第5話 セレス


「こ、こんばんは。マルスです」


マルスは2人に挨拶をしてみたが……。


「こんばんは。マルス。あなたの母親のローザよ」


返事が帰ってきたのは母親の方だけだった。


妹のセレスはマルスのことを怪訝な目で見ていた。


(あれ、あんまりいい感じじゃない?)


母親の後ろに隠れてしまうセレス。


「この子マルスに会うの初めてだから恥ずかしがってるみたい、ごめんね」

「いや、いいんだ」


初対面の人と話すのは恥ずかしい気持ちはマルスには痛いほどに分かった。


マルス自身前世では初対面の人とうまく会話が出来なかったからである。


だから「仕方ない」と割り切ることができる。


「母さん。明日だよね?ここを出るのは」


「そうよ」


とローザは言ったのだが、そのあとにかわいらしい声が聞こえた。


「今でいいです」


マルスはその言葉がローザの後ろから聞こえていることにすぐに気付いた。


顔を見せずにそのまま話を続けるセレス。


「夜で暗くて危険?そんなことはありません。この私がいるのですから、なんの問題もありません」


その言葉に苦笑いを浮かべるマルスとローザだった。


(すごい、自信家だな。この子)


「マルス?この子はこう言ってるみたいだけど、どうかしら?」

「俺も別にいいけど」


父親からの指示では帰る時間は早ければ早いほどいいと書いてあった。


そのため当日中に帰るのでも問題は無いはずである。


そしてマルスはセレスとの距離を近付けるためにも。

少しだけお兄さんっぽいところを見せようと頑張ることにした。


「それに夜の外が危険だって言うなら俺が2人を守るよ」


「まぁ、マルス。ほんとに頼りになる男の子になっちゃったね。お母さんうれしいっ」


ローザはべた褒めである。

もちろん中身がおっさんのマルスにはそれがお世辞だということは分かっていたのだが……。


「必要ありません」


そのお世辞すら言ってこない人物が約一名。

それに比べたらお世辞だとしてもマシというやつであった。


いまだにセレスは顔を覗かせることもなく声だけが聞こえてくる状態にある。


「あなたに守ってもらうほど弱い存在ではありませんので」


(うぐっ……なかなか個性の強い子だな)


これは仲良くなるのはなかなかしんどそうだと思うマルスであった。


(しかし、俺に対して当たりが強くないか?気のせいなんだろうか?)


「母さん、この子はいつもこんな感じなの?」


「そんなことはないけど。たぶんマルスに初めて会って緊張してるんじゃない?」


それはさきほどと全く変わらない返事であった。


だがマルスはなんとなく気付いていた。


(この子たぶん緊張してるってわけじゃないんだよなぁ)


マルスが色々と悩んでいると、やっとセレスはローザの背中から出てきて姿を見せた。


この時になってようやくマルスはセレスがどんな姿をしているのかを見た。


金髪ショートカット。


青い目は細かった。

なんというか、疲れ切っていて、絶望していて、なんの期待も抱いていないようなそんな目。未来に対してなんの希望も持っていないような人の目だ。マルスはまるで前世の自分を見ているような気さえしていた。


「さぁ、行きましょう。家に帰るんですよね?」


言葉にもまた覇気がないように感じる。


(この年でこうなるって、いったいどんな人生を歩んできたんだろう?)


マルスがセレスに対して抱いた気持ちは怒りなどではなく、同情であった。


マルスはそのあとセレスの希望もあり、すぐにでも家へと帰ることにした。

お抱えの馬車はすぐそこで待機しているため馬車まで向かうのにそう苦労はなかった。


3人が馬車に乗り込むとゆっくりとした動作で動き出した。

御者のジールがこの時間に帰ることを咎めることもなかった。


「しかし、この時間に帰ることになるとは。夜の平原には強いモンスターの出現率が上がったりするのですが」


「モンスターなんていくら出現しても私の相手ではありませんよ」


セレスは自信満々にそう答えた。


冗談などではなく本気でそう思っている者の声だった。


「だが、一応ガイヤドラゴンの話もあるし、明日になってからでもよかったんじゃ?」


マルスは唯一の懸念点である事を話した。

ずっとモヤモヤしていたのだ。


正直な話をするとマルスはガイヤドラゴンなんてものは噂が生み出したものだと思っている。

だが、セレスが帰るとなると万全を期しておきたいという気持ちもある。

もちろんガイヤドラゴンに遭遇するなんてことはもっとも避けるべき事態だ。


マルスはいろいろ考えていたんだけど、セレスは次の言葉で一蹴した。


「兄さん、覚えておいてください」


このとき、セレスが初めて「兄さん」と呼んだことにマルスはやっと存在を認知されたような気がして喜びを覚えていた。


ここまでセレスがマルスのことを名前や「兄さん」呼びなどしておらず、まるでいない者として扱っているような気さえしていたから。大きな全身だとマルスは思っていた。


「仮にガイヤドラゴンなんてものが現れたとしても私の魔法にかかれば、一撃ですよ。なにも恐れることはないのです」


「へぇ、すごいね」


マルスがそう褒めた瞬間だった。

少しだけセレスの表情が柔らかくなった気がした。


今まで仏頂面か真顔しかしていなかったセレスの顔がほんの僅かに柔らかくなった。

そのことにマルスは気付いた。


(褒められることに慣れてない?)


マルスはそう思っていたらセレスは頼まれてもいないのにこんなことを言い出した。


「こほん。ところで皆様窓の外の景色が暗くて見れなくて困っているのではないのでしょうか?」


【フラッシュボール】


セレスは光の玉を作り出す魔法を使った。

光の玉は各自の近くによるとフワフワと浮いて滞在する。


マルスの視界もこれで確保された形になる。


そして、一際大きい光の玉は馬車の真上へと移動していった。

どういう原理なのかは分からないが、動く馬車の上に固定されたようで馬車の動きに合わせてついてくる。


こうやって光源が出来たことにより彼らの視界には色んな物が見えるようになった。


マルスの目にも昼とは随分違った光景が見えていた。

昼は飛び回っていたワイバーンたちが地表付近に降りてきて木の上で寝ていたり岩の上で寝ていたり、中には地上で眠っている個体さえいた。


そして、この馬車の進行方向にも一体。


ブン!


昼間のようにマルスは斬撃を飛ばして障害となっているワイバーンを排除。


そして、昼間と同じようにお肉をいくつか頂くことにした。


マルスが肉に火を通していると……


「ジーッ」


セレスの目が肉に固定化されていることに気付くマルスだった。


マルスはこのときなぜセレスが自分の持っている肉を見ていたかを、知識を繋ぎ合わせてなんとなく理解していた。


セレスは王都育ちであり、沢山の師に囲まれて育ってきた。

その扱いは国宝級のものだと聞く。

言ってみれば王女、王子といった存在と近い扱いを受けて育ったとも聞く。

そんな少女が普段口にしている食べ物が冷えていて味の薄いものだということも、考えてみればすぐに分かった。


なぜなら毒味味見などで色んな工程があるものだから、最後にセレスの元に届けられる時には冷えきってしまっているのだ。


マルスは肉に火を入れながら聞いてみた。


「食べる?」


セレスはおずおずといった様子でローザに確認を取った。

その様子を見てマルスは普段から、なにかを食べたりする時こうやってローザに確認を取ってから食べないといけないんだなということを瞬時に理解する。そして同情した。


(好きな時に好きなものを食べられないのってツラいだろうなぁ)


「セレス、食べてもいいのよ。お兄ちゃんが焼いてくれたお肉なんだから、不純物なんて確実に混ざってないわ」


セレスはマルスを見て少しだけ頬を緩ませた。

マルスはその一瞬だけで少し嬉しくなった。

自分を見て頬を緩ませるということは、少なくとも敵扱いはされていないのだと感じ取ったのだ。


「食べます」


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