第125話 びっくり人間

 苦々しい薬でも飲むかのように、薔薇子は言い放った。

 設計士は小説家、という推測を。そしてその推測は、彼女にとって確定した事実のようだ。足りないのは確たる証拠。

 証拠を基に捜査を進め、裁判を行う日本において、『証拠がない』ということは『事実が存在しない』のと同じだ。

 つまり、今彼女が話した内容は、全て『妄想』と変わりない。都市伝説よりも信憑性がなく、御伽噺よりも夢がない、ただの夢物語。

 それでも高松は、薔薇子の言葉を信じる。


「そんなの薔薇子さんがこの街にいることが、阿部市にいることが最大の証拠じゃないですか。証拠はなくとも、断言できるほどの『何か』があるんでしょう? だったら、あとは影でも尻尾でも踏んでやればいいだけじゃないですか」

「簡単に言ってくれるな、無邪気な少年は」


 高松の言葉に薔薇子は苦笑した。

 あの日、『再び立ち上がると決めた日』から、薔薇子はずっと証拠を探してきた。探偵として可能な限り阿部市内の事件に関わり、情報を得るための人手を確保し、なりふりなど構わず行動してきた。

 しかしながら、まだ何も進んでいない。まだ薔薇子は『あの日』に立っている。

 薄暗い靄が常に頭の中で渦巻いているような感覚が、彼女の体を蝕んでいた。

 薔薇子の苦笑に違和感を覚えた高松は、まっすぐな瞳で問いかける。


「それでも、諦める気なんてさらさらないでしょ? 薔薇子さんは」


 あまりにも全幅の信頼を置かれた薔薇子は、苦笑から苦々しさが消えてしまった。


「ははっ、そうだね。その通りだよ、高松くん。『簡単じゃない』から『諦める』なんて方程式を、私は持ち合わせていない」

「それなら『現時点』で証拠を持っているかどうかは、大きな問題じゃないですね。このまま探偵を続けることが、六年前の事件につながる。『簡単に』まとめると薔薇子さんは、六年前の事件を解決するために阿部市で探偵をしているってことですよね。六年前の六件目、雲雀山 春宵別荘を燃やすよう、露草に指示を出したであろう『設計士』は小説家。それを確定させる証拠を探している、と」

「簡単に言ってくれるな、高松くん」

「難しい言葉を使うのが苦手なだけですよ。俺にとって『日本語は難しい』ですからね。じゃあ、簡単ついでに、もう一つ」


 わかりやすいように人差し指を立てて、高松はそう前置く。

 薔薇子が首を傾げたところで、高松は言葉を続けた。


「俺には相手の表情から読み取ったり、言葉の全てを拾ったりする『特殊能力』はありません」

「そんなもの私にもないよ。全ては統計と経験の積み重ね。そして知識さ」

「それを会話の中で行うのは充分、特殊能力ですよ。俺にとってはびっくり人間です。でも、特殊能力を持っていない平凡な俺にもわかる。薔薇子さんは、その『設計士』が誰なのか、狙いを絞ってますよね?」

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