第2話  スノーマジック家



マルスがこの世界に転生してから、だいたい一週間が過ぎた。


初めはこの家に生まれたのはなにかの手違いと思いエージェントに連絡しようとしていたけど、連絡できずに数日で諦めた。そしてこの家で生活していくことを決意する。


マルスはこの一週間、手始めにスノーマジック家のことを理解することにした。執事やメイドの話に耳を傾けたり、暇があればそれとなく父親に聞いてみたりしていた。その努力もあり現在ではだいたいの事情を理解することができていた。


完全に、ではなく。だいたいというのはこの家の家系図なかなかに複雑だからである。


この世界では一夫多妻制というものがあり、男が複数の妻を持つのが割と普通の世界である。

つまりマルスの父親であるマルガスは何人もの妻を持っておりその全員との間に子供を作っている。


この家にはいわゆる腹違いの兄弟というのが何人もいた。


そして厄介なのがこの兄弟間の関係がなかなかにギスギスしているのだ。

それもそのはずである。


マルガスは公爵という貴族の中で最上位の階級を持つ人物……なのだが。

その跡取りになれるのは一人だけである。


だから子供の頃から熾烈な跡取り争いが繰り広げられているんだけど


(めんどくさ、だっる)


というのがマルスの考えであった。


それもそのはず。彼は競走というものがなによりも嫌いだった。


徒競走、かけっこ、テスト、鬼ごっこ。

日本にいた頃から他人と競い合うのがなによりも嫌いだったのだ。そして、その思考は現在にも引き継がれている。


そのためこの話を聞いた瞬間彼はこの争いに不参加でいようということを心に決めたのだった。

そして、不幸中の幸い、他の兄弟たちは彼をライバル視していなかった。


取るに足らない相手だと決めつけて存在しない者のように扱っていた。

普通なら屈辱的な話だろうが、マルスにとってはどうでもよかった。

むしろこのまま続いて欲しいとすら思うほどの事だった。


ちなみに、他の兄弟がマルスのことを取るに足らない相手だと思っているのには理由がある。


この一週間、マルスは父親に言われ魔法の練習をしていたのだが、てんでダメだったからだ。


あまりの魔法の出来なさに初めは笑っている兄弟もいたがそれも長続きはしなかった。

マルスがあまりにも不出来すぎてついに笑われることもなくなっていた。


それがマルスの現状であった。


そして、今日もマルスの弱々しく、消え入りそうな声は庭で響いていた。


「ふぁ、ファイアボール」


マルスの手から放たれた火の玉はヒョロヒョロ〜っと飛んでいきやがて空気に解けるようにして消えていく。


それを見てため息を吐くのはマルガスであった。


「はぁ、マルスよ。お前はいつになったら初級魔法を使えるようになるのだ?私はなにも、上級魔法を使えと言っている訳では無い。下級魔法を使えと言ってるのだ」


「うぐ……」

「情けないと思わんのか?マルスよ」

「思います」


彼は心の中ではこう思っていた。


(できないんだから仕方なく無い?)


だがマルガスは呆れたような顔を作ると他の子供たちの元に向かっていった。


どう足掻いても伸び代が見えないマルスを見ているより、他の伸び代だらけの兄弟を見ている方が心が休まるのだろう。

父親にすらそう思われるくらい今のマルスには魔術師としての魅力がなかった。


そして他の兄弟たちは魔術師としての魅力だらけだった。


5歳で中級魔法を使いこなす者、8歳で上級魔法に手を出し始めた者。

そんなふうに面白い魔術師がこのスノーマジック家にはたくさんいる。


言ってみればこの家は化け物だらけなのである。

そんな中に一般人が放り込まれたら、とうぜんの話だがバカにされるし、嘲笑の対象にもなるわけである。


こういうふうに……


「よう。マルス。お前が本格的に魔法の練習を初めてから一週間だっけ?」


聞こえる、男の声。


マルスが下に向けていた顔を上げるとそこにいたのは


(ロイ・スノーマジック……)


この家の中でもかなりの実力を持った子供。

マルガスに将来を期待されている人物。


今のマルスとは対極に存在しているような人物である。


「お前はてんで成長しないな。無才で無能だ。俺の才能を分けてあげたくなるねぇ」


ロイは腹を抱えて笑っている。


マルスという絶対弱者を見て、雑魚と笑っていた。


笑う度に手に持っていた紙コップからジャラジャラと音が聞こえる。

おそらく、中身がまだ入っているのだろう。


「マルスはこの世界の敗北者。この世界の最底辺。お前はこれからそういう人生を歩むのさ。無様だねぇ。はははは」


バシャッ。


ロイは紙コップに入っていたジュースをマルスの頭の上からかけた。


「やるよ、そのジュース。うれしーだろ?犬みたいにぺろぺろ舐めてみろよ。ほら、早く舐めないと頭から地面にこぼれちまうぞ?もったいねー、はははは」


ゲラゲラ笑ってロイは屋敷の方に帰っていく。


(本当は気にしないようにしてたけど、少しくらいはやっぱり悔しいな)


こういう扱いを気にしないとかどうでもいいとか思っていたマルスだったが、少しくらいは悔しいという気持ちが芽生え始めていた。



スノーマジック家は名門なだけあって家の立地にはこだわっている。

交通の便はもちろん、生活の面やその他もろもろの面でもかなり快適になれるような立地を常に追求して家にしてきていた。


それは修行面でも同じである。


今は家で魔法を練習している者も、準備が整えばモンスターを狩りに外に出かける。

そして、そのモンスターが弱ければ狩りごたえがないし、討伐者本人の実力アップにも繋がらない。


そのためスノーマジック家のある周りには強いモンスターが出現しやすい傾向にある。


簡単な話、強い魔術師には更に強いモンスターをぶつけまくってレベルアップさせる!というのが方針の家である。


家の近くには森、氷原、火山などのフィールドがあるが手始めにマルスは森に来ていた。


ちなみに今回は彼の初陣である。


「来い、全剣」


右手に剣を握りしめると彼は森の奥へと進んでいく。


途中で彼は思い出した。


「そういえば、俺は斬撃を飛ばせるんだったな」


ザン!ザン!

斬撃を飛ばしながら進んでいく。


前方からズシーン!ズシーン!と木が倒れている音が聞こえるが特に気にせず振り続ける。


日本人としては環境破壊は気になる行為ではあるのだが……。実はこれはなんの問題もない行動だ。むしろ善行と言ってもいいくらいである。

マルスは事前にこの森については調べてきていた。


ここは【黒い森】という名の森林フィールドであり、常に悪性の魔力で満ちており木は切断しても切断しても次から次へと生えてくる。


だからマルスは特に気にすることなく剣から斬撃を飛ばしながら進んでいく。


森が再生するという証拠に彼が先に進んでいくと倒木は見えるが切り株などは一切見えない。


これが森が再生能力を持っている証拠である。


それからマルスは事前にどんなモンスターが出るかは調査済みである。


ここに出てくるモンスターはどれもA級以上の討伐難易度を誇るモンスターである。


A級のモンスターと言えば、A級と認められた冒険者が何人も集まってやっと倒せるような強いモンスターである……はずなんだけど。


「グエッ……」

「ギエッ……」


マルスの歩いていく道にはモンスターが切り刻まれて地面に倒れてビクビクしていた。


「おかしいな?俺はただ、けん制として斬撃を飛ばしているだけなのに(ブンブン)」


そう呟きながらも斬撃を飛ばす。


ザン!ザン!


そうして歩いてると……


「おっ?ヒュドラが死んでる。ヒュドラ、お前と戦ってみたかったよ……(ブンブン)」


そしてマルスは森の中心までたどり着いた。

そこで最後に大技を放つ。


回転斬りラウンドスラッシュ


一際大きな斬撃が360度に飛んでいった。


1回じゃ終わらない。


何回も何回も回転した。

その度に増える飛ぶ斬撃の数。


やがて……


「ありゃま。今度は森を焼け野原に変えてしまった」


さっきまで鬱蒼と生い茂っていた草木はすべて消えてしまい、森は焼き払われたような平面になっていた。


これはマルスの攻撃性能がフィールドの再生能力を上回った瞬間であった。

もちろん、立っているモンスターは一体もいない。


飛ぶ斬撃に全て斬り殺されたからだ。


彼がこうしてここに来てこんなことをしていたのには理由がある。


兄弟達に溜めさせられたストレスの解消であった。


こうして剣を振って全てを蹂躙している間はストレスが解消される。


「自然破壊ってけっこうストレス解消になるなぁ、癖になりそうだ」


マルスは独り言のつもりで森に向かってこう言った。


「またストレス発散にくるよ。歓迎してね」


彼が屋敷に帰ろうと歩き出したら、進行方向の地面が突然ボコッと隆起した。

そして、地面から木の看板が生えてきた。


【お願いしますから二度と来ないでください。これからは出入り禁止でお願いします】


……

………


「俺が強すぎて敵をボコしてしまい出禁にされてしまいました」


ちなみにボコすという表現はマルスが前世で見ていたとある配信者の語録であり真似をしているだけである。

彼の普段の素行が悪いから出てしまった単語というわけではない。

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