服か?セレス」


「とうぜんです。めちゃくちゃ文句があります」


セレスは顔を上げると決意を固めた顔でこう言った。


「私はもうあなたの言いなりにはなりません、お父様」


「ほぅ?言うようになったな。セレス。この家で誰が一番偉いのかは知っているだろう?」


セレスはマルスの横まで移動すると、ギュッとマルスの右腕に抱きついた。


「私はお兄様と結婚します。ロイなどという雑魚では、最強である私の結婚相手としてふさわしくはありません」


……

………


(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!兄妹で結婚するのっ?!)



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