第3話 妹の話
マルスが環境破壊を楽しんだ翌日のことだ。
マルスの魔法練習はもちろん毎日行われており、これはルーティーンとなっている。
「ファイアボール」
マルスの手のひらから火の玉が現れる。
それは直進しているがやはりひょろひょろと揺れ動いて、やがて完全に空気に溶けるようにして消えていく。
いつも通りの流れだ。
実家のような安心感を覚えるマルスだった。
しかし、マルスの父親であるマルガスはそうは思わなかった。
少しだけイライラしたような顔をしている。
無理もないだろう。
スノーマジック家は名門と呼ばれているし、彼自身A級魔術師と呼ばれるほどの天才たったのだ。
そんな自分から無能が生まれたとなると悩みの1つや2つできるというものである。
「はぁ、今日はもうやめてもいいぞマルス。」
いつもより早めに練習が終わったためマルスは首を傾げた。
「そうなんですか?」
「このまま続けさせても成長する気配がないからな」
マルガスは失望したような顔でマルスに質問をする。
「ところでマルスよ。お前には妹がいるのを覚えているか?」
「妹?いえ」
マルスは妹どころか自分の母親の顔も名前も知らなかった。
それもそのはずなのだ。
彼の父上は目の前にいるのだが、母親はこの家にいないようだから。
「やはり知らんかったか。無理もないだろうな。妹は生まれてすぐに王都に向かったからな」
「王都?なぜ?」
「あの子はお前と同じ母親から生まれたと思えんほど優秀だったから。母親といっしょに王都に住まわせていたのだ。王都で一流の魔術師の師をつけて、練習させていた」
マルスもその話なら聞いたことがあった。
一流の才能ある子供は実家では訓練させずに王都に向かわせて、そこで複数人の師から教えてもらい、更に高みを目指すことを。
同時にマルスは思っていた。
(本当に俺の妹かよ、信じられないくらい優秀だな)
だが、彼は同時にこうも思っていた。
自分に魔法の才能がまったくないのは、きっと妹に才能を全て吸い取られてしまったからだろうと。
まぁ、今はそういう話は置いておいて。
マルスは本題に入ることにした。
「父上、なぜそのような話をしたのでしょう?俺に練習をやめさせたのと関係が?」
「無論だ。妹のセレスが明日には帰ってくる。お前にはそれを迎えに行って欲しいのだ」
「なぜ俺に?母上がいるのでしょう?」
「お前の妹は4歳だ。つまり経過した歳月は4年。4年もあれば地形も変わる」
「なるほど。分かりました」
マルガスはマルスに手紙を渡した。
「ここにお前のやるべきことを示しておいた。昼にはここを出ろ」
「分かりました」
マルガスは返事を聞いて屋敷の方に戻ろうとしていた。
そこで入れ替わるようにやってくる男がひとり。
ニヤニヤしてマルスのことを小馬鹿にしたように近付いてくる。
もちろん、ニヤニヤしているのは完全に悪意からである。
男の名前はロイ。
年齢は7歳。
マルスより2つ上の少年である。
「聞いたぜ?マルス。妹のお世話係に任命されたんだってな?」
「大事な任務だよ」
「ところでお前の妹のセレスがどれだけ有能か知ってるのか?」
「知らない」
マルスはそもそも妹の存在すら知らなかったし会ったこともない。
そんな妹の実力なんて知っているはずもなかった、のだが。
「俺は知ってるぜ?親父に連れられて実物を見せてもらったことがあってな。バケモンだよ。生まれて1ヶ月で人の言葉を理解していて魔法で話したんだ」
この世界での会話可能になる年齢というのは地球の時とそう変わらない。
それを考えたらセレスがどれだけの怪物なのかは火を見るより明らかなことだった。
「それはたしかに怪物だね」
「さらに半年で初級魔法を習得して生まれて8ヶ月後には上級魔法の練習だぞ?お前にとっては雲の上の存在だろうな。ははは」
「それはお互いそうだろう?ロイ」
「いや、そうでもねぇぜ?父上は俺とセレスを婚約させたがっているからな」
「なんだって?」
「しかも間抜けヅラのお前とは違ってあの子は美人だ。美人ってのは生まれた時点で分かるもんなんだよな」
マルスの沈黙をどう受けとったのかは分からないが、ロイはこう続けた。
「どうしたよシスコン野郎。俺に妹取られて悔しくて声が出ねぇってか?!傑作だなぁ。まじで笑えるぜ」
「言っていいかな?キミみたいなクソ野郎には上げたくないなぁって思っただけだよ」
「お前が上げたくなくても父上はもう婚約を考えてるって話をしてんだよ。スノーマジック家の一番のお偉いさんがそう言ったんだ。決定は覆らねぇぜ?」
「なるほど」
マルスはなんだかおかしくなってしまい笑い出してしまう。
「なにがおかしい?」
「俺が父上より偉くなればその婚約に反対できるってわけか。話は簡単じゃないか」
ロイは不快げに顔を歪ました。
今のマルスの何気ない一言がカンに触ったのだろう。
「お前ほんとうざってぇよ。無才野郎。才能もなくて弱いくせに大それた事を口にする奴が俺は一番嫌いなんだよ」
その言葉を受けてマルスは初めてロイに共感を覚えた。
弱いくせに大それていて、叶いもしない目標ばかり掲げるやつは確かにマルスも嫌いだった。
だがマルスはそんな凡百とは明らかに違っている。
「俺は強いよ。ロイ。たしかに魔法の才能は無い。だが実戦をしたとき、この家の連中じゃ俺の相手にならん」
ぺっ!
ロイはマルスに向かって唾を吐きかける。
しかしマルスは天界で授かった1000年分の訓練により、近接戦闘に関してはこの家でもずば抜けている。
ただの唾掛け攻撃がマルスに当たることはない。
100回繰り返したとしても唾の欠けらが、少しでもマルスに当たる可能性もないだろう。
「無才が今の唾を避けた程度で調子に乗ってんのか?」
「好きに言いなよ。それとも今から婚約破棄されるのが怖いかい?だからそんなに強がってるの?」
「はっ。てめぇこそ今のうちにいい夢見とくんだな。てめぇの妹をお前の目の前でぶち犯すのが今から楽しみだなぁ。お前の妹はどんな言葉を吐くかなぁ?」
そう吐き捨ててロイは屋敷の方に向かっていった。
マルスはしばらく魔法の練習をした後食事をするために食堂に向かうことにした。
だが、マルスはその時になって異変に気付いた。
「なんだ、これ」
普段通りの食事のはずなのに、今日の昼食は明らかにおかしかった。
今日のメニューはスープとパン、それからサラダだったんだけど、どれもが全部変な匂いを発していた。
まるで腐ったような、腐りかけのような、そんな匂い。
ここは最上位の貴族の家だ。
腐敗しかけの食べ物なんて出てくるわけが無い。
だから犯人が料理人などということはまず有り得ない。こんなことをしてしまえば1発で首が飛ぶ。
そうなると、ご飯が作られて机に配膳されてから腐らされたと考えるのが普通の考えである。
そして、その犯人はすぐに分かることになった。
困惑しているマルスの様子を見てニヤニヤとしているロイがいたからだ。
(あいつか。本当にくだらない事をする。文句があればかかってこいよ。ぶちのめしてやるから)
マルスは出された料理に口は付けず皿を手に取ると料理をゴミ箱に捨てた。
下手にこのまま残していると料理人や他の人に害が及ぶと考えたからである。
そして、この場でことを大きくしてもロイは一般的には信頼されている方である。不正が明かされることは無い。
マルスはやる事を終えると食堂を出ていくことにした。
彼は今から妹を迎えに行く。
食事はその途中にでもすればいいと考えたのだ。
そして彼は歯を食いしばりながら誓った。
(こんな陰湿なやつと妹のセレスは絶対に婚約させない)
こんなやつに大事な妹を渡せるものかっ!
己の胸にこの思いを強く刻み込んだ。
必ず俺がこの婚約に意義を申し立てできるような身分になるのだ。
ちなみにだがマルスがここでロイをボコボコにすることはもちろん可能ではあるのだが、彼はそんな道を選ばない。
あくまでも正面から正々堂々とぶつかって、蹂躙してボコして、なんの因縁もなく正式に婚約をやめさせる。
それが彼の目標である。
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