第124話 六年の道程

 薔薇子の言葉を聞いた高松の脳には、彼女との会話よりも先に、梅原書店で片桐 茜と交わした言葉が浮かんだ。

 小説家のこだわり、という言葉が。

 そのまま高松の前頭葉は、振り返るほどでもない『つい先ほど』の薔薇子との会話を思い出させる。

 雲雀山 春宵がいかに『こだわって』作品を執筆しているか、という会話だ。薔薇子が彼女の父親と同じく、日本語にこだわっているという共通点を高松が見出した心温まる話である。だが、高松の思考は『こだわり』という言葉の恐ろしさを捉え始めていた。


「まさか・・・・・・リアリティって・・・・・・そんな・・・・・・」


 高松は自分の推測を否定するよう首を横に振り、薔薇子から目を逸らす。すると薔薇子は強い語気で高松に言葉を投げつけた。


「私から目を逸らすな、高松くん。思考の放棄は酔っ払いにでも任せておけばいい。翼もなく、爪もなく、牙もない。そんな非力で矮小な人間に認められた最大の武器は、考えることだ。私がこの六年間で通ってきた思考の道程を、キミにも辿ってもらいたい。私の言葉や記憶は、ヘンゼルとグレーテルを導くパン屑なのさ。私がこちらからパン屑を辿ろうが、鳥に食べられて途中で道を見失ってしまう。どれだけ悔いようが過去へは戻れない。人は常に未来へしか向かえない。だから、高松くんに追いかけてきてもらうしかないんだよ。道に落ちているかもしれない『矛盾』や『誤解』という小石を見逃さぬようにね」

「・・・・・・薔薇子さんの六年分を、追いかける。それが俺の役目・・・・・・」

「私の隣に並び立つのだろう? なら、思考を止めるな。幾百の素っ頓狂に紛れた、たった一つの新たな視点が欲しいのさ、私は」


 薔薇子の望みを聞いた高松は、先ほどまで恐ろしいと言葉にできなかった思考を口に出す。


「・・・・・・薔薇子さんの想定する『設計士』は『小説家』・・・・・・なんですか? 作品を書くために、『リアリティ』を求めて事件を起こさせた」


 高松にとっても、薔薇子にとっても、小説家は特別な存在だ。憧れの存在と言い換えてもいい。

 書店員として、あの片桐 茜の側で働いている高松は小説家がどれほど人に影響を与えるかをよく知っている。作り出した物語で心を動かし、紡いだ言葉で胸を打つ。夢と希望を与え、愛や正義、時には悪を説く。学問であり、芸術であり、娯楽である小説を作りだす小説家を、高松は『警察官』と同じように尊敬していた。

 薔薇子にとって小説家は父、そして救いだ。特別である理由など語る必要もない。

 

「残念ながら『私の推理が正しければ』とはまだ言えない。事件発生から私が捜査を開始するまで、二年ほど間が空いてしまったからね。時間とは平等にして残酷なもの。どこから追いかけても、『設計士』の影すら踏めないようになっている。だから私は、阿部市で探偵を続けているのさ。奴の『取材地』である、この阿部市でね。いいかい、高松くん。確たる証拠はまだ見つけられていない。それでもキミにだけは断言しよう。『設計士』は小説家だよ。そして今でも、この阿部市で事件を起こしている。蟻の巣でも観察するかのように、事件という水を垂らして取材をしているのさ。自分の作品作りのためにね」

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